完璧な幸せの国なんてない~「いつものノルウェー」を伝える鐙麻樹(あぶみ・あさき)さんの【発信の原点】

ノルウェー在住ジャーナリスト・鐙麻樹さん

北欧の小さな国・ノルウェー。日本から遠く離れた人口520万人のこの国に暮らし、日本に向けて発信を続ける女性がいる。ジャーナリストの鐙麻樹(あぶみ・あさき)さんの書く記事は、ノルウェーのありのままの姿を伝え、時に生々しい内容をテーマにしている。これまで日本にあまり伝えられてこなかった、いわゆる「北欧」のイメージを覆すような鐙さんの記事は、日本でも大きな反響を呼んでいる。

取材の現場に密着し発信の原点をさぐった。

検索しても『サーモン・オーロラ・フィヨルド』

ーー初めて鐙さんの記事を見たときは、多様なテーマに正直驚きました。いわゆる「ノルウェーに関する記事」と聞いて思い浮かぶ内容のものはほとんどありませんでした。

鐙さん(以下敬称略):最初執筆活動を始めたころは、観光の記事とかカフェの記事とかが多かったんです。一番最初は地球の歩き方の特派員ブログに書いていて、それを見た雑誌社の人から連絡をいただいて・・・というのが執筆のきっかけです。今でも観光サイトや北欧雑貨をテーマにした雑誌などにも執筆しています。それもとても楽しいのですが、一方でもう少し社会的なテーマも書きたいなと思うようにだんだんなってきて。

 多分日本の媒体でよく見るような情報というのは、ノルウェーでいうとオーロラとかフィヨルドとかサーモンとか、北欧全体でいうとすてきなインテリアとかかわいいブランドとかが多いと思うんです。

私はそういうもの以外の、日本でまだ語られていない観光情報ではないノルウェーに興味があって。

でも「ノルウェー」って検索したときに日本語ではヒットしなかったんですね。それこそサーモンとかフィヨルドとかばかり。

それで自分はそういうものではないものを書いてみようと。

ーー特に興味のあるテーマ、こういうものを執筆したい、というものはあるのですか。

鐙:日本の人に伝えたいと思っているのは、「いつものノルウェー」です。当たり前ですがノルウェーにも日本と同じように多くの人が暮らし、同じように悩んだり議論をしたりしている。日本で目にするのはどちらかというと「北欧」というイメージにそった情報が多いと思うのですが、これまで日本にあまり伝えられてこなかった話題を伝えていきたいです。

 最近ではノルウェーで国政選挙が近いこともあり、長年取材してきた若者の政治参加についてずっと追っています。直接自分で取材すること、わからないことはどんどん聞くことを心がけていて、向こうから情報をもらえることも多くなってきました。

鐙麻樹(あぶみ・あさき)さん
鐙麻樹(あぶみ・あさき)さん

-読者からの反響が大きかったものなど、記憶に残っている記事はありますか?

鐙:最近の記事でいうと狼の記事はけっこう反響がありました。野生の狼がノルウェーにはいるんですが、どれぐらい駆除していくかということがノルウェーではずっと議論されていて、それについて政治家や環境団体に取材して執筆したんです。

 ノルウェーでは現在、狼に羊がたくさん被害にあっています。ノルウェーでは羊は自由に放牧されていて、本当にそこらへんを歩いているんですよ、羊が。農家の人たちは狼をもっともっと減らさないとだめだと言っています。対して人間は今、一人も殺されておらず、環境団体はいやいや何を言っているんだ、狼は守らないといけない種類の動物だと議論になっています。

 それについて記事にしたところ、日本では興味を持たれないだろうと思っていたのですがけっこう反響がありました。あれは多分みなさんが思い描いている北欧のイメージと違っていたんだと思います。なんで狼殺してるのってびっくりする人が多かったのでは。

 記事に対するメールなどもいただいて、私の北欧のイメージと違いましたとか、日本で狼を受け入れたいというメールがきたり。

 この狼の議論ってノルウェーの人からしたら全く新しいニュースではなくて何年も前から議論していることなのですが、ただ日本にそれが知られていなかっただけ。そういうことがまだいっぱいあると思います。

 他にも、オスロ駅周辺の物乞いの人をとりあげたテレビ番組が物議を醸しているという記事や、ムンク美術館で議論にされている「わいせつ性」についての記事など、知らなかった!という声をいただくことは多いです。

ーーそもそもなぜ、ノルウェーで取材活動をしようと思ったのでしょうか。

鐙:ノルウェーに来たのは2008年になります。日本の大学にいたときにフランス語を専攻していて、1年間フランスに留学して南部で勉強していたんです。南仏は暖かくて太陽があるから、寒い国のスウェーデン人とノルウェー人が本当にたくさん来ていて、一緒にフランス語を学ぶ学生にもたくさんいたんです。北欧の友人がふえて、日本の大学を卒業したあとに興味をもってノルウェーにやってきたんですね。こっちの大学は大学の入学試験がなくて高校の成績で入れる学科がきまるんです。大学は少ないので大学での競争ってなくて、それで書類を提出したら、第一希望のオスロ大学メディア学科に合格しましたってメールがきて、それで来ることになりました。

ーー大学ではどのようなことを学びましたか。

鐙:アジア人が全然いなくて、先生たちにもメディア学科ではアジア人は初めてだと思うと言われました。

 最初はノルウェー語だけができればついていけると思ったんですが、ノルウェー語って2種類あって、その2種類に加えてデンマーク語とスウェーデン語と英語と全部できないと文献が読めない授業で、とても驚きました。必死に語学を学びました。

オスロ大学
オスロ大学

 

 またメディア学科では、「批判的」ということをすごくたたきこまれました。あなたたち学生は将来情報を発信する側になるから批判的に物事を見られるようにしなさい、と。

 例えばAさんはこう言っているけどBさんはこう言っている、Cさんはこう言っている。この新聞社やラジオ局はこう言っているけれど別の見方があるかもしれない。素直に自分に来る情報を受け止めてはだめで、情報を批判的にみて、多角的に考えることを教わりました。今の仕事をするうえで、とても役にたっています。

かわいい雑貨ライターと硬派なジャーナリストの両面の顔を持つ部屋

鐙さんの主な執筆場所は自宅。部屋には、かわいい北欧雑貨が並ぶ棚と、学生時代から使うジャーナリズムなどに関する多数の文献、切り抜きに使う新聞8紙の載る机が混在している。大きなカメラも並ぶが、写真撮影については独学という。

中央でカメラを構える鐙さん。身長の大きい人が多いノルウェー人の中でよい撮影ができるよう、現場にはいつも一番乗りで真ん中の撮影位置を確保する。
中央でカメラを構える鐙さん。身長の大きい人が多いノルウェー人の中でよい撮影ができるよう、現場にはいつも一番乗りで真ん中の撮影位置を確保する。

鐙:ノルウェーは物価が高すぎて、私も執筆依頼元の日本の企業もフォトグラファーを雇えなかったんです。自分で撮影できたほうが楽だと思い、一眼レフのでっかいの買って。でも使い方が最初はわからず、友達やフォトグラファーの知り合いに「こうやってやるんだよ」って教えてもらいながら自分で撮影について学びました。本当の写真専門のプロの人みたいには撮れませんが、なんとかなるぐらいには撮れるようになりました。日本の人に遠い国のことを伝えるので、写真は絶対に必要だと思っています。目で見た方がぱっとわかることが多いので。

ーー食器の数もすごいですね。

鐙:ビンテージなど北欧食器についての執筆依頼も多いのですが、急に撮影が必要なときいざ探そうと思って簡単に見つかるものではないので以前から集めています。普通こういうのって同じ柄を家族で4人分5人分セットで集める人が多いのですが、撮影にはワンセットあれば足りるので色々なシリーズをひとつずつ集めています。

 「北欧」というと、こういう食器に代表される世界観をイメージしがちかもしれませんが、空港からおりて町を歩いてこういうものにすぐ出会えるかと言うとないんです。どこにでもあるわけじゃなくて、ある場所を知ってリサーチしないとないですね。私は蚤の市などで買うようにしていますが、買いすぎちゃって置く場所がなくなっちゃって。

「いつものノルウェー」を伝えたい

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鐙:カフェなどもよく行きます。ノルウェーにはカフェがとても多いのですが、カフェの世界を知っておくこともとても大事です。カフェに行くといろんな現地の人がいるからローカルの人と話しができて、そういう人たちからヒントをもらうことがすごく多いんです。日本で共謀罪が取りざたされていたときは、「ノルウェー版の共謀罪ってどう思う?」と聞いていました。ノルウェーの政府は日本の政府より一般市民をに対する監視度が高いと思われるのですが、「怖くない?実際どうなの?」とか。オーナーやお客さんとかに聞くとみんなすごく意見を言ってくれるからなるほどなるほどって少しずつ記事になりそうなアイディアをもらえることがあります。

 カフェや音楽、観光、ファッション、政治、教育、いろんなことをテーマに書いていますが、私の中では全部無関係ではないんです。観光や文化について知らないと、例えば政治についても興味を持てないし執筆できないんです。最初は、それほど政治や社会の記事に興味を持って書こうと思っていたわけではありませんでした。でも、音楽とかファッションのイベントを取材していると政治家が毎回必ず来るんです。なぜなら彼らは予算を配分するから。

 いろんなことがつながっていて、例えばオスロ大学ではSNSとかデジタル化のことを勉強したんですが、選挙で政治家の人がどうやってSNSを戦略的に使っているか、メディア政策をどう考えているかとか、そういうことも政治家の取材にいきてくる。

ーー今後、発信していきたいテーマはありますか?

鐙:ノルウェーだけではないと思うのですが、完璧な国、問題のない国はなくて、解決しないといけないテーマはどの国でも抱えている。逆に、日本が参考にできる取り組みやすばらしいものもたくさんある。日本ではない国におきているいろんなことをまだまだ伝えていきたいし、イメージに沿っていなくてもいい、「いつものノルウェー」をたくさん発信していきたいです。

鐙麻樹(あぶみ・あさき)

オスロ在住ジャーナリスト、フォトグラファー。上智大学フランス語学科08年卒業。オスロ大学でメディア学学士号、同大学大学院でメディア学修士号取得(副専攻:ジェンダー平等学)。ノルウェーの政治、社会、教育、若者の政治参加、観光、文化、暮らしなどの情報を幅広く寄稿。オーストラリア、フランスに滞在歴あり。外国語能力:英語、フランス語、ノルウェー語(デンマーク語とスウェーデン語は中程度)。2015年に産業革命の推進などを支援するイノベーション・ノルウェーより活動実績を表彰される。『ことりっぷ海外版 北欧』オスロ担当、「地球の歩き方 オスロ特派員ブログ」、「All Aboutノルウェーガイド」でも連載中。

映像撮影・編集:中村真夕

写真撮影・Yahoo!ニュース 個人編集部