「社会を変えるために打たれるのは悪くない」元マタハラNet代表・小酒部さやかさんの【発信の原点】

 働く女性が妊娠・出産・育児を理由に不当な扱いを受ける「マタニティハラスメント(マタハラ)」。今年の1月からは企業にマタハラ防止策を義務付ける法律が施行されるなど、確実に世の中に浸透してきました。しかし、2014年頃までは、ほとんど知られていなかったのです。被害者支援団体を立ち上げ、「マタハラ」が流行語になるほどのムーブメントを起こした立役者が小酒部さやかさんです。今は団体を退き、執筆や企業支援に重点を置いた、新たな活動を始めています。3月に待望の第一子を出産したばかりですが、精力的に筆を走らせるのはなぜか。活動を支える思いを聞きました。

自身のマタハラ被害からすべては始まった

 ─ご自身が過酷なマタハラ被害を受けて、2度流産の末、活動を始めたのですよね

 美大卒業後に、正社員で就職した大手広告代理店では、長時間労働が常態化していたこともあって、34歳のとき、「子育てサポート企業」として厚生労働省に認定されていた会社に転職しました。契約社員としての入社でしたが、厚生労働省認定、ということで、「これで定時に帰れる」と思っての入社でしたし、いずれはこの会社で出産できたら…と思っていました。

 入社してみると、想像とは全く違う過酷な職場でした。雑誌の編集業務だったのですが、23時過ぎまで働くことはザラで、正社員と同じような役割を与えられていました。その中で、双子の妊娠がわかったのですが、会社に言い出せず1度目の流産をしてしまいました。

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 当時35歳を過ぎていたので、会社に流産を報告し、出産を希望していることを伝えたのですが、返ってきたのは「あと2~3年は妊娠なんて考えなくていい」との言葉。業務の調整はされませんでした。

 そのような中で半年後、2度目の妊娠をしたのですが、切迫流産になり、自宅安静を余儀なくされました。直属の上司が自宅まで来て、次の契約を更新しないよう、4時間に渡る退職強要を受けました。「迷惑」「わがまま」「気を使う」、などの暴言を受けて、精神的にショックを受けました。働けることを証明するために、無理をして仕事に復帰したのですが、別の上司からも「自分の妻は妊娠がわかった時に仕事をやめてもらった」などの説教を受け、結局2度目の流産をしてしまいました。

写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ

 

 当時は、「私がいけなかったのか」と自分を何度も責め続けました。気持ちを切り替えて仕事をしようと思いましたが、その後もさらに別の上司から「契約社員に産休・育休をとらせることを会社が許すとは限らないからそんなことは考えないほうがいい」「妻が働くのは経済的にやっていけない場合」など、出産を希望しているが故の退職強要を受けました。体調も悪くなり、下腹部の痛みに耐えかねて病院に駆け込むと2度の流産による卵巣機能不全と診断されました。主治医には「妊娠はしばらく難しい」と言われ、目の前が真っ暗になりました。

 ─マタハラを受けたときに困ったことは

 最初は自分の身に起こっていることは何なのかがわかりませんでした。夫が「さやかのされていることって‘マタハラ’って言うんじゃない」ってある記事を読むように勧めてくれて、私のされていることを知ることができました。その当時は、「マタハラ 解決」とか検索ワードをいれても何も出てこなかったんです。友達に「マタハラって知ってる?」って聞いても「何それ」って感じでした。

 どんなことがマタハラにあたるのかもわからなかったので、マタハラの実例をもっと知りたいと思いました。弁護士のところに行ったら、マタハラを取材している記者の方に出会うことができ、他にも被害者がいるとわかりました。被害者を紹介してもらい、つながったことで、育休切りとか、時短勤務を取らせてもらえないとか、色々なパターンがあることがわかりました。全部パターンが違うんですけど、全てマタハラっていうんだなと。

写真:ロイター/アフロ
写真:ロイター/アフロ

 今までは「妊娠解雇」とか「育休切り」、とかメディアは時期に合わせて言葉を使っていたんですけど、マタハラという言葉ができたおかげで、時期が全部つながったんです。そこでブログを開設し、2014年7月、他の被害者と私の3人で、任意団体「マタハラNet」を立ち上げました。ブログには被害事例をどんどん載せていきました。私は労働審判で解決していったので、「労働審判とは何か」、とか、「会社との話し合いでは能力不足だ、など人格を否定されることが多いです」とか。私たちは道なき道を歩いてきたのですが、事例を載せることで、今後被害を受けた人は、この先こうなるんだと、ある程度わかって進むことができるようにしたかったんです。

 ─マタハラという言葉は2014年の流行語になり、2015年には米国務省から表彰も受けた。マタハラ防止義務化の法改正も成し遂げるなど、短期間で成果を出してきた

最高裁判決について会見する小酒部さん(小酒部さん提供)
最高裁判決について会見する小酒部さん(小酒部さん提供)

 マタハラNetを立ち上げてすぐの2014年10月に、最高裁で「妊娠を理由にした降格は、男女雇用機会均等法に違反する」とする初めての判決が出たことが大きかったです。マタハラNetの発足がそれよりも後だったら、たぶん大きなうねりは作れなかったと思います。広島市の病院で働く理学療法士の女性が、妊娠をきっかけに降格させられたのは不当だとしていた裁判だったんですが、女性はメディアに出たくなかったので、判決が出た翌日に、マタハラNetが会見を開きました。彼女との出会いに感謝しています。

 メディアに多く出るということも強く意識しました。顔出し、名前出しで、被害を訴えたのも、団体の代表の顔にモザイクがかかっていたら、注目されないだろうと思ったからです。2014年に安倍首相が「ウーマノミクス」を掲げたことも大きかった。

米国で表彰を受ける小酒部さん(小酒部さん提供)
米国で表彰を受ける小酒部さん(小酒部さん提供)

 海外メディアが「女性活躍を推進している一方で、マタハラの問題がある」と取材に来てくれました。海外メディアに多数取り上げられたことがきっかけで、2015年には米国務省から「世界の勇気ある女性賞」を日本人で初めて受賞することにつながりました。政府にも呼ばれるようになって、法改正につながる政策提言をさせていただくこともできるようになりました。

4年に及ぶ不妊治療を経て念願の出産 その間、様々な価値観の変化があった

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 ─3月に女の子を出産された そのことはご自身にどう影響したか

 実は、マタハラNetの代表のときに妊娠し、そこで女性経営者として、組織マネジメントの点で大きな壁に当たったんです。当時、法人化してまだ1年の団体だったので、自分が稼ぎ頭だったんですが、妊娠中の体調がすごく悪かった。でも、組織をまわすため「なんとか持ってくれよ」、と無理をする形になってしまい、切迫流産、切迫早産になってしまいました。組織で、代わりの利かない人材が妊娠・出産を理由に欠けることのダメージを経営者として感じましたし、女性が経営者の場合、これでは妊娠出産の適齢期の人はなかなか起業できないなと実感しました。

 ─自分が会社員でマタハラを経験したときとは別の視点が芽生えた

 自分が労働者の視点でしかみてこなかったことが、経営者の視点でみられるようになってきたのが大きいですよね。労働者、経営者、どちらの視点も持てるのが、今の私のポジションの良さというか強みかなと思っています。それを生かすために、労働者と経営者の架け橋になっていきたいと思い、2016年11月にマタハラNetの代表を退き、新たに株式会社を立ち上げました。株式会社ではマタハラを防ぐために企業研修や講演を行ったり、上手に出産・妊娠をサポートしている企業についての情報発信などを行ったりしています。

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 マタハラNetのときは、あいさつして、名刺交換すると、「うちはマタハラなんかないから」とシャットアウトされてしまう状況でした。とある経済団体の人からは「君たちと手を取り合うのは清水の舞台から飛び降りるぐらいの覚悟が必要だ」、とまで言われてしまいました。要するに対岸の向こう側の人たち、労働者支援側、と見られてしまうんです。株式会社という形態にして、同じステージで一緒にやるということで企業と連携がしやすくなったと思っています。被害者支援団体ではできなかったことにチャレンジしていきたいです。

 今は、企業が女性にどうやって産休・育休をとらせていくかっていうことに、一番興味があります。例えば、1月、「妊娠中の同意なき退職は無効」とする初判決が出たんですが、この事例では、建築測量会社に勤務していた女性が妊娠したので現場に出られなくなり、会社側は関連の派遣業者への登録を提案したところ、女性が「派遣先が遠方すぎる」と訴えたため、退職させたという事情がありました。会社が小規模で、異動させるポジションがないとき、退職は無効、という判決が出たところで、会社はどうすればいいのかっていう話でもあるんです。

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 そこのアンサーはまだ何もないし、判決だけでは解決にならないと思います。それよりは、うまくやりくりした企業の事例をたくさん集めて、それをどんどん執筆して、わからない企業に共有していきたいです。私は自分が法改正を牽引してきた立場。声をあげた者として、そこの責任を取る、とまで言えるかわからないですけど、今度はそこを探っていきたい。

「色々な面を見せていきたい」そんな小酒部さんの発信の原点とは

 ─今年2月に書いた「マタハラ防止で出没しはじめる、お妊婦さま!」という記事は、これまでの「被害者の味方」というイメージを覆すようなものでした

 あの記事は大分、炎上しました。妊婦が「妊娠」というカードを最大限に利用して仕事や周囲への気遣いをせずに、過剰な権利意識で迷惑を掛けたり傷つけたりする行為を「お妊婦さま」として紹介したのですが、自分がやってきたこととは真逆なことを言ったわけですから。

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 私がマタハラにあった会社は、最初に産休・育休をとった人がひどいとり方をしたようです。休みがちになったりとか、遅刻早退のときも連絡しなかったりしたらしく、その状態をみて、トップがなるべく制度を使わせたくない、という考え方になったそうです。だからずっとこのことはいつか言いたいなと思っていましたし、マタハラ防止策が義務化された今こそ、マタハラ防止を牽引した私が言わなければならないと感じたんです。

 あの記事は、活動当初から私を支援してくれている仲間の何人かにみてもらい、バッシングされるよと、みんなから言われました。でも出すことに意味があるとも、言ってくれた。最初に顔出し、名前出しでマタハラ被害を訴えたときもそうですが、社会を変えたいと思った上で表に出て、打たれるのは悪くないなと思っています。

 ─弱い女性たちを見捨てた、考えが180度変わった、ということではない

 そういうのでは全然なく、むしろ私の公平さの表れだととってもらいたいですね。女性だから、妊娠しているから、小酒部さんは全員に手を差し伸べるんだ、ではないという。自分が産休・育休をとりたいためにその組織を壊してまでとっていくというのはあってはならないですよね。私はあくまでも弱い立場の人の味方でありたいです。

 ─マタハラを経験した人が言うからこそ、そういう実態が本当にあるんだろうと思えたが、賛否の賛もあったのでは

 もちろんそうです。記事の中で、制度を利用する女性社員向けの情報をまとめたパンフレットについて触れたのですが、10社くらい問い合わせがありました。しかも大手ばかりです。やっぱり、上場企業など、しっかりしている企業だからこそ、その問題に苦しみだしたんだと思います。

 ─発信の方向性の変化のほかに、活動で変えたところはあるか

 実は、絵を描き始めました。いずれ絵本とか画集とか発表できたらいいなと思っています。もともと美大生だったから絵が好きだというのもあるんですけど、私ずっと強い人にみられてきちゃって。

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 それがすごく嫌だったんですよね。本当の私は、毎日怒っているわけじゃないし、普通の人なんです。私はマタハラだけの人じゃないし、色々な面がある。妻であり母であり、経営者であり、そして小酒部さやかというひとりの女性として生まれたわけですから。色々な面で共感が得られたらいいなと思っています。絵から私を知ってもらう人がいてもいいなと思います。

 ─小酒部さんの発信の原点、源はなにか

 記事を書く、という点で言えば、おかしいなって思う気持ちですね。ここのところもう少し改善されたほうがいいんじゃない?ってことを広く伝えたい。例えば、フリーランスとか女性経営者が守られてないよってことなどをYahoo!ニュース 個人では書かせてもらっている。

 女性社員なら育休が2年とれるのに、女性経営者は産後すぐに働かないと事業が成り立たない。経営者という道を選んだからしょうがないでしょ、なんですけど、それって妊娠したからしょうがない、自己責任だっていうのと同じ論理ですよね。私は、いろんな人になるべく多くの選択肢があるのが、よりよい社会だと思うんです。発信の原点は、選択肢の多い社会をつくりたい気持ちだと思います。

小酒部さやか(おさかべ・さやか)

1977年生まれ、神奈川県出身。多摩美術大学卒業。自身が受けたマタニティハラスメントの経験を基に、2014年に被害者支援団体「マタハラNet」を設立。社会に「マタハラ」を認知させた功績が認められ、2015年、米国務省が主催する「世界の勇気ある女性賞」を日本人として初めて受賞する。2016年11月、マタハラNetの代表理事を退き、株式会社natural rightsを設立。著書に「マタハラ問題」(筑摩書房)、「ずっと働ける会社」(花伝社)。

撮影:殿村誠士