現場の声なき声を代弁する「炭鉱のカナリア」になりたい 育て上げネット代表・工藤啓さんの【発信の原点】

NPO代表として引きこもりやニートなどの若者たちを支援するかたわら、ブログやSNSを活用し現場の課題を発信している工藤啓さん。Yahoo!ニュース 個人でも「若者と社会をつなぐ」をテーマに、学者でもジャーナリストでも評論家でもない立場でオリジナリティある記事を執筆しています。支援の現場にいるからこその悩みも多いと言いますが、それでも工藤さんを発信へと突き動かす、その思いの源泉はどこにあるのか。子ども時代の体験なども交えながら、赤裸々に語っていただきました。

物心ついたときから血のつながらないきょうだいに囲まれて暮らしていた

――どうして育て上げネットを立ち上げようと思ったのですか

シンプルに言うと、まずうちの両親の影響です。40年前から、両方とも途中で大学を辞めて、東京都福生市で普通の学習塾をやっていたんですが、あるとき障害のある女性のお父さんから塾が始まる夕方までの間居場所としてその娘を預かってほしいという依頼を受けたんです。いいですよって受け入れたら、当時障害者の方や不登校の方が行く場所が全然なかったのでいろんな人が来るようになって、塾はやめてそういう子たちの支援を始めるようになったんです。

それが新聞やテレビに取り上げられると、全国からうちの子もうちの子もと電話が来て。地方の子は通えないので、アメリカンハウス(第二次世界大戦直後に集中して建設された、在日米軍人やその家族のための一戸建て住宅)を何軒か借りて、子どもたちはそこで自分たちと一緒に暮らしながら中学、高校に通いました。卒業して進学したり就職したりすると出ていって、また新しい人が入ってきてっていう家庭で育ったんです。朝起きたら30人ぐらいでご飯を食べていて、母親が18個ぐらい弁当作って。物心ついたときにはそういう状態でした。

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その子たちは人によっては問題を抱えているんですが僕にはただのお兄さんお姉さんで、小学校までは結構楽しく過ごしていました。お兄さんがいっぱいいて遊んでくれるとか、ファミリーコンピュータが何台もあるとか(笑)。どっかの部屋いけばあるんですよ、とんでもない数のゲームと漫画とCDと、シェアリングエコノミーですよ(笑)。生まれながらにシェアハウスみたいな。

でも、中学1年生のときある子が入ってきたときに、同じ中学校に行くので「お前こいつのこと頼むな」って言われて、思春期に入っていたのもあって、何か両親の事業に支援者として組み込まれたみたいで嫌だなって思ったんですね。そいつのことをうまく紹介もできないし、何で一緒に住んでいるのかも言えないし、地域では不思議な世界を持ってる人たちっていう見られ方もしていて、自分の家の事業のことも説明できなかったんです。

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僕が高校1年生のときには寮ができて、寮の前のマンションに引っ越したため、両親が支援している子どもたちと生活も別になったので、そこでいったん両親の仕事とは距離を置きました。その後両親は1999年にNPO法人を設立し、現在も支援活動を続けています。

ヨーロッパの若者支援の最先端をみて「俺んちじゃないか」と思った

高校卒業後は一度大学に入ったのですが、辞めてアメリカに留学しました。両親がやっていたことに意義は感じていたんですけど、むしろ資本主義のど真ん中に行ってみたいっていうカウンターみたいな価値観もあって会計学を専攻したんです。そこに集まってくる世界中の学生たちは、親の事業を継いだり起業するっていうのがデフォルトなので、就職の話をする人は誰もいませんでした。

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当時日本は就職氷河期にあたっていたんですが、たまたまヨーロッパの友人たちに「チャンスだからお前起業しろ」と言われたんです。日本はリストラされた中高年のアウトプレースメント(再就職支援)が盛り上がっていて、その間に若い人の労働市場参入が難しくなる、そこにマーケットができると。

両親に話をしたら、当時若者支援の先進といわれたイギリスとドイツを見に行こうということになったんですね。父親と2人で調査に行って、ホームレス支援とか若者ハローワークとかいろいろ見せていただいたんですけど、一番先端のところを見せてあげると言われて行ってみたら、移民や棄民などいろんな問題がある人たちと一緒に暮らして、文化統合したうえで最後は就職、社会に統合するというもので。ふと「これ俺んちじゃないか」と思ったんですよ。規模は全然違うんだけど、最先端と言われたときに、見せられたのが自分ちなんですよ(笑)。

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彼らは自分たちの活動は「ソーシャルインベストメント」だって言っていて、インベストメント(投資)はわかったんですけど頭にソーシャルのつく意味が当時わかりませんでした。聞いたら、自分の時間や能力や意思を問題解決に導入して社会に投資し、解決されると社会がよくなるというリターンがあるんだという話を受けてなるほどと思ったんです。あわせて、会計学を学んだ経験から、やっぱり重要なのは経営目線もちゃんと持って仕事にしていくことなんじゃないかっていう問題意識で帰国して、2001年ごろに育て上げネットを立ち上げ、無業の若い人が仕事に就いて続けていくための就労支援を始めました。

NPO法人設立当初の工藤さん 2005年撮影
NPO法人設立当初の工藤さん 2005年撮影

現在は他にも3つ、高校と連携しての教育支援事業と、小4から高校生までの子を対象とした学習支援事業と、困っている若者や子どもたちについて悩んでいらっしゃる保護者の方の支援事業もやっています。NPO法人化したのは2004年で、今年で13年14期目です。

最後は自分で食べていける「経済的な自立」が大事

――なぜ就労支援を最初に選んだんですか

当時の主な社会問題にフリーターと引きこもり問題があったんですが、僕のなかでは、若者の自立の中で社会的な自立、経済的な自立、精神的な自立とあるなかで、最後は自分で食べていける状態になるための経済的な自立は非常に大事だなと思っていたんです。精神的な自立ってちょっとふわっとするんですよね。よりよく生きていくためにとか、精神的に豊かになろうみたいのって大切ですが目標感が難しい。見えやすい支援成果はどこかというときに、最終的には仕事に就きたいってみんな言うんですね。それで仕事の切り口で悩んでいる方のお手伝いをしようと。

――社会支援なんだけれども経営目線が入っているのが面白いですね。いわゆるザ・ボランティアみたいな感じではない

立川市の「育て上げネット」オフィスの一角。この日も複数の若者が相談に訪れていた
立川市の「育て上げネット」オフィスの一角。この日も複数の若者が相談に訪れていた

僕自身はNPOが食べられないって思ったことはないんです。ただそれでも子育てなどの理由で安定した別の仕事に就くために不本意に辞めていかれる方がいるっていうのも知ってましたし、周りを見ればNPOは食べられないっていうのもよく聞いていました。それではよくないなと思っています。

発信が人に届くと、それを必要としている人の役に立つ

――ご自身の著書でも、収益の得方や給与水準のことなど、経営的な目線で書かれていましたね。紙の本は何冊も出されていますが、ウェブで発信していこうと思われたきっかけはありますか

ウェブとの出会いは学生時代でした。そのときはまだダイヤルアップ接続で。

――なつかしいですね、ジリジリジリって(笑)

高校のときの彼女が卒業と同時にアメリカに行ってしまって、国際電話が異様に高いのでメールをそのとき初めて学びました。ICQ(イスラエルのMirabilis社により開発されたインスタントメッセンジャー)でもしゃべったりして、ただまだ画像が送れないので写真は郵便で送るみたいな(笑)。

あとは掲示板。僕はJUDY AND MARYの掲示板にハンドルネームで入っていたんですが、大学2年の時に、台湾からその掲示板に参加している子から日本に来るのでみなさんと会いたいという申し出があったんです。せっかく海外の人が来たいと言っているんだからいわゆるオフ会をやってみたらどうかなと思って、新宿でやったら50人くらい集まりました。掲示板という俗名の世界と実名の世界が繋がったものをやってみたら、その掲示板が良質だったこともあって集まった人たちがすごくいい方々で、インターネットって単純にすごいと思ったんですね。で、こういうみんなが見る場所をオンライン上に作るのはいいことだと思って、じゃあホームページって作れるんだろうかと思ってホームページビルダーを買って、参加していたフットサルチームのホームページを作って試合の結果をあげたりしていました。

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ほかにも両親のNPOの関係で、日本財団さんの助成金で全国の宿泊型の支援施設に泊まってそこにどんな子がいるかというのを書いて、ホームページにあげていたんです。そうしたらそれを本にしませんかっていう依頼がきて、なんと実際に出版されたんですよ。発信していることが誰かの目に留まり、出版につながって、本を読んだ人たちからお礼と相談が来る。発信が人に届くと、それを必要としている人の役に立つという原体験でした。その経験から、その後自分でブログを立ち上げて、自分の事業のことなどを発信するようになりました。今はTwitterでも発信しています。

現場の人の声なき声を代弁したい

――発信するときに大切にしていることはありますか

炭鉱のカナリアになりたいというのがまずひとつですね。悪い空気をいち早く察知する毒ガス検知として用いられたカナリアのように、問題をいち早く伝え、社会化するということが大事だと思っています。あと自分の領域にひもづいた社会問題を発信したいなというのはすごくあります。自分の目に見える半径何メートル以内で起こったことのなかから、問題だなと思ったことを社会に提示していきたいです。

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また、とりたてていい話を書こうとか、逆にひどい話を書こうという気持ちはありません。現場に携わっていると特別にいい話や悲惨な話はいっぱいあって、それを書けばそれなりに読んでくれるだろうというのはあるんですが、そういう話は逆に僕が書かなくてもメディアなどに載っている。そこまで厳しいわけじゃないんだけど、かといってスーパーヒーローになれって言われても困る、でも自分なりになにか一家言あるんですっていう、多くの中間層の声を僕は拾って書きたい。そうすると結果として何十万人に読まれなくても、5人ぐらいからぽこっとメールをもらうんです。書いてくれてありがとうって。

NPOの職員や行政の方にもお礼を言われます。伝えたいことがあるけれども雇用されている立場として言いづらかったりして自分で発信しづらい方たちです。学校の校長先生や少年院の職員、引きこもり当事者の方や保護者などからも、それを言ってほしかったのだと言われることもあります。そういう人たちの伝えたいこと、現場の人の声なき声を代弁したいと思っています。

――NPO代表という立場で発信することに難しさを感じることはありますか?

やっぱり、書いていることは自分の意見であり団体の意見とは違うと言ってもそうはとられないので、なかなか突っ込んで書きづらいこともあります。例えば最近引きこもりの人の部屋を蹴破って入っていくという支援業者がテレビで紹介され批判の声が上がっていました。それについて何を書くべきかって悶々とずっと考えているんですけど、結論じみたものが書けないでいます。

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あと人の足を引っ張るような、あっちは駄目という書き方はせずに、そういう考えもあるがこっちもあるというふうに書くようにしています。そうすると記事のコメントに「何も言っていない」と(笑)。自分でもそう思っています。それらの理由から、いつも記事に結論がなくなってしまうんです。

結論はこうであると言い切ることへの期待が多いとわかっているんですけど、実際に現場で支援をしていると、そんな簡単に割り切れるもの、解決策のあるものばかりではないので。いろんなケースがあるなかでこれが正解というのはない世界なので、そこは悩むところですね。さらにそれによって傷つく人や不満を持つ方は絶対出てしまうので、それがないようにしようとすると何でもない記事になってしまうんです。

学者でもジャーナリストでも評論家でもないポジションでできること

――現場を持っている方ならではの悩みですね。でもその立場にいるからこそできる、工藤さんならではの発信があるのだと思います。最後に、今後発信していきたいと思っていることを教えてください

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この前、小4で育て上げネットに入ってきた子どもが高校に入学したんですが、その子が「私は育て上げネット6年生です」って言ってくれたんです。小学校何年、中学校何年ではない軸で、社会的な所属の場所の何年生という言い方です。

いま若者だけでなく、小学生と中学生の学習支援や高校生の支援、さらにその親の支援もやっているので、その辺を横串で見られるのが僕らの強みかなと思っています。本当に長く関わってみないとわからないことっていっぱいあります。例えばそれをジャーリストの方が表現しようとすると、それは当事者の言葉を紡いでいくしかないと思うんですが、僕らは当事者の言葉とともに言葉以外のところも全部一緒に関わった経験として持っています。ひとりの子と10年ずっと関わって家族の変容とか学校との関係も知っていて、例えば親御さんが正社員になった場合にその子がどう変わるのかっていう事例を僕らは持っている。

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記者さんたちが取材に来られると、こういう問題のこういう人はいませんかと言われるんですね。問題意識をもって当事者を探しに来られる。そういう手法も大切なんですが、自分は当事者が先にあって、そこから感じる問題意識があります。問題にそった当事者を出すのではなく当事者から先に出して関心をもっていただけるような、こちらから問題提起をできるような記事を書きたいなと。学者でもジャーナリストでも評論家でもないポジションでできることって多分そういうことかなって思っています。

工藤啓(くどう・けい)

1977年、東京都生まれ。成城大学中退後、渡米。Bellevue Community Colleage卒業。「すべての若者が社会的所属を獲得し、働くと働き続けるを実現できる社会」を目指し、2004年認定NPO法人育て上げネット設立、現在に至る。内閣府、厚労省、文科省など委員歴任。著書に『NPOで働く』(東洋経済新報社)、『大卒だって無職になる』(エンターブレイン)、『若年無業者白書-その実態と社会経済構造分析』(バリューブックス)『無業社会-働くことができない若者たちの未来』(朝日新書)など。

撮影:山本宏樹/deltaphoto