なぜ性暴力被害を取材するのか ライター・小川たまかさんの【発信の原点】

「見過ごされている性暴力被害者が多くいることを伝えたい」──性暴力の現状を取材してきたライターの小川たまかさんは5月30日に公開した記事「彼女が顔を出して語ったもう一つの意味」でこのように訴えました。実名・顔出しで自らの性暴力被害を訴えた詩織さんと、以前から接点のあった小川さんだからこそ書けたこの記事は多くの人に読まれ、「知人から性暴力を受けている人がいかに多いか」を広く伝えました。

大手メディアが性暴力の問題を「映像がない」「被害者の言い分だけを掲載できない」などの理由から取り上げることに慎重になる中、問題を多面的に取材し、社会の誤解や偏見を取り除こうとしている小川さん。性犯罪に関する刑法の改正やAV出演強要問題などを積極的に取材してきました。自身の経験も踏まえて記事を書く中で、時には激しいバッシングを受けることもあるといいます。それでも、書き続けるのはなぜか。‘発信の原点’に迫りました。(インタビューは5月23日に実施)

始まりは一つのネットニュース。自身の経験を公表し、反響に驚いた

──なぜ、性暴力の問題を取材しようと思ったのですか

性暴力の問題は、自分が子どもの頃に痴漢の被害にあっていたこともあって、頭の片隅にずっと問題意識はあったんです。でもそれについて自分がライターとして書いていくという覚悟が決まらないところがありました。一歩足を踏み入れたらものすごく難しい問題だなとも思いましたし、ネット上で書いたら反発もたくさんあるだろうと予測できたので。そんな中、2015年1月に、ある記事が目に飛び込んできて、怒りを覚えたんです。

その記事はあるニュースサイトが「女性専用車両はいらないと思うかどうか」を女性に聞いたアンケートを基に書かれていた。その中で60代女性の約7割が「必要」と答えた結果に加えて、「痴漢も相手を選ぶと思いますけどね」といった趣旨の表現があったという。記事には多数の批判が寄せられ、後日削除された。

画像

年を重ねた人を揶揄するような言葉とか、ブスは痴漢にあわないとか、女性専用車両が必要だと言っている人のルックスを笑うようなことって、ネット上だとすごく多い。ただ、2ちゃんねるの掲示板とかツイッターとかではなくて、ネットメディアとして運営している媒体がそういうことをやっていたのを見て、これはほっとけないな、というのがありました。それで自分のブログに高校生の頃の痴漢被害について書いたんです。

──痴漢被害を公表するのは勇気がいる。なぜ、公表したのか

大学生になってから、身近な男性の友達に、「痴漢被害って服の上から触られるだけでは済まないこともある」「高校生が通学電車に乗っていると3日に1回あう子もいるぐらい、頻繁に起こっている」という話をしたら、すごく驚いて受け止められたことを思い出したからです。

男の人たちも、同じように電車で通学してきたはずなのに、女子と見えているものが全く違っていたので、言わないと痴漢ってどんなものかよくわからない。

画像

私の場合、言った相手がいい人たちだったので、すごく真摯に受け止めてくれて、それはひどいねって言ってくれた。

だからまず、知らない人もいるから自分の経験は言わないといけない。言わないとなかったことになってしまう。痴漢というのがふんわりとしたイメージのまま語られてしまうのは嫌だと思ったんですよね。私が受けた痴漢被害の中には、「強制わいせつ」にあたるものも多くありました。最初に被害に遭ったのは小学校高学年のときですが、それも強制わいせつにあたるものです。でも調べるまでずっと「痴漢」という言葉でしか考えていなかったから、被害者の私もふんわりと捉えていたのかもしれない。

その当時あまり読まれてなかったブログだったのに、はてブ数が600とかついたんですよ。ツイッターでも拡散されて、私にダイレクトメッセージを送ってくれる人もたくさんいました。

いつも使っている取材道具。ICレコーダーや資料を入れているファイルなど
いつも使っている取材道具。ICレコーダーや資料を入れているファイルなど

自分も被害にあった女性とか、自分の家族が被害にあって裁判を起こした方とか、男性で被害にあった人とか、痴漢したことを自慢げに話している友人をみてショックを受けた人とか、色々な人からコメントをもらって、反響がくるとやっぱりうれしかった。これだけ怒っている人がたくさんいるというのも感じて、これはもう書き続けないといけないなと決意しました。

「同じ被害にあう人を減らしたい」

──自分をさらけ出すのに不安はなかったのですか

不安はもちろんありました。今でも正直嫌です。コメントの中には、私の容姿を揶揄して、「おれはこんな女を痴漢しない」というものもある。書くことができたのは、私の場合は年齢もあるかもしれません。

画像

今年37歳になるんですが、20代の頃は、まだ言えなかった。被害を訴えることによって、かわいそうと思われるんじゃないか、同情をひいて目立ちたいと思われるかもしれない、というのを怖がっていた。

性被害の中でも痴漢は被害経験のある人が多いので、「自分だけ特別だと思っているの?」という反応もあるかもしれないと思いました。

ただ30代になって、姉に子どもが生まれて、すごくかわいいんです。この子たちがもし自分と同じような被害にあうとしたら…頭が狂いそうになるぐらい、考えられない。自分はもういい大人なわけで、この子達の未来を良くするために何ができるかと考えたときに、私の場合、頭に浮かんだのが自分の被害を書くことでした。

──被害にあった方の話を聞いて、自分もつらい気持ちになってしまうことはないですか

めちゃくちゃなります。だから自分もカウンセリングに行って、最近つらかったことがあると話しにいきます。ただ、被害者やサバイバー(過酷な経験からの生還者、性暴力から生き延びてきた人)の方たちとイベントなどの後で一緒にご飯を食べたりすると、皆さん明るいんですよ。

画像

取材ではつらいエピソードを話してもらったけれど、それだけがその人の全てではまったくない。強くならざるを得ないところもあると思うんです。でも、その人たちの日常まで知ると、すごく強さや明るさ、色々なものを感じるので、背中を押されるというか、元気が出ます。もっと知らなくては、書いていかなくてはという思いになる。

物書きになりたくてもがいた20代

──もともと文章を書く仕事に就きたかったのですか

画像

小学生のときから文章を書くのが好きで、物を書く仕事がしたいという思いがずっとあって、大学では文学部に進学しました。どちらかというと、記事を書くのではなく、フィクションを書く作家になりたかったんです。ただ、成長するにつれ自分はそういうことができないのかもしれないと思えてきて、すごく進路に迷いました。大学院に進学して、近世文学を専攻したんですが、発表は箸にも棒にもかからないし、「それでも頑張ろう」と思えるほどの気力もなくなってしまい、挫折を感じました。

卒業後の進路も、ゼミの友達はみんな学校の先生になっているんですが、私は教員免許を持っていなかったので、就職活動を始めました。そこで100社ぐらいにエントリーしたのですが、内定はもちろんでなかったし、面接に進んだのも4社ぐらいしかなかった。

下北沢の街を歩く小川さん
下北沢の街を歩く小川さん

結局、フリーライターの名刺を作って、その頃に出会った出版社の人に名刺を渡して細々と仕事を始めました。だから記事の書き方とか、取材の基礎はほとんど独学です。仕事をもらっていた媒体の編集者や、同じ媒体で書いているライターの先輩に聞いたり、見て学んだりしてきた感じです。

──今は、ライターとしての活動のほか、都内で編集プロダクションの取締役をされています。どのような経緯で起業したのですか

フリーライターとして、経済誌やフリーペーパーなどの記事を書いている中、先にライターを始めていた友人から、会社を作りたいから一緒にやろうと誘われたのがきっかけです。2008年に編集プロダクション「プレスラボ」を立ち上げました。

下北沢のビルの4階に「プレスラボ」はある
下北沢のビルの4階に「プレスラボ」はある

フリーライターになって1年ほど経った頃でしたが、ずっと物書きでいたいと思っていたし、失うものは何もないな、と思ってその話に乗ることにしました。最初のうちは役員報酬も10万円台だったりして、厳しいときもありました。当時私も社長になった友人も若かったので、なめられないように箔をつけなきゃと、ビジネス系の媒体に電話をかけて営業したりしました。友人が先にライターとして活躍していたこともあって、徐々に仕事は増えていきました。

手探りで取材する中で感じた社会の違和感

──性暴力の問題を多く書いていますが、待機児童問題や働き方についても多く取材されています。自分の関心領域が定まったのはいつ頃ですか

ライターをやる中で、待機児童の問題に出会ったことが大きいですね。2008年頃から働くお母さんを継続して取材していたのですが、子どもを保育園に預けながら仕事をしていることに負い目を感じているお母さんも多いと気がつきました。私は共働きの家庭で育ったので、母のことを思い出したりして、こういう時代だし、働きながら子育てしている人、女性がもっと堂々と生き生きと、働けたらいいなと思うようになりました。そのうち、待機児童の問題が見えてきて、2010年にとある雑誌に待機児童の企画を打診したら書かせてもらえたんです。

黄色いリュックはいつも取材で使っているバッグだ
黄色いリュックはいつも取材で使っているバッグだ

そこから女性の働き方とか、長時間労働にも取材分野が広がっていきましたが、そういう話を書くと結構反発があるっていうのを感じて。「子どもの気持ちを考えなさい」「働きたいとか女性のわがままだからいい加減にしてください」とか、「いまどき男尊女卑なんてないですよ」っていうような反応もありました。

予測はしていましたが、そういう反応があること自体、「やっぱり日本って男尊女卑だな」と。子どもの頃からもやもやしていたものが、「あ、これ言ってもいいことなんだ」「言わなきゃだめなんだ」って気づいた。女性に関する様々な問題に、自覚的になったのは待機児童の問題がきっかけだったと思います。

──待機児童や性暴力の問題の共通点は

どちらも声を上げ続けている人がいるのに、あまりメディアが拾ってこなかったというところだと思います。私より5歳年上の姉は待機児童でした。本当はかなり昔から問題はあったのに、最近になるまで知られてこなかった。昨年の「保育園落ちた日本死ね!」のインパクトは大きかったですが、その数年前からじわじわと報道が増えていたと感じていました。それはメディアの側に当事者となる人が増えたからだと思います。例えば、男性向けビジネス誌の男性記者の方が、実際に「こんなに保育園に入れないんだ」と気がついて、取材を始めたケースをいくつか知っています。これまではずっとメディアに男性が多くて、彼らの妻は専業主婦だった。だから女性記者がやろうとしても取り上げられなかったこともあるのではと思います。

画像

性暴力の問題も、もっと声をあげなよという人がいる一方で、これまで叫んできている人は十分いるんです。でもメディアが拾っていない。現場の記者がデスクや責任者に企画を打診したところで通らないということもあると思います。実際、私が企画を提案しても「ちょっと重いね」と言われて通らなかったことはありました。

私は個人の書き手として発信する場を持てたので(Yahoo!ニュース個人に2013年から参加)、そこはありがたかったです。当初は何を書いたらいいんだろうというところもありましたが、共働きの記事を書いてみたら反響があって、そこに背中を押された。反発も反響もあって、私の声を聞いてくださいっていう人も、お前もう黙ってろっていう人もいるから、それを受けて「書かなきゃ」って思えます。

──問題が認知されてないなら、それを認知させたい?

そうですね。すごく難しいのが、伝え方です。例えば私は取材を始めるまで、「日本は先進国だから被害者ケアは丁寧に行われているだろう」と思っていたのですが、そんなこともない。被害者ケアの分野になかなかスポットが当たらず、お金も人も足りなくて、一部の熱意のある人が報酬も顧みずにやっている現状がある。「弱者支援をすると自分も弱者になる」とつぶやいた人もいました。ワンストップセンター(性被害を受けた人が駆け込める施設。カウンセラーへの相談や警察への被害申告など、被害者の希望に1ヵ所で対応できる)がない県もまだあり、 被害にあった人がぼろぼろの状態でどこにいったらいいかわからず放り出されていることもあると思います。

でも、そういう話をすると「重い話だから聞きたくない」「つらい話ばかり聞かせるな」と言われたりする。被害を言わないと、問題が浮かび上がらない一方で、訴え始めると黙ってろという抑圧があったりする。

画像

性暴力の話題が、あまりにも社会から排除されすぎていて、加害者にしても被害者にしても、特異なケースとして聞いてもらえていない現状があります。非常に難しい話ですが、性犯罪・性暴力を取り巻く現実を、いったんフラットな状況で、受け止めてもらえる社会にしたいです。

だから、被害にあった人の現実を伝えると同時に、未来を変える話も伝えたいと思っています。そうしないと、あまりにもつらい話が多いので、読んで「何もできることがない」と無力感を覚える人もいるし、「本能だから仕方ない」と怒り出す人さえいる。その怒りを被害を訴えている人に向けられるのは困ります。例えば、レイプドラッグ(飲み物に入れて意識混濁させる薬)を入れられたかなというときに、爪をいれてドラッグが入っていると色が変わるネイルをアメリカの学生が発明したというニュースとか、性犯罪被害が起こらないようトイレ周辺の防犯設計を考えることとか、加害者への治療の可能性とかを伝えたい。性暴力についての世の中の意識が反映される性犯罪刑法改正についても、市民団体が動画や漫画、インスタグラムを使ってわかりやすく伝えるなどいろんな取り組みをしています。

性被害の話って、本能的な欲求によって起こるものだからなくせないとか、加害者の嗜好はどうしたって直らないとか思われているところがありますが、多くの人がこの問題にもっと関心を持ってくれて知恵を出し合えれば必ず対策はできる。男女問わず一緒に解決していくための案をだしていこうと思ってもらえるような伝え方をしていきたい。

記事の中ではできるだけ、被害者=女性のみと取られないような書き方をするようにしています。男性の被害者もいますし、性自認の問題もあるので、そこは気をつけたい。男性の被害者に取材して記事を書いた際には、何重にも偏見があるということを感じました。

発信の原点は自分の体験と「知りたい」気持ち

──話を聞いていると、課題解決意識を強く感じるが、何が小川さんの原動力なのか。発信の原点とは

性暴力にしても待機児童にしても発信の原点は自分の体験ですが、他者に話を聞かなくては記事を書くことはできなかった。だから人の話を聞くことはこれからもずっと続けていくと思います。一方でもう一つは、意外に思われるかもしれないですが、「ただ知りたいから」です。

画像

性暴力の話ってすごく重たいテーマだと思われがちなんですけど、深い、やりがいのある話だと思っています。どうして加害を繰り返してしまうのかを考えれば心理学の話にもつながるし、どう防ぐかを考えると法律やデザインや設計の話にもなるし、調べることがたくさんある。私の記事に対して、すごく激高してくる人もいるんですが「なんでこの人こんなに怒っているんだろう、この人の背景に何があるんだろう」って考えると、嫌だなと思う一方で興味深いなと思ったりする。普段は理性的な人をそこまでにさせてしまうもの、性と性暴力は違うものですけど、そこについて考えるのは人の生き方の根幹につながってくる。奥深くてまだまだわからないものを、ただ知りたいからやっているというところはあると思います。

──自分のライフワークとなるテーマに出会った

そうですね。周りから「痴漢ライターだよね」と言われたりするんですけど、それはちょっと名乗りたくないのが目下の悩みです。映画ライターとかならかっこいいけど、なんて名乗ったらいいんだろうって。

画像

──ライフワークとなるテーマに出会って2年、すごい濃い時間だったと思いますが、2年経っても取材しきれない感じですか

そうですね。全然取材しきれないです。

プロフィル

小川たまか

1980年、東京都品川区生まれ。立教大学大学院卒。 フリーランスとして活動後、2008年から下北沢の編集プロダクション・プレスラボ取締役。主な取材テーマは性暴力、教育、働き方など。

撮影:殿村誠士