在英保育士でライターで「移民」 ブレイディみかこさんが見た日本の違和感【発信の原点】

世界に激震が走った英国のEU離脱を問う国民投票。

英国で実際に何が起きていたのか、日本の記事ではあまり上手く伝えられていなかった。情報は膨大にあるのに上手く伝わっていなかったんです」

そう語るのは、ライターのブレイディみかこさん。そんな想いで書かれた記事「地べたから見た英EU離脱:昨日とは違うワーキングクラスの街の風景」は、地域に根ざして暮らす労働階級の人々の姿を見事に描き出し、Facebookで1万シェア、はてブ数が1500と、「海外政治」というジャンルでは異例と言えるくらい、多くの人に読まれました。

「私は移民」と語り、英国で保育士として働きながら執筆を続けるブレイディさんの記事には、現地で暮らす人々の息遣いまでもが聞こえてくるようなリアルさがあります。

渡英して20余年。保育士でライターという異色の二足のわらじを履き、「私は肉体派」と豪語しながら日本の右派・左派に厳しい視線を向ける。その発信の原動力には、執筆へのひたむきな思いがありました。

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■移民として地元コミュニティに溶け込んでいるから書けること

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現在は保育士として働くブレイディさんですが、渡英後すぐに就いた職は日本大手新聞のロンドン支局アシスタント。その際に、日本の大手メディアでは「地べたから見た英国」を伝えきれていないという違和感を感じていました。

「駐在員の方々はこちらに赴任してきたとしても3~4年しかいないですよね。本当に多忙なので現地のコミュニティに根を下ろして生活する暇はない。そうなると地域に暮らす人々の目線を知ることはできないと思います。

私はロンドンからブライトンへと移り住んでから日本人という意識が消え、代わりに移民という意識が芽生えるようになりました。長年地域に根ざして暮らすうちに、コミュニティにも溶け込んでいますから、一般的な労働者階級の人が何を思うのか、何を考えているのか、周りの人たちに率直な話を聞ける機会が日常的にある。そうやって集めた声を記事に反映させています。

英国の普通の人の目線で書く、ミクロからマクロを見上げて書く、という私のやりかたは、ニッチではないかと思いました。だからこそ、私が書いているような記事は、駐在している記者さんが書かれたものとは違うのではと思います」

――ご自身の発信が多くの人に届いているという実感はありますか?

「Yahoo!ニュース 個人の記事は、現地(英国)在住の日本人も読んでくれているみたいです。英国の地方に暮らす女性からメールをもらうこともあります。『ブレイディさんが書くような内容は、日本に暮らす人たちは知らない情報だと思う。私も書けることなら書きたいけれど、日本語で長い文章なんて書けなくなっちゃったから、これからも私の代わりに書いてちょうだいね』と。英国に長く暮らしていると、しゃべり言葉も書き言葉も、日本語がままならなくなるんですよ(笑)」

■「今の時代、そんな貧乏学生はいない」存在を否定された過去

移民として地域に根ざし、現地で普通に生きる人々のリアルを日本に伝えるブレイディさん。彼女が「英国」という国を選び、発信を続けることにも理由があるといいます。

「私はあまり裕福ではない家庭に生まれました。中学校の頃はいわゆるヤンキー校に通っていたので、周囲には経済的に苦労している人が多く、違和感もなかったんですよね。ただ、高校で進学校に行くようになると、周りには余裕のある家庭の子が多くなったんです。

あるとき『私今日はお金がないから、昼食はパン1個にするね』と言うと、その場で定食を食べている友人たちは一応笑ってくれるんですが、どう反応していいかわからない表情も浮かべるわけです。彼らを陰気な気持ちにさせてしまっているな……と気づいてからは、あまり家の話はしなくなりました」

奨学金をもらうのに加え、アルバイトをしながら高校に通う日々。教師にそのことを伝えると「今の時代、そんな(お金に困っている)学生が日本にいるわけないだろう」と言われ、頭から存在を否定された気持ちになった、と振り返ります。

「『私みたいな人間が日本にいたらいけないんだ』と思いました。自宅で大好きな英国のロックを聴いていると、“自分が苦しいこと”を正直に歌っていて、『日本は貧乏人の生きづらい国だな。それに引き換え英国は……?』と考え、渡英しようと決めたんです」

10代だったブレイディさんは、その頃から「貧乏であること」を人前で口にするのは気が引けることなのだ、と実感していました。それは今も変わらない空気感かもしれません。

■未だに9割に中流意識……「一億総中流社会」を引きずる日本

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――なぜ日本には「貧乏である」と言い辛い雰囲気があるのでしょうか?

「皆中流で、そこそこお金もある、ということが日本人にとって誇りになっていたのでしょう。『下流老人』の著者・藤田孝典さんに話を聞いて印象的だったのが、1958年から内閣府が実施している『国民生活に関する世論調査』によると、未だに9割の人に『自分は中流』という意識がある、ということ。50年以上、その意識は変わっていないみたいですね。

もはや“意識”というより、“主義”にまでなっているんじゃないでしょうか。社会全体が『中流でないといけない』といった考えを死守しているような印象もあります。生活困窮者相談でボランティアをさせていただきましたが、来る方のほとんどが、申し訳なさそうに、俯いて小さくなっているんです。『こんなふうになってしまって、すみません……』とでも言わんばかりに」

――英国だと、中流と呼ばれる人々は、日本でいう「中流」よりも200~300万円程収入が上だという話を著書に書かれていました。

「そうですね。なので、英国で生活相談に来る人は『なんとかしてくれ!』と怒鳴り込んでくるほどですよ。『こんなに困窮した俺の面倒は国がみるのがあたりまえだろう!』といった具合です。

一方、日本人は自分たちが中流だと思っていますから、英国人みたいに『堕ちてしまった自分たちをなんとかしてくれるのは、あなたたち国の義務だろう』と強く言えないわけです。『中流である』という思い込みがなくならない限り、日本は変わらないですよね

8月に発行した著書『THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本』の執筆中、キャバクラで働く女性を救済する「キャバクラユニオン」を取材したブレイディさん。同書にも書かれていますが、働いても給料をもらえなかった女性が、組合のメンバーと訴えに行く道すがら、黒服や関係者から「働け!」と怒鳴られる……そんな光景を目の当たりにしたことを振り返り、日本に来て改めて感じることをこう語ります。

「よく考えると皆労働者で同じ立場なのに、味方をしないんですよね。少し前に話題になった『貧困JK』の報道を見ても思いましたが、貧困者が貧困者の味方をしない現実があります。誰か特定の人を『叩く』という歪んだパワーは、社会を変える方向へ向かわないといけないのに、そうはなっていません。変な方向に進むパワーをうまく誘導できれば、『皆で団結すれば訴えていける』という運動が日本でも生まれるかもしれないのに、とは思います」

■子どもを育てること、保育士の仕事は草の根から社会を変えること

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──日本の現代社会を鋭く斬るブレイディさん。ライターとして大活躍する一方で、現在でも保育士の仕事を続けています。昔から子どもが好きだったのか、と純粋な質問を投げてみたところ……。

「いえ、大嫌いでした(笑)。ワガママだし、言うことを聞かないし、猿みたいなものだと思っていましたよ(笑)。でも、自分が母になってみると、考え方が変わりました。子どもを育てることは人を作ること、生きたものを作ることに関わる仕事なんだな、と思うようになったんです」

新聞社での勤務やフリーの翻訳家として働いた後、保育士へと大胆にキャリアチェンジ。ライターと保育士という“二足のわらじ”を履くブレイディさんを支えるのは、「発信」も「保育」も「草の根から社会を変えること」だという考えでした。

「1歳で慣らし保育に連れてこられて初めて、私という異人種に接する子どももいます。白人しか見たことのない子どもは、私が近づくと化け物を見たのかと思うくらい、ギャーッと激しく泣き叫ぶ。子どもに『差別するな!』と怒ってもどうしようもないので、そんなときは白人の同僚に替わってもらいますが、そういう子ほど目がいってしまうんです。

最初は大変ですが、卒園する頃にはすごく仲良くなっていて、抱き合って涙しながらサヨナラする。そんなとき『自分とは異なる人々に対し、偏見を持たない子どもに育ってくれたなぁ』と晴れ晴れした気持ちになります。

草の根から社会を変えている手応えがすごくありますよ。本を書いたり、記事を書いたりするときよりも、保育の現場で大きくなった子どもたちを送り出すときのほうが、はるかに大きな達成感があるんです。保育士をしながら、アクティビストをやっているつもりです(笑)」

■一人ひとりの子どもと向き合った、個性を伸ばす教育ができる環境

――そんな考えを持つに到ったきっかけは何だったんでしょうか?

「ブライトンの最貧困地域にある託児所で始めたボランティアで、私の師匠ともいえる人と出会ったのがきっかけだと思います。政治について関心を持ち、書き始めたのも彼女のおかげですね。

当時、びっくりしたのは、彼女が絵本の読み聞かせで『この世の中には、仕事をすることを選ぶ人もいるけれど、仕事をしないことを選ぶ人もいる。それは本人が決めることだからね』と3~4歳児に向かって言っていたことです。

日本の保育士だったら『この世には仕事をしないことを選ぶ人もいる』なんて教えないでしょうね。でも、これが多様性ということか、とハッとさせられたんですよね」

――そんなブレイディさんから見て、日本の保育園について感じることはありますか?

「英国では3歳児のクラスだと保育士と子どもの割合が1:8と決まっています。それが日本では1:20と知って驚きました。これだけ配置基準に差があると当然、指導の仕方もまったく違ったものになりますよね。1:8だと子どもたち一人ひとりと対話でき、各自のやりたいことに対応してあげられます。子どもの意思を尊重し、個性を伸ばす保育ができる余裕があります。

でも、たった1人で子どもを20人も見るなら、全員に同じことをさせないと無理。たとえば、お面を作るにしても、保育士が切り取った顔に目、鼻、口を描かせておしまい、といったところではないでしょうか。20人が同時にハサミを使い出すと、目が行き届かなくて危険ですからね」

――皆、一様に同じことをするしかないと。

「こういった保育だと、子どものときから『周りと同じことをしないといけない』と考えるようになるのかなと思いますね。一人ひとりの創造性を伸ばす保育を、時間をかけてできないのは、日本人の人格形成にも影響しているのではないかと。

皆で合奏している風景を見ましたが、日本の子どもたちは整然と並び、同じタイミングでカスタネットを叩いていました。しかも、おとなしいんです。英国だとあまのじゃくの子も出てきて、皆とは別のタイミングで鳴らす、なんてことは普通(笑)。

でも、それをダメだと否定するのではなく、私たち保育士は『そこで鳴らすのもいいね!』と肯定するんです。結果、イメージ通りの完成形にならなくても、子どもたちが笑って楽しんで学んでいれば、それでいいんです」

■英国で根づいている「保育士=教育者」の意識

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――日本の保育園児はそんなにおとなしいですか!?

「英国の保育園児と比べると、天国と地獄くらいの差ですよ(笑)。もうひとつ、日本の保育園を見ていて気になったのは、子どもも保育士も『まとまる』ことや『まとめる』ことに重点が置かれすぎていて、あんまり自由にやれてなくて、面白くなさそうということです。楽しいかどうか、というのは一番大事だと思うんですよ」

英国で労働党のトニー・ブレア政権が発足したのは1997年。英国幼児教育プログラム「シェア・スタート」を筆頭に、保育制度が整備され始めた時期です。2006年には保育の法的フレームワークを定めた「Statutory Framework for the Early Years Foundation Stage」と幼児教育のカリキュラムを具体的に定めた「Practice Guidance for the Early Years Foundation Stage」の2部から成るEYFSが誕生しました。

「保育士の年収は相変わらず低く、社会的地位もそう高くはありません。子どもたち一人ひとりのレポートを作ったり、担当制になったり、書類を管理したり……仕事量は圧倒的に増えたんですけどね(笑)。

でも、保育士の意識は激変したと思います。EYFSと同時期に『Early Years Professional Status(EYPS)』という、保育士のアドバイザー的な職業ができたりして、保育士は『自分たちは教育者なんだ』と考えるようになったんです」

今や、英国で保育士は「Early Years Practitioner」と呼ばれています。EYFSのカリキュラムに沿って、子どもが成長していけるよう、それぞれの子どもに合わせた教育をデザインする役割を担っているからです。「あなたはカリキュラムの実践者で、教育者ですよ」といわれているも同然。だからこそ、保育士はクールでやりがいのある仕事――ブレア政権の頃の英国ではそんな意識が根づいていました

■「もっと考えるネタにしてくれたら」ブレイディさんの発信の原点

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――では、そういった英国の様子を伝えることで、日本の現状を変えようというのがブレイディさんの「発信の原点」なのでしょうか?

「そんな大それたことではなくて、石を投げている感覚です。ある方から『日本はまだ鎖国してるんだ、黒船の一隻になってください』と言われました(笑)。そんなデカいものにはなれないですよね。ただ、日本が本当の意味で開国していないとも感じるんです。

EU離脱の報道も誤解されて伝わっていて、『下層のバカが血迷った』と言う人もいましたよね。経済問題が絡んでいるんだよ、というのを日本の記事ではうまく伝えられていなかった印象です。あれは切羽詰まった賭けだったのだ、という労働者目線の報道がなかったように感じました」

――記事に引用が多いことも多様な意見にふれて、考えさせるためですか?

「そうですね。なので、自分の考えはあまり書いていません。よく引用部分を私の意見だと読まれて、ネットで右派認定されるのですが(笑)、私は右派でも左派でもなく『肉体派だ!』と思っています。自分で体を動かさなくなってしまったら駄目なんじゃないかと。街に出て、人と会って、いろいろなものを見て。ミクロからマクロを見上げることは忘れないようにしたいです」

――今の日本に「石を投げたい」ことはありますか?

「欧州では右と左の枠組みが崩れつつあって、一概に右や左とは言えなくなっています。立命館大学教授の松尾匡さんは、『右と左は世界の分け方が違う。右派は世界を内と外に分けて、内側を大事にする。左派は世界を上と下に分けて下の側につこうとする』といったことをおっしゃっているのですが、この通りだと思います。

近年、難民問題でアイデンティティ政治が取り上げられて、内と外はよく言われますが、下側のやむにやまれぬ怒りや、『下についた左もいたが、EU離脱に票を入れた左もいた』ということは伝わっていません。

今は右と左ではなくて、『上と下になってきている』ということが伝わっていないんですね。そういうことを日本に投石していきたい。『ひと昔前の右と左とは、変わってきている』と揺さぶりをかけたいんです」

――では最後に、ブレイディさんにとっての「発信の原点」とは何でしょうか?

「こういう考え方の人もいれば、ああいう考え方の人もいますよ。さぁ、あなたはどう考える? 自分で考えて下さい。一人ひとりをそうやって挑発し続けることが、私にできることであり、発信の原点だと思っています」

プロフィル

ブレイディみかこ(ぶれいでぃ・みかこ)

1965年、福岡県福岡市生まれ。1996年から英国ブライトン在住。保育士、ライター。著書に『THIS IS JAPAN――英国保育士が見た日本』『ヨーロッパ・コーリング 地べたからのポリティカル・レポート』、『アナキズム・イン・ザ・UK- 壊れた英国とパンク保育士奮闘記』、『ザ・レフト─UK左翼セレブ列伝 』などがある。The Brady Blogの筆者。

聞き手・執筆:池田園子

撮影:曽我美芽/deltaphoto

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Yahoo!ニュース 個人に寄稿する“オーサー”たち。政治からスポーツ、エンタメまで、幅広い分野の専門家であるオーサーは、なぜ発信を継続するのか。その理由に迫る特別企画『発信の原点』をシリーズでお伝えしています。

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