【体操】内村が白井に助言「健三は若い。安定よりいろいろ試せ」(Yahoo!ニュースアプリ特別企画)

南寧世界選手権の練習会場ででスタッフらと記念撮影する内村航平(右から2人目)

中国の南寧で開催されている体操世界選手権の種目別男子ゆかで惜しくも連覇を逃したスーパー高校生・白井健三(神奈川・岸根高校3年)に、チャンピオン内村航平(コナミスポーツクラブ)が厳しくも温かいアドバイスを送った。

「健三は若い。安定よりもいろいろ試してほしい!」

(2014年10月12日掲載記事)

Yahoo!ニュースアプリ特別企画として、過去に掲載された記事の中から、今改めて読みたい厳選記事をお届けします。

リオデジャネイロオリンピックの体操で団体金メダル、個人でも、それぞれ個人総合2連覇、種目別「跳馬」銅メダルを獲得、改めて脚光を浴びた内村航平選手と白井健三選手。2014年の世界選手権の取材記事では、当時から内村選手が白井選手に特別な想いを抱いていた様子が感じられます。記事の最後に、執筆した矢内由美子さんが今回の企画にあたって新たに追記した、その後の2人について、リオでの戦い。白井が種目別のゆかでまさかの4位に終わった後に2人が交わした会話とは。

熱い口調で

白井のことになると、普段は淡々と話すことの多い内村の口調が自然と熱くなってくるのが分かる。

ひねりが得意という共通項を持つ2人は「航平さんとは同じ感覚がある」と白井が言うように、天才同士だけが理解できる異次元の感覚を共有している。伝統ある体操ニッポンを守り、そして未来へとリードする立場の内村としては、だからこそ、この一目も二目も置く後輩に、さらなる成長を遂げてほしいという思いがある。 

最終日の種目別鉄棒に備えた練習の合間を縫って、白井と加藤凌平(順大)の応援に駆けつけた内村は、白井が金メダルを逃したことに対して、まずは「(演技の出来映えを評価する)Eスコアが結構厳しかった。日本の採点なら今日の演技でも一番になれるくらいだと思う」と後輩の心中をおもんぱかった。

そのうえで原因を分析しながらこう言った。

「でも、実際に健三の演技は本当に文句をつけられないくらい良かった訳ではない。それに、健三は去年、金メダルを取っているし、去年の演技は凄く良かった。だからそれなりに厳しく見られてしまうところもあったのかなと思う」。すなわち、ディフェンディングチャンピオンの座を守ることは、初優勝よりも難しいということだ。

取材を受ける内村(2014年7月、日本国内で)
取材を受ける内村(2014年7月、日本国内で)

「2連覇目が難しかった」と気遣い

「2連覇目が難しかった」という記憶も呼び起こし、白井を気遣った。2009年に初優勝して迎えた翌2010年。内村は肩を痛めていたということもあって「まともに体操をできる状態ではなかった」とは言うが、それ以上に「優勝を意識してしまった」という思いが強烈に残っていた。

だから、言った。「健三の場合はそういうのはあまりないかもしれないけど、少しはあったんじゃないか」

「重圧はあまり感じなかったけれど、やっぱり力が入りすぎてミスになってしまったのではないかと思う」と白井が試合後に話していたと聞くと、「そういう感じですね」と頷き、「僕も2連覇目は意識した。でもその後の3回目、4回目と全然そんな意識はなかった」と振り返った。

内村の白井への言及はさらに続いた。演技構成が昨年と同じだったという話題になったときだ。チャンピオンは白井に、厳しくも温かいアドバイスを口にした。白井の飛び抜けた能力を熟知し、心から認めているがゆえの助言だった。

「毎回構成を変えてやってほしいという気持ちがある」

「健三は若いので、安定した構成でずっとやるより、毎回構成を変えてやってほしいという気持ちはありますね。今はいろいろできるとき。若いうちにいろいろ試してやってみて、一番良いものを自分で見つけて(演技構成に)組み込む。そしてオリンピックには絶対に失敗しない構成で臨んで、確実に金を取りに行く」

思い返せば、2008年北京五輪後から2012年ロンドン五輪までの内村の4年間の歩みは、まさにその流れだった。北京が終わるとすぐに内村はロンドン五輪で金メダルを取るための4年間のプランを組み立て、1年前まではいろいろなことを試してからロンドンでの演技構成を決め、最後の1年間はその構成を変えずに完成度を高めてロンドンに臨み、金メダルを取る、という計画で突き進んでいったのだ。

その当時に取り組んでいた技には、跳馬で現在シライの名がついている「伸身ユルチェンコ3回ひねり」や、「ドラグレスク(前転跳び2回宙返り半ひねり)」、鉄棒の連続技である「アドラーからのリューキン」や、鉄棒のF難度の下り技である「フェドルチェンコ(後方伸身2回宙返り3回ひねり下り)」などがあった。ロンドン五輪では使わなかったが、このようにたくさんの技に挑戦した中から難度や負荷のバランスを考え、最適な技を選んでいったのだ。

昨年の世界選手権。白井がゆかのスペシャリストとして代表入りし、金メダルを取ったときにも、内村は白井にさらなる飛躍を期待し、こう説いていた。

「僕は体操は6種目できて当然だと思っている。世界の流れ的にはスペシャリストが増えているので、そういう戦い方もあると思うが、やはり日本で体操をやっているからには6種目できてほしいと思う」。得意なことだけでは到達できない、「オールラウンダーの道」を示したのだった。そして白井は今年、個人総合でも国内上位につける力を蓄えるに至った。

内村は、今回のゆかでの“敗戦”が白井に与える影響は大きいだろうと言う。「ここで一回勝てなかったことは、さらに上にいくチャンスになる」。その口調には温かさが宿っている。

体操世界選手権のマスコットNannan(左)とNinnin
体操世界選手権のマスコットNannan(左)とNinnin

※※2016年9月追記分※※

14年の世界選手権で内村から「若いのだから今はいろいろ試した方が良い」とアドバイスを受けた白井は、その言葉に大いに刺激を受け、15年にはゆかにG難度の大技「リ・ジョンソン」を組み込む演技構成に挑戦し、世界選手権種目別ゆかの金メダルを奪還した。

そして、16年には跳馬で自身にとって5つ目となる名前のついた技「シライ2(伸身ユルチェンコ3回半ひねり)」に挑戦。非常に難しいこの新技をリオ五輪で成功させ、種目別跳馬の銅メダルを獲得した。

これだけではない。リオ五輪の期間中も、白井は内村から多くの刺激を受け、多くのことを感じ取っていた。

金メダル間違いなしと見られた種目別ゆかでまさかの4位に終わった日の夜。失敗の原因を思い返し、ハッキリとした原因をつかんだ白井は、不思議と悔しい思いが頭の中から消え去っていることに気づいた。

しかし、悔しくないというのはおかしいかもしれないではないか。気持ちの着地点を迷っていた白井は内村に「あれだけミスがあればしょうがない結果なので、悔しくないんですよね」と投げかけてみた。

すると、内村から返ってきたのは「自分で解決できているならそれでいいんだ」という言葉だった。我が意を得たとばかりに、これで気持ちが楽になった白井は、見事に気持ちを跳馬に切り替えて演技を成功させ、表彰台に上がった。

だが、2人のストーリーはこれだけでは終わらない。リオでの戦いを終えた白井は、「2020東京五輪では個人総合の選手として出る」と宣言した。これは、13年に世界選手権デビューを果たしたその時点ですでに内村から“提示されていた課題”でもある。

自らも認めた若き才能に刺激を与え、その才能を最大限に引き出してきた内村。内村を尊敬し、いつか内村を超えようと決意している白井。リオは日本のアスリート史に残っていく2人がそろい踏みを果たした最初の五輪として、人々の記憶に刻まれていくだろう。

執筆:矢内由美子