楽観8割で「若者と政治」に挑む原田謙介さんの10年間【発信の原点】

YouthCreate代表の原田謙介さん

Yahoo!ニュース 個人に寄稿する“オーサー”たち。政治からスポーツ、エンタメまで、幅広い分野の専門家であるオーサーらは、なぜ多忙な日常の合間を縫ってまで、発信を継続するのか。その理由に迫る特別連載『発信の原点』、第1回は“若者と政治をつなぐ”をテーマに活動するNPO法人『YouthCreate(ユースクリエイト)』代表の原田謙介さんです。

東大法学部卒のいわゆるエリートでありながら、就職はせず、経済的に苦しい時期はアルバイトなどで生計を立ててしのぎ、社会貢献活動にまい進する――そんな異色のキャリアを歩む原田さんに素朴な疑問をぶつけてみると、思った以上に楽観的で自然体な素顔が浮かび上がりました。

プロフィル

はらだ・けんすけ 1986年生まれ、岡山県出身。愛媛県愛光高校卒、東京大学法学部卒。大学3年時に、20代の投票率向上を目指し「学生団体ivote(アイ・ヴォート)」を設立。卒業後の2012年4月インターネット選挙運動解禁を目指し「OneVoiceCampaign(ワンボイスキャンペーン)」を立ち上げる。2012年11月YouthCreateを設立し、「若者と政治をつなぐ」をコンセプトに活動する。国内・海外問わずサッカーが大好き。

政治の道を志し上京、東大在学中に垣間見た“政治家”の矛盾

――いきなりですが、原田さんは政治家にはならないんですか?

ならないんですね、これが。

――東大法学部在籍中から有名政治家のもとでインターンをして、“若者と政治をつなぐ”をテーマに学生団体を立ち上げ、卒業後は引き続き同じテーマでNPOを設立しています。うがった見方ですが、政治家コースですよね?

最初は政治家志望だったんです。でも、それも大学に入学してしばらくの間まででしたね。

――政治家志望でなくなったのは、どうしてですか?

1つは、今取り組んでいる“若者と政治をつなぐ”という存在が他にいないので、それを自分でやりたかったから。もう1つは、ざっくり言えば、「政治家に向いてないな」と思ったからです。

原田謙介さん、「政治家に向いてないな」と笑顔で話す
原田謙介さん、「政治家に向いてないな」と笑顔で話す

――どんなところが?

まず、政治家というのは、タフさが必要な職業だと思います。政治家の方のもとでインターンをさせていただいて、ちょっと不真面目な感想ですが、自分があんなに毎日忙しくするのはイヤだな、と思ってしまって。それに、政治家って、職業として特殊なんですよ。

――一般にも特殊な職業というイメージがあるかと思いますが、間近で見る印象とはまた違うかもしれません。

そうですね。自分で「◯◯をやりたいです」と言いまくって、選ばれて、ようやく政治家になれるのに、自分が本当にやりたいことを曲げなきゃいけない場面も多そうだ、と。むしろ折れるところは折れないと、大きなことを成し遂げられない。

――“大義のために”というヤツですね。

はい。自分のキャラクターを顧みても、曲げたり折れたりができないことは明白でした。嫌なモノは嫌だし、本心で思ってない限り人にペコペコしたくもない。もちろん、どんな仕事にもそういう側面はあります。でも、「◯◯をやりたいです」と言って、応援してくれた人から票を集めているはずなのに、そうじゃないことにばかり時間を取られているというのは、何か違うな、と。

――では、政治家に向いているのはどんな人ですか?

やはり、バランス感覚が大事だと思います。政治家はいろいろな人と会うし、いろいろなことをお願いされる。それらすべてに対応できるわけではないので、情報を取捨選択して、自分なりの決定をしなければならないですよね。バランス感覚がないと、いつの間にか一般の感覚とズレていってしまう。

――そのズレを垣間見たことが、“若者と政治をつなぐ”活動につながっているのですね。

というよりも、僕はこのズレが、政治家の能力ではなく、政治家を取り巻く環境によって発生すると思っているんです。政治家が必死にバランス感覚を保ち、いろいろな世代のことを考えようとしても、考えきれないか、あるいは、考えたことが若者に伝わらない。この現状に強い違和感がありました。

――そもそも、政治に興味を持ったきっかけは?

最初に政治のことを意識しだしたのは、高校2年ぐらいです。この頃って、どこの大学に行こうかな、と悩む時期じゃないですか。そこで、将来の職業を高校生ながらに考えてみたんです。そのときは、政治家というより、立法・司法・行政といった、世の中の仕組みに携わる仕事に興味があって。

――それで、政治家のもとでインターンを?

はい。江田五月さんという国会議員のところでインターンをさせていただいたのが、政治との最初の接点です。政治に代表されるような世の中の仕組みって、正直、わからないじゃないですか。毎日ニュースを見るような高校生ではなかったし、政治の話が飛び交うような家庭でもなかったし。

インターン時代の原田さん
インターン時代の原田さん

――もともとは「わからないことをわかるようにしたい」という欲求だったのですね。

はい、自分でも勉強してみたんですが、やっぱりピンと来ないというか。じゃあ、別の方法で情報を集めるしかない、という感じで。せっかく上京するんだし、現場に行ってしまおう、と。

――意外と、「ノリで」というのがきっかけですか?

マジ、ノリですね。

“就職しないでNPO設立”周囲は反対9割、アルバイトで生計を立てる

――大学を卒業しても、就職をしないという決断をされていますよね。

はい。卒業後、すぐに“若者と政治をつなぐ”ための活動をするNPO『YouthCreate』を設立しました。

――不安はありませんでしたか?

正直、全くなくて。「何とかなるっしょ」と思っていたし、2~3年やって、何ともならなかったら、別の道に進むつもりでした。

――実際、「何とかなった」わけですが、自信はあったのでしょうか?

うーん……自信と言えるものはなくて、楽観8割ぐらいです(笑)。

――反対もあったのではないかと思います。

やる内容自体は応援してくれていたのですが、就職しないことについては、両親は100%反対でした。学生のときからお世話になっていた、上の世代の方10人ぐらいに相談して、1人を除いて全員反対でしたね。でも、そこまでみんなが反対するなら、やりたいと思ってしまって。

――あえてそこに挑んだ理由は何でしょうか。

若者・政治のテーマで活動している学生は、当時も今も、全国的にたくさんいます。でも、それを職業として継続する人はほとんどいません。これでは、本当の意味で、“若者と政治をつなぐ”ことはできない。だから僕は、その壁をとりあえず壊したかったんです。

――実際、生計は立っていますか?

今は生活できていますけど、これからはわからないです。インターネット選挙や18歳選挙権といった大きな変化がなければ、ここまで活動は継続できなかったと思います。実は、2年ぐらい前までは、バイトと並行でこの活動をしていたんです。最近はようやく、YouthCreate一本で活動できるようになって。

――ちなみに、どんなバイトをしていたんですか?

いろいろです。今でも覚えているのが、4年前のロンドン五輪の時。テレビ局の五輪番組の短期バイトにガッツリ入っていて。

――政治、関係ないですね(笑)。

バイトについては割の良いもの、興味のあるものを選んでいましたね。めちゃくちゃ五輪の競技に詳しくなりました(笑)。他にも、某予備校の模試の採点は、学生の頃からずっとやっていました。ベテランです。

――バイトまでしてこの活動に取り組むには、かなりの情熱が必要だと思います。何が原田さんをそうさせるのでしょうか?

やっぱり、楽しいですよね。“若者と政治”の文脈で10年活動しているというのは、僕の強みになっていて、その強みがあるといろんな人たちと会えるし、組める。国会に呼ばれて、自分の意見を言うこともできました。他にも、高校に模擬授業をしに行って「30(歳)に見えないじゃん」なんて言ってもらえるのも楽しいです(笑)。

「国会議員になら会いたい」と言う若者たちを、居酒屋で政治とつなぐ

――波乱万丈とも言えるキャリアですが、実際にこのようなキャリアを歩まれる転機はあったのでしょうか。

インターンをさせてもらった後、あらためて自分で“学生と政治をつなぐ”活動がしたくなり、学生団体の『ivote』を立ち上げました。それが転機と言えば転機かな。最初は何をやったらいいのかわからなくて、学生の集まりに行きまくっていたんですよ。そして、どんな場でも「政治ってどう思う?」「選挙に行く?」 と、居合わせた他の学生に聞きまくる。

――それ、話が盛り上がらないのでは……。

当然、盛り上がりません(笑)。「空気読めよ」みたいな雰囲気になるし、実際そう言われるし。ただ、その時にわかったのは、学生も政治に興味がなくはない、ということでした。じゃあ、どうすれば政治に興味を持つか、いろいろヒアリングしてみたら「国会議員だったら会ってみたい」と言うんですよ。

――「芸能人に会いたい」的な?

ミーハーですよね(笑)。そういうニーズに応えるように、『居酒屋ivote』を始めました。居酒屋で学生3、40人と各党の国会議員6、7人で飲み会をするというイベントです。僕がivoteをやっている間に、6~7回ぐらいは開催したんじゃないかな。

国会議員との飲み会『居酒屋ivote』
国会議員との飲み会『居酒屋ivote』

――ivoteでは、他にどのような活動を?

今思えばすごくフワッとしているんですけど、「全国の学生に投票を呼びかけよう」というキャンペーンを、全国18カ所で一斉に行う企画もやっていました。当時、2009年のいわゆる政権交代の衆議院選挙と、2010年の参議院の選挙と、2回の選挙があって、「このタイミングで何かしたい」と声をかけたら、各地の学生団体が連携してくれて。

――改めて、原田さんの行動力に驚かされます。思い切ってやってみる、とか、とりあえず飛び込んでみる、というのは昔からの性格ですか?

多少目立ちたがり屋なところもあるので(笑)。自分がやりたいと思うことは、何であれ、どこであれやってやろう、とは昔から思っています。卒業後、就職せずに自分の好きな道に進んだのも、それが理由なんでしょうね。

この活動をずっとやり続ける気はない――「仕組み化」と「市場作り」がゴール

――『YouthCreate』では、どんな活動をしているのですか?

例えば、僕らが単独でする活動で、今までで一番回数が多いのは『Voters Bar(ヴォーターズバー)』という企画で、30回弱は開催しています。全国のいろんな街に行って、その街の議員さんと、その街の若い人の交流の場を設けるんです。ivoteの時にやっていた、居酒屋ivoteの地方版のようなイメージです。ここでは、若者の参加者30人に議員さん4~5人ぐらいの規模感で。

あとは、高校などの学校へ行って、政治参加を呼びかける出張講義もしています。

――関係機関と連携しての活動もあるのでしょうか。

昨年、総務省と一緒に、全国で18歳選挙に関するイベントを開催しました。僕らが企画のコンセプトやイベントの中身を用意し、全国から2000~3000人ぐらい来てもらっています。

――この先はどのような展望をお持ちですか? やはり、この活動に人生を賭けている?

いや、今は、という感じです。ずっとやり続ける気はないので。

事務所であるアパートの一室で作業する原田さん
事務所であるアパートの一室で作業する原田さん

――「ずっとやり続ける気はない」というのは意外です。

YouthCreateを設立した時は「30歳まで」と言っていたんですよ。もう30になっちゃったので(笑)。今は「35歳まで」とか勝手に先送りしています。

――目標というか、活動を引退する目安はあるのでしょうか。

まず、仕組み化をしたいですね。今は、僕らがイベントを開催すれば、そのイベントの場において、若者と政治がつながることはできる。でも、それは僕らがイベントを開催しなくなったら、できなくなってしまうことなので。だから例えば、「この街では街の決まりとして、年何回か若者と政治がつながるイベントを開催します」というような仕組み化をどんどんしたいです。

――そうやって、次の世代に活動を引き継いでいく、と。

はい。そのためには、市場作りをする必要もあって。先ほども言ったように、実は、若者と政治のテーマに取り組んでいる大学生はたくさんいて、本当に面白い活動をしているし、本気なんです。それでも、社会人になるタイミングで、みんないなくなってしまう。僕はそれがとてももったいないと思っています。だから、卒業後も活動を継続するためのお金が回るようにしたいんです。育成というほどのことはないのですが、少なくとも大学生が社会に出るときに、“若者と政治をつなぐ”活動を続けることが選択肢に上る世の中にしたいです。

自分が“若者”ではなくなっていく今描く、原田さんの10年後のビジョン

――これまでは自分も若者という当事者だったわけですが、現在は30歳ということで、少しずつ当事者からは外れてきているかと思います。変わった部分はありますか?

やっぱりそこは、かなり変わりました。より若い世代、あるいは若い世代と常に関わっている、学校の先生だったり、お父さんお母さんだったり、そういう立場の人たちにアプローチをするようになったんです。次の担い手に“若者と政治をつなぐ”というテーマをどう浸透させるか、というマインドで。実は、最近は出張講義をお断りすることもあるんですよ。

――えっ!? それはどうしてですか?

高校で授業ができるのはうれしいことですが、本来、教育現場は先生主導であるべきだと僕は思っているので。だから、「学校の先生が主導だけど、ここのこういう部分はYouthCreateさんにお願いできないかな」という依頼はお受けしますが、次も「前回同様とりあえず時間を確保したので何でもどうぞ」というオーダーが来たら、それは断るんです。

――たしかに、それではYouthCreateさんに依存してしまっています。

学校の先生なりに、「こういうアレンジができる」とか「その中でYouthCreateさんにこういう役割を果たしてほしい」とか、そういう依頼であればもちろんお受けします。でも「そこまでは準備できないから、そのままやって」というのは、僕は怠慢だと思うので、あとは頑張ってください、と。

――そうやって次の担い手に後を任せていくわけですね。いずれこの活動に一段落ついたら、原田さんは何をしたいですか?

理想のプランだと、10年後はヨーロッパにいたいです。

――留学ということでしょうか。

はい。実は、今更、学生時代に留学していなかったのを後悔していて。30歳で引退というのも、本当は留学したかったからなんです。でも、まだまだ自分でやりたいし、だから35歳ぐらいで留学、そのあとは引き続きヨーロッパで、“少子高齢化の民主主義社会での政治”というテーマを勉強したいと思っています。これはずっと関心のあるテーマなのですが、ヨーロッパで研究も、実践も進んでいるので、その現場をこの目で見たいんです。

――それ、Yahoo!ニュース 個人の記事で発信されるのを、楽しみにしています。

はい(笑)。

「意識高い」か「ウザい」政治の話に、若者が関心を持つ日は来るか

――原田さんは、若者がもっと政治に関心を持つためには、どうすればいいと思いますか?

若者は、政治がわからないと思い込んでいるんです。わからないから、話せない。話そうとしない。あとは空気感です。世の中も、大学も、政治の話をする空気じゃない。政治の話をする人って、良く言えば「意識高い」し、悪く言えば「ウザい」、そんなイメージじゃないですか。

「若者は、政治がわからないと思い込んでいる」
「若者は、政治がわからないと思い込んでいる」

――18歳選挙権が始まるということで、「わからない」というのは解消されていくのでしょうか。

教育は変わってきています。中高生は18歳選挙権に伴い、選挙を学ぶ授業なんかも始まっているので。教育の何が効果的かって、このように、ある種の強制力があるじゃないですか。そして、積み上げができる。小学生から政治参加の授業が始まったら、算数とか国語みたいに、ある意味では必須の知識として、やがては身につくはずです。継続的に教育がなされれば、変わると思うんですよ。だから、政治参加というのも、ちょっとずつじわじわと根づいていくと思います。

――「空気感」についてはどうでしょう。

これはタイミング次第だと思っていて。例えば3.11の後は、社会の空気が変わったじゃないですか。だから、無理なことではないんですよね。何かあれば変わるんです。今回の18歳選挙権も、そのきっかけになればいいと思っています。

――最後に、原田さんにとって、発信の原点は何ですか?

発信の必要性を感じた原点、という意味でなら、いろいろなことを知っている人が発信しないと、世の中の多くの人は気づかないままじゃないですか。でも、発信することでつながっていないものがつながれば、社会だって変えられる。僕にとっての原点は、若者と政治がつながっていないとわかった時の「つなぎたい」という気持ちですね。

――ありがとうございました。

一見、ノープランで場当たり的に思われる原田さんだが、10年間も継続している“若者と政治をつなぐ”活動は、その人並み外れた行動力、“8割の楽観”によりなされたものだ。予想がつかないからこそ、原田さんは関わる者をわくわくさせる。これからも、その発信に注目していきたい。

聞き手・執筆:朽木誠一郎

撮影:曽我美芽/deltaphoto