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生徒の今を「犠牲」にしないこと 「21世紀型教育」の課題と現場の工夫

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
お互いの問いをシェアして自分ごとにしていくPBL(写真提供:香里ヌヴェール学院)

2020年度から新しい学習指導要領に沿った授業が始まる。学校や民間教育の現場では、新学習指導要領に示されている一斉授業ではない「アクティブ・ラーニング」や、一方通行ではない「主体的・対話的で深い学び」「探究型学習」をどう授業に取り入れたらよいのか分からず、混乱が生じている現場も少なくない。しかし、努力や創意工夫によりうまく「21世紀型教育」を取り入れ、チャレンジしている学校や民間の教育現場もある。これらへの取材から課題と展望を探る。

前回の記事では、「21世紀型教育」とは何か、について書いた。今回は具体的に実施する際の課題を探る。

足りない時間をどう捻出するか、現場の工夫

香里ヌヴェール学院石川一郎学院長は、21世紀型教育機構の理事も務める。(写真提供:香里ヌヴェール学院)
香里ヌヴェール学院石川一郎学院長は、21世紀型教育機構の理事も務める。(写真提供:香里ヌヴェール学院)

香里ヌヴェール学院(大阪府)の石川一郎学院長に同校のビジョンを聞いた。「『未来からの留学生』という言葉があります。生徒たちは現在とは異なり未来の社会を生きていきます。AIが進化を遂げて、グローバル化もより一層進んだ社会を生きるのです。職業も働き方も変わり、生活も大きく変化を遂げることでしょう。そんな中で心豊かに生きる人を世の中に輩出することを期待されていると感じます」と言う。働き方が変わったときに、最も必要なのが「批判・創造」の力だというのが同校の理念の1つだ。

香里ヌヴェール学院では、「批判・創造」力を育成するため、「PBL」を積極的に取り入れて「正解のない『問い』に対して最適解をみつけていく」授業を展開している。例えば、「温暖化」をテーマにした授業では、3層構造として授業を設計している。

1層目「知識・理解」……(温暖化のメカニズムについて学ぶ)

2層目「論理・応用」……(温暖化の対策の例について学ぶ)

3層目「批判・創造」……(もしあなたなら温暖化に対してどのような対策をとるかを考える)

従来型の授業では、「知識・理解」と「論理・応用」という2層目までを扱うことが大半だが、第3層の「もしあなたならどうする?」という問いが「PBL」(※1)の真骨頂である。どこかの誰かの話ではなく、自分ごととして捉えて初めてリアルな「問題解決」だといえる。「温暖化」によって自分にどんな影響があるのか、また自分がどのように解決に向けてコミットできる可能性があるのかを探究していく。家庭環境や趣味、将来の夢など個性によってもその影響や深刻度が違う。それをシェアすることで、更に学びは深まっていく。

(※1)プロジェクト・ベースド・ラーニング、日本では「問題(課題)解決型学習」と呼ばれる。詳細は前回記事参照。

ICTを活用した授業は教科を超えて行われている。(写真提供:香里ヌヴェール学院)
ICTを活用した授業は教科を超えて行われている。(写真提供:香里ヌヴェール学院)

しかし、「時間」という学校ならではの制約がある。「自分(達)ならどうするのか?」という問いを掘り下げていくには、なにより時間がかかる。カリキュラムをこなすことに追われている現場では、とてもそこまで回らない。授業時間を増やさないで問いを加えるためには、何かを削る必要がある。これに対して石川学院長は「何を削るかというと、最初の知識・理解です。今までは、どうしても知識を教えすぎていました。そこを2割くらい削ることは可能です。最も難しいのは、どの部分を削るのか、そして、「正解のない『問い』」を作ることです。これを実現するには、教員が教科に対して深い理解を持っている必要があります」と言う。重ねて、本質的で社会的な問いを立てるためには、教科を越境した知識や経験が必要だ。また常に自問自答しながら探究を続けているような教員でなければ難しいだろう。

同校で授業をした際、活発に飛び交う意見や、周囲の生徒との積極的な意見交換など、全体的に理念と実践の効果を感じたが、一方でやはりクラスによって主体性や積極性に差も感じた。もちろん、集まる生徒の個性や担当する教員によってクラスごとに色は出る。その差を少しでも埋めるべく、教員によるPBLを積極的に行っているのも同校の特徴である。学校にとっても教員にとっても、同様に予測不可能な時代なのだ。生徒と同じ目線での試行錯誤が、説得力のある教育現場を作っていくことが期待される。

教員自らが挑戦する必要性

在職2年で学校改革を牽引する育英西中学校・高等学校の霜野弘宜教諭(筆者撮影)
在職2年で学校改革を牽引する育英西中学校・高等学校の霜野弘宜教諭(筆者撮影)

育英西中高等学校(奈良県)は、女子校として国内で初めて11歳から16歳の生徒を対象とした国際バカロレア(※2)の中等教育プログラムIB-MYP(Middle Years Programme)候補校に認定されたことで話題になった。同校では、単なる英語の能力育成やプレゼン能力アップではなく、主体的に課題を発見し、多様性を認め合いながら協働して解決策を見出し、社会にどう貢献するかまで踏み込んで考える教育を実践しているという。急速に進む学校改革を先導する数学科主任の霜野弘宜教諭は「国際社会で活躍できる即戦力の人材を育成するためには、高校の時点で学問探究を深めて、大学教育に少しでもジャンプしておく必要があると思っています」と言う。

(※2)1968年にスイスで始まった教育プログラム。詳細は前回記事参照。

同校の中学校では「シナジータイム」というオリジナルのPBLを実践している。コミュニケーション能力、協働する力、課題発見力の育成を目的として3年間を通したプログラムで、「JR奈良駅前の迷惑駐輪が問題となっており、何か解決策はないか?」という奈良市からの要請に取り組んだり、オーストラリアへの英語研修旅行を旅行会社と一緒にコーディネートしたりするなど、自治体や企業ともコラボレーションしている。自分の暮らす街の問題だからこそ、自分ごととして取り組むことができる。人生において真に活用できる学びを得られるリアルなPBLである。

リアルな課題解決に取り組む「シナジータイム」(写真提供:育英西中学校・高等学校)
リアルな課題解決に取り組む「シナジータイム」(写真提供:育英西中学校・高等学校)

高校では、大学院生に指導してもらいながら化学、物理、生物、情報の分野で、チームで課題設定をして一年間研究する大学連携PBLも実施している。大学受験前にアカデミックな学びに触れることは、従来型の学習で最も欠けていたことの1つだと言える。一方、家庭科の授業で行われる「お弁当総選挙」は家庭科の授業でチームでオリジナル弁当を考案し、インターネット投票にて人気上位4つのお弁当を実際に商品化して販売して利益の一部を慈善団体に寄付するという実践的なものだ。このような学問と実践の両面での探究経験があれば、偏差値や雰囲気に左右されず、本質的な大学選びや進学ができるようになるだろう。

これらの教育の難しさについて、霜野教諭は、実現出来る環境と1人1人の覚悟が必要だと言う。管理職の決定速度が速く、生徒のためになるなら背中を押してくれる。そんな学校に期待して、40歳を目前に環境を変え、2年前に同校にやってきたばかりだ。「教員は、自分に経験のないことをやることが苦手ではないでしょうか。教育観も自身の経験則からくるものが多いです。新しいことをやるときは、失敗したらどうしよう、と考えてしまいますが、子どもたちはいつもそうなんです。初めて習う数学の2次関数に立ち向かってるじゃないですか。だから、大人が立ち向かわなくてどうするの?って思います。仕事量は明らかに増えますが、それは当たり前のこと。覚悟をしないといけません」と語る。挑戦している大人でないと、生徒たちに挑戦を伝える事は出来ない。探究もまた同じだろう。

公立の学校での実践は、なぜ難しいのか

一部の私立の例を見てきたが、多くの公立校では実現が難しいという声を聞く。実際公立校の教員からは「じっくりテーマ学習をする時間がない」「どのように授業を作って良いのか分からない」「そもそも探究がどういうことなのか分からない」といった声が多い。「若手が改革しようとしても先輩が聞いてくれない」「やる気がある人とない人がはっきり分かれている」とも。そのような状態で、カリキュラムに従い、テストで評価をし、進学や就職実績を出すというのは現実的に考えにくい。

また、明確なアドミッションポリシーを掲げて生徒を募集する私学やインターナショナルスクールであれば導入しやすいが、成績や偏差値、大学進学実績などを求める生徒や保護者との合意形成は難関である。教員にも生徒保護者にも合意形成ができるかどうかは、校長のスタンスや熱量も大いに関係していると考えられる。公立校全体が変わっていくためには、先に大学入試が「21世紀型」に変わっていく必要があるだろう。

保護者の価値観とこれからの学び

筆者は保護者に向けた講演活動もしているが、その中で21世紀型の学びに対する不安の声も聞かれる。特に多く寄せられるものは、21世紀型教育は、「進学につながらないのではないか?」「それで受験に合格できるのか?」「社会に出た後で困らないと保証してくれるのか?」といった即物的なものが大半である。また、「そういう学びが望ましいのは頭では分かっているのだけれど、自分の経験からどうしても点数や偏差値を規準にしてしまう」という葛藤の声も聞かれる。

受験についての価値観は地域差も大きく一概には言えないが、それでもこの20年で大きく変化してきている。中学受験で特に顕著だが、「詰め込み教育の結果、高い偏差値の学校に行けば幸せになれるのか?」という疑問を持つ保護者が急激に増えてきている。その結果が、この数年の入試問題の変化や「21世紀型」の学校や、「探究型」学習塾の台頭に表れている。1人1人の個性を活かし、本当にやりたいことを探して、豊かな人生を歩むこと。不確定な未来に対して今を犠牲にしないこと。バブル崩壊以後、そういった当たり前のことが突きつけられ続けてきた。そして、東日本大震災を経験し、生きる力を身につけることが何よりも大事であると文科省が舵を切った。AIをはじめとしたテクノロジーが従来型の学びとテストで育成してきた能力に取って代わる未来が見えてきた。保護者や教育者が子どもだった時代とは明らかに違うスピードで社会は変化している。その変化と個性の折り合いを付けることができるような学びを選んで欲しい。

「21世紀型」の学びはまだ黎明期であり、相性はもちろんだが、メリットもデメリットもある。しっかりと吟味して、学び場を選ぶこと。偏差値や合格実績などの数字やパンフレットの印象だけで選ぶのではなく、多角的に情報を集め、足を運んで自分の五感で学校を選ぶこと。それこそが「21世紀型」の学びの第一歩だといえる。

【この記事は、Yahoo!ニュース 個人の企画支援記事です。オーサーが発案した企画について、編集部が一定の基準に基づく審査の上、取材費などを負担しているものです。この活動は個人の発信者をサポート・応援する目的で行っています。】

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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