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「夢のクリスマスケーキ」で想像力と探究心を爆発させる〜新しい教育と企業のコラボレーションデザイン

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
夢のクリスマスケーキを題材に授業を行ったクラス(写真提供:香里ヌヴェール学院)

21世紀型や探究型という言葉が教育業界でも日常的に聞かれるようになってきた。しかし、具体的な授業への導入についてはうまくいっていないという学校現場も多い。筆者は、20年に亘り探究型授業の実践を行っているが、同じ現場だけで探究型の授業を構築することには構造的に難しさがある。人の出入りや、場自体を変えることで、柔軟で多様な学びに近づくことができる。教育業界の人間だけが教育に関わっているという閉鎖的な現状を変えていくことが近未来の学びを作っていくのではないか。そのために、教育業界と直接関係のない企業と教育のコラボレーションによる相乗効果を生み出すべく活動を進めているのだが、その中で今年、実際に教育現場との連携がうまくいったケースを紹介したい。

「夢のクリスマスケーキ」が想像力を育む

2018年グランプリに選ばれた作品(写真提供:銀座コージーコーナー)
2018年グランプリに選ばれた作品(写真提供:銀座コージーコーナー)

描いたイラストが本物になる『銀座コージーコーナーの夢のクリスマスケーキコンテスト』が開催され、グランプリが発表された。この企画は小学生以下を対象にケーキのアイデアをイラストで募集して、優秀作品をパティシエが本物のケーキとして実現するというもので、今年で10回目の開催となる。筆者は興味開発や能力開発の前段階に「想像力開発」が必要であると考えているが、何もないところから想像をすることは難しいし、そこから「共感」することも難しい。その点「クリスマスケーキ」という題材は、多くの子ども達にとって親しみやすく、ある程度自由に想像できるファンタスティックな共通の世界観がある。しかもそれが皆で食べる物として実現する。そういう題材は教育コンテンツの中には現状ではあまり見当たらない。

グランプリ作品をパティシエが実現した本物のケーキ(写真提供:銀座コージーコーナー)
グランプリ作品をパティシエが実現した本物のケーキ(写真提供:銀座コージーコーナー)

21世紀型の学びの1つに「PBL(プロジェクト・ベースド・ラーニング)」という方法があるが、これは企画から実現へという流れの中で様々なアイデアを批判的に検証して、実験や試作をしながら目標へ近づくプロセスを学ぶ手法である。いわゆる「アクティブ・ラーニング」という言葉が使われ出して以降、ブレスト的なアイデア出しや議論は行われるようになってきたが、それらが具体的な成果物となることは少ない。実現するかも知れないというワクワクがあるのとないのとでは、関わる生徒たちのモチベーションはまったく変わってしまう。そこで、この企画を授業に活用できないかと考え、実践させて頂いた。

「夢のクリスマスケーキ」を探究する授業

LEGO(R)SERIOUSPLAY(R)を活用したワークで想像力とその可能性に気づく(筆者撮影)
LEGO(R)SERIOUSPLAY(R)を活用したワークで想像力とその可能性に気づく(筆者撮影)

筆者が実際に授業を実施したのは、大阪にある香里ヌヴェール学院小学校である。45分の授業の中で、前半の15分間はレゴを使用して「想像力」をテーマにしたワークショップを行い、後半の30分でクリスマスケーキのアイデアを出してもらった。後半の手順としては、最初に自由に「クリスマスケーキ」を考えてもらったあとで、企画立案における「新しい」「実現できる」「面白い」「役に立つ」「安心できる」の5つの視点を説明し、自分のアイデアをチェックし、さらにグループでお互いの視点を確認した。中には「空飛ぶソリ」などの小学生らしいアイデアもあったが、「ドローンを使えば可能なのではないか」「危ないんじゃないか」「面白いけれど役に立つかな」などの議論に展開するものもあり、最終的に「誰が喜ぶのか」という発想に結びつくチームが多かったのが印象的だった。

真剣に「夢のクリスマスケーキ」のアイデアを書く小学生。お互いのアイデアに感心したりツッコミを入れたり、シェアタイムの議論も盛り上がった。(筆者撮影)
真剣に「夢のクリスマスケーキ」のアイデアを書く小学生。お互いのアイデアに感心したりツッコミを入れたり、シェアタイムの議論も盛り上がった。(筆者撮影)

このように描いた作品について意見をシェアすることは「他者の意見を聞く」ことや「共感」を学ぶ上で効果的である。コンテスト形式であるため、どのようなアイデアやデザインが共感されるかを想像し、アイデアを選択する力を育成することが狙いだ。発表と意見シェアのあとはもう一度自分の作品を修正・改良して、イラストや説明文を完成させる。時間の関係で色塗りまで到達しなかった生徒もいたが、休み時間にも前のめりに続けている姿を見て、先生達も「あの子があんなに真剣になっているのを初めて見ました」という一幕もあった。

銀座コージーコーナー社長の思い

「企画が主催から離れて拡がっていくことを願う」という株式会社銀座コージーコーナー代表取締役社長山下訓央氏(撮影:谷若菜)
「企画が主催から離れて拡がっていくことを願う」という株式会社銀座コージーコーナー代表取締役社長山下訓央氏(撮影:谷若菜)

この企画への思いや教育観について、またこれからの展開について、株式会社銀座コージーコーナー代表取締役社長山下訓央氏にお話を伺ったので、対談形式でご紹介したい。

──山下社長ご自身は、子ども時代どんな授業が好きでしたか?  また、現在の教育について感じる点があればお聞かせください。

私自身は、カリキュラムに沿ったことは面白くなかったですし、内容も覚えていないです。一方で、体験を元にした学びは覚えていますね。体を動かすことやポスターづくりとか絵を描いたりするのは好きでした。自分の子どもの参観に行っても、カリキュラムに沿った学びがいまだに多いんだな、と思います。学力よりも集団生活ならではの経験だったり、「楽しかった」という経験を作って欲しいですね。決まったカリキュラムの中だと、良い生徒を装うことができてしまう気がします。

──カリキュラムに「従う」という感覚で作られる授業は多いですね。もっと生徒の主体性を引き出す方法やデザインはできそうですよね。

学校にどこまで求めるかというのはありますが、例えば最近は増えているようですが、廊下側がガラス張りの教室だとか、学年を越えて関わる活動だとか、そういう環境的にも内容的にも風通しのよい場であると良いと思いますね。

──「夢のクリスマスケーキ」企画を通して、どのように教育に貢献できるイメージをお持ちですか?

応募作品を見ていて思うのは、自分のためにケーキを書いている子はほとんどいないんですね。「誰かに食べさせてあげたい」、「誰かと一緒に食べたい」がほとんどなんです。これは当初想定はしていなかったことなのですが、誰かのためにケーキを、という感覚の子どもが多かったことは嬉しいですし、可能性を感じます。

──確かに、僕が授業で扱ったときもその通りでした。「自分のためではなく、誰かのために」という流れを作ろうという授業やコンテンツはたくさんありますが、自然にそうなるケースは珍しいと思います。そもそもクリスマスケーキはみんなで楽しく食べるものですね。ホールで1人で食べるものではない。その辺りが、この企画の素晴らしさだと思います。

「家族団らん」というテーマ性はあったのですが、家族や友達の中心にケーキがあることで、自然と対話や笑顔が生まれますね。応募作品にはイラストだけでなく、思いが言葉になって書いてあるんです。そういう言葉にしていく過程でも、相手や誰かに対する「共感」などが生まれやすいのではないかと思います。イメージしたときに、誰と一緒に食べたいのか、そして一緒に食べる人が喜ぶケーキはどんなものかを想像することに繋がるのだな、と感じています。

──誰かのためであると同時に、自分も食べたい。食事ではなくてお菓子であることもポイントな気がしますね。手軽なテーマですし、自分ごととしても捉えやすいです。「食べる」となると、なかなか学校で出てくる発想ではないし、技術が必要ですから、実現も難しい。でも、そういう企画を授業に取り入れたいという教育界の需要ともミートしてきているように感じます。今後教育関係者や教育機関とのコラボレーションを進めていくというようなアイデアはありますか?

この企画は10年目になりますが、幼稚園、学童などで、‘お絵かきの時間’の題材として取り上げて頂くという現象が起きはじめています。矢萩さんのようにすでに実践されている方とも連携して拡げていきたいですね。また、パティシエもこの企画を通して技術が上がったり、学びも多いんですね。子ども達のイメージを読み取って作るということに意欲がありますし、「実現してやろう!」と燃えています(笑)。

──教育現場に出ていて思うのは、小学生以下ももちろんなのですが、取り立てて「家族団らん」が足りていないな、と思うのは中高生だったりします。普段家族と過ごさない中高生も、クリスマスだけは家でパーティーという話も聞きます。「クリスマスだから、ケーキを食べる」と。それ自体が団らんの理由になるのは大きいです。今後の展開として、中高生向けの企画などはいかがですか?(笑)

たしかに、そうかも知れませんね。もっと広い世代や、あるいはクリスマス以外の生活催事などに結びつけた企画なども考えたいですね。今後については、銀座コージーコーナーの企画というよりも、母の日みたいに、クリスマスには「誰かを思って夢のケーキを考える」というようなことが拡がっていけば良いと思います。誰かが主催するのではなく、そういう前向きで温かいイベントになっていけば嬉しいですね。

──企画が企画者の手から離れて、社会に浸透していくというのはとても理想的ですね。有り難うございました。

これからの教育と企業

例えばカリキュラムを作る際に、「何を使って何を学ぶのか」ということに永らくの間焦点が当たることはなかった。テストに出題されるから、ということが最大でかつ唯一の理由として君臨していた。しかし、文科省を中心に「生きる力」を育むことが急務であるという発想から、2020年に向けて教育改革が進んでいる。探究心を育て、主体的・対話的に学ぶ力を身につけることが目的になるのであれば、その素材が既存の教科やコンテンツである必要はない。日本の教育において、リベラルアーツという言葉を聞くことはあまりないが、今こそ学びの本質を取り戻すチャンスなのだと感じる。その中で、形ばかりのCSRではなく、企業の強みを活かして、子どもと学び合うような場づくりに希望を感じる。そういう企画が増えていくことを期待したい。(矢萩邦彦/知窓学舎教養の未来研究所

関連リンク

銀座コージーコーナーの夢のクリスマスケーキコンテスト2018

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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