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中学受験“偏差値”からは分からない「学校・入試問題との相性」について考える

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

中学受験の世界では依然として「偏差値信仰」が根強い。21世紀型受験といわれる「思考力型」や「アクティブ・ラーニング型」の入試については偏差値では測れないことは周知されてきたが、それ以外のほとんどの入試においては、未だに画一的な模擬テストによる偏差値が受験校決定の判断基準になってしまっている。今回は偏差値よりも本質的な基準となり得る入試問題との相性について考えてみたい。

●学校との相性について

学校との相性も、塾との相性と同じように、パンフレットやホームページだけでは分からない。実際、筆者の母校の生徒会長から「パンフレットの内容を見て驚きました、在校生が知らないことが書いてあるんです!」と報告してくれたこともある。これは決して極端な例ではなく、多かれ少なかれどこの学校でも似たような話を聞く。もちろん、根も葉もないわけではないだろうが、受験生集めに困っていない学校であっても“表向き”の見せ方があり、それが在校生の感覚とズレてしまっているわけだ。だから、リアルな校風を知るためには説明会やオープンキャンパスに参加したり、文化祭・体育祭などの行事を見学するだけでなく、平日の下校時の様子を見に行ったり、在校生や卒業生の話を聞く機会も作りたいところだ。学年によってもだいぶカラーが違うので、少ない情報で先入観を持たないようにしたい。また、2020年に向けた教育改革の流れの中で、変わろうとしている学校も少なくない。

保護者として注意して欲しいポイントは、2つある。1つ目は先入観で気に入ってしまっている場合だ。特に小学生は最初にいいと思った学校にこだわってしまい、他の学校に目が行かなくなってしまうことも多い。2つ目は受験生本人の意見が突然変わる場合だ。今まで行きたがっていたのに、突然「絶対嫌だ」と言い出したときは、嫌いな同級生が受験することが分かったり、一緒に受けようと言っていた同級生と喧嘩をしたりというケースがほとんどだ。時間が解決する場合もありますが、一度「行きたくない」と言うと意地になってしまうケースもあるので、よくよく入学後のヴィジョンなどを話し合って冷静になる必要がある。それくらい受験生も保護者も「少ない情報量」で判断してしまっている。一貫校なら6年、大学付属なら10年以上通うことになる学校である。確実に人生を左右する。雑誌や塾の話を集めるのではなく、できる限り生の情報に触れて欲しい。その上で、本当に中学受験をした方が良いのかも含めしっかり考えて欲しい。

実はあまり語られていない学校との相性を確認する方法の一つに、入試問題との相性を見ることが挙げられる。問題の意味が分かる。出題者の意図が分かる。課題文や設問に共感できる。そういった学校は、先生達との視点や価値観も近い可能性があり、当然本番の入試でも有利になる。この当たり前のことが過去問を扱う時期になるまで語られないことが多いのには塾側の事情がある。出題傾向の違いがはっきり出すぎると、集団授業や統一カリキュラム、模擬テストの意味や効果などを問われてしまうリスクがあるのだ。

●問題との相性について

複数の中学受験専門家が指摘しているとおり、問題との相性は偏差値よりも重要な指針になる(詳細は拙著『中学受験を考えたときに読む本』を参考にされたい)。基礎力が必要なのはどの学校も変わらないが、応用力の問い方となると話は別だ。文章量、傍線を引いて問いに繋げるポイント、選択肢の作り方、記述のスタイル…… と挙げだしたらきりがない。極端な話、問題用紙・解答用紙の見た目や問題の並び方にまで相性がある。まさに十人十色、百校あれば百様の出題スタイルがある。それをワンパターンの模擬テストで評価するのだから、偏差値には指針として限界がある。最難関を志望するならサピックスオープン、思考力型の入試に対応するなら首都圏模試など、せめて、受験する学校を受ける“層”が多く受験している模擬テストを参考にしたいところだ。

繰り返しになるが、模擬テストの結果はあくまで基礎力の確認と受験生全体の中での指標に過ぎず、本質は問題との相性にある。しかし大手塾の場合、受験直前になってもなお、最難関校以外の出題傾向や問題との相性は蔑ろにされる傾向がある。特に集団塾の場合は、それだけ多様な学校に対応するのは物理的に難しく、どうしても近い偏差値の学校の過去問演習になりがちだ。しかし対策講座に学校名が書いてあると、行かなければ取り残されるような気がしてしまう。本当にその学校の受験生を対象にその学校の出題傾向に焦点をあてた対策なのかをよく調べる必要がある。

とはいえ家庭では片っ端から過去問を見ていくというのは現実的にもなかなか難しい。前述の拙著でも協力を頂いた中学受験専門カウンセラーの安浪京子氏は新著『中学受験大逆転の志望校選び』において、校風マトリクス・過去問マトリクスというツールを使用して出題傾向を分析している。校風については「革新・体験⇔保守・知識」「自主性⇔管理」という2軸、過去問については算数は「典型(基本)⇔思考(応用)」、国語は「記述少⇔記述多」という軸と偏差値を組み合わせてマッピングしている。まだ学校情報があまりない状態ならば、受験生の個性に合わせたある程度の絞り込みに有効だろう。

●受験科目について

無条件に4科目受験を勧める塾は多いが、4科目の好き嫌いや得意不得意も学校選びの際には考慮したい。もちろん、全教科を学ぶことに意味はある。例えば表やグラフの読み取りなどは算数・理科・社会どの切り口からでも学ぶことができるので、好きな教科がきっかけで他の教科が相乗効果で伸びていくことも期待できる。しかし、あまりにも暗記が嫌いだとか、興味が持てない、時間がとれない、強い思い込みや拒否反応があるという場合は国語・算数の2教科に絞っても十分に多様な受験ができる。また、逆に国語・算数のどちらかが極端に苦手ならば、理科・社会でカバーするという考え方もできる。実際理科・社会をやりこんで成績が上がれば、大抵の場合算数・国語も伸びてくる。

大事なのは、苦手な教科をやらせるのではなくて、好きな教科を軸に伸ばしていくという発想だ。嫌いな教科や苦手意識のある教科ばかりやらされれば、当然やる気はなくなってしまう。うまく好きな教科を利用して、いつの間にか他の教科も分かるようになったり、あるいは、できるようになりたいと思うようになるのが理想だ。21世紀型といわれる思考力入試などは、教科での学習が難しいと思われている節がある。これは教育業界内でも同じことが言える。しかし、どの教科を利用しても伸ばすことができるのが思考力である。その辺りは、実際に現場に立つ教育者自身の思考力と実践にかかっている。

今回は中学受験をするという前提で、学校選びや入試問題との相性についてまとめてみたが、本質的には「先に中学受験をすることを決めてから学校選びをする」ということ自体が本末転倒である。本来なら、好きなことややりたいこと、将来の夢や、行きたい学校が先にありきで、そのために受験というプロセスを選ぶ。とはいえ、「受験するかどうかまずはっきりさせたい」という考えの保護者も多く、また受験生にも主体性がない場合も多い。そもそも小学生に主体性を求めるのはどうなのかという意見もあり、発達段階にもだいぶ個性がある。理想的な受験がどういうものかは、受験生や家庭によって様々だ。色々な情報に触れ、体験してみて、柔軟に進路を見直していくという、探究的でプロジェクトペースの中学受験が望まれる。(矢萩邦彦/知窓学舎教養の未来研究所

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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