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鳥取県の議員のために憲法改正すべきか

渡辺輝人弁護士(京都弁護士会所属)
鳥取県の象徴・鳥取砂丘(ペイレスイメージズ/アフロ)

 総選挙で勝利した自民党が、安倍首相の指示の下、憲法改正案の提案に向けて議論をしています。自民党は総選挙の政策の一つとして「自衛隊明記」「緊急事態条項」「教育無償化」「参議院選挙区選挙の合区の解消」という改憲4項目を掲げました。

合区解消のたたき台が出された

 現在、参議院の選挙区選挙について、原則、都道府県ごとに選挙が行われているところ、一票の格差を解消するために「合区」(鳥取県と島根県の合区、徳島県と高知県の合区)が導入されています。上記のような改憲議論の中で、この「合区」を解消して元の県単位の選挙区に戻す「合区解消」のための憲法改正のたたき台が、昨日、自民党内で示されました。改選ごとに各都道府県から最低1人の議員を選出する(参院は3年毎に半数改選なので各県最低2名選出)ことを憲法に明記する旨の提案がされたようです。

自民党の憲法改正推進本部(本部長・細田博之前総務会長)は、参院選「合区」解消に向けた憲法47条改正案のたたき台をまとめた。改選ごとに各都道府県から1人以上を選出する規定をただし書きとして加える内容。16日午後の推進本部会合で提示する。複数の関係者が明らかにした。

出典:2017/11/16 12:35 共同通信

なぜ「合区」があるのか

 もともと、日本国憲法では、参議院の選挙制度については、任期6年、3年毎に半数改選と定めているだけで、議員定数や選挙制度については法律で定めることになっています(憲法47条)。

 一方、国会が定めた公職選挙法では、参議院の選挙区選挙について、都道府県ごとに選挙区を設定する区割りを続けてきました。そうすると、憲法で定められた半数改選規定との関係で、最低でも各県に2議席を分配することになるので、全体の議席数が少ない状態だと、各県の議席数を人口比例的に配分することが困難となり、一票の格差が生じやすくなります。なお、参議院選挙は全国一区の比例代表選挙も同時に行われます。

 最近の参議院選挙では、2010年の参院選選挙区選挙で一票の格差が5.00倍となったことについて、2012年10月17日の最高裁判所の判決が、法の下の平等を定めた憲法14条に反するとしていわゆる「違憲状態」としました。その後、国会で区割りが微修正されましたが、2013年の参議院選挙区選挙で一票の格差が4.77倍となったことについて、2014年11月26日の最高裁判所の判決が、やはり、法の下の平等に反するとしていわゆる「違憲状態」としました。しかし、いずれの判決も、国会に立法裁量があるとして、違憲無効とまではしませんでした。

 2014年の最高裁判決は一票の価値の不平等が生じる原因について以下のように述べています。

本件旧定数配分規定(註:平成18年改正後の定数配分規)の下での選挙区間における投票価値の不均衡が違憲の問題が生ずる程度の著しい不平等状態にあると評価されるに至ったのは,総定数の制約の下で偶数配分を前提に,長期にわたり投票価値の大きな較差を生じさせる要因となってきた都道府県を各選挙区の単位とする選挙制度の仕組みが,長年にわたる制度及び社会状況の変化により,もはやそのような較差の継続を正当化する十分な根拠を維持し得なくなっていることによるものであり,同判決において指摘されているとおり,上記の状態を解消するためには,一部の選挙区の定数の増減にとどまらず,上記制度の仕組み自体の見直しが必要であるといわなければならない。しかるところ,平成24年改正法による前記4増4減の措置は,上記制度の仕組みを維持して一部の選挙区の定数を増減するにとどまり,現に選挙区間の最大較差(本件選挙当時4.77倍)については上記改正の前後を通じてなお5倍前後の水準が続いていたのであるから,上記の状態を解消するには足りないものであったといわざるを得ない

 太字で強調しましたが、最高裁判所は、全体の議員定数を増やさずにむしろ減らし続けている現在の選挙制度の下で、議席を各県に2の倍数ごとに配分することによる格差の継続がもはや正当性を持たなくなっており、仕組み自体の見直しが必要であることを指摘しているのです。

 このような累次の最高裁判決を受け、2015年の通常国会で鳥取と島根、徳島と高知を合区する公職選挙法の改正が行われました。

 もっとも、その後も2016年の参院選では一票の格差が3.08倍もありました。しかし、2017年9月27日の最高裁判所の判決は、これを合憲としてしまったのです。いくら「参議院の特殊性」を強調しても、ある国民の一票の価値が他の国民の3倍もあることを許容できるはずがなく、このように2倍を大きく超える不平等を許容する最高裁の姿勢自体が、従前より学説から批判されてきました。このように3倍もの格差を許容する、国会に対してとても甘い最高裁でさえ、憲法違反になるという累次の指摘をしたことで、やっと、国会は合区を決めたのです。

違憲状態の解消に合区も改憲もいらない

 ところで、ここまで読んだ方はもうお気づきかもしれませんが、参議院の選挙区選挙で、都道府県ごとの選挙区を維持するとしても、一票の格差を解消する簡単な方法があります。全体の議席数を増やすことです。最も人口の少ない鳥取県(有権者は約49万人)に2議席を割り振ると、全国の有権者は約1億人なので、単純計算では全体で413議席ほどあれば一票の格差はなくなります。都道府県ごとに2の倍数の数で割り振るという制約を考慮しても、現在、全体で146(比例含め242)の議員定数を、404(比例含め500)にすれば一票の格差を2倍未満の1.7にできるのです(追記参照)。無駄飯を食う国会議員が増えるという意見の方には、議員歳費の減額と、政党助成金の減額で穴埋めすることを提案いたします。

 ちなみに鳥取県を2議席として有権者数比例で議席を分配すると表のようになります。

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 今の定数配分がいかに歪んでいるかがわかります。そして、伝統的な日本の中選挙区制の考え方からすれば、東京は5議席ずつの4区に分割されることになり、やはり都単位という訳にはいかなくなります。それで何の問題もないと思いますが。

 また、もっとそもそも論を述べれば、参議院の選挙制度について選挙区選挙を廃止し、全国一区の比例代表制に一本化してしまえば、一票の格差の問題はなくなります。

 そして、これらの改正については、いずれも、憲法改正はいりません。公職選挙法等の改正でできます。そうならない原因は「そうすると自民党の議席(比率)が減るから」で、ほぼ説明できると思います。実際、歪んだ選挙制度で得をしてきたのは、総じて、長らく比較第一党だった自民党だったのです。本当は2009年に民主党政権になったときに抜本的な制度改正をすべきだったのでしょうが、民主党にその問題意識はなく、一度政権に就くと、不平等な制度に守られる側と錯覚してしまったのでしょう。

憲法違反の元凶を憲法に書き込む憲法改正の提案

 結局、今回、自民党で提示された憲法改正のたたき台は、最高裁判所から、参議院の選挙が法の下に反するいわゆる「違憲状態」であると、度々指摘されてきた原因であり、結局維持できなくなった、都道府県ごとに議員を選出するという制度を、逆に憲法に書き込むことで、憲法違反という指摘を封じ込めようとするもの、と言えるでしょう。発想が無茶苦茶ですよね。しかし、すでに述べたように、そのような制度を憲法に明記して前提としても、全体の議席数を増やすことで一票の格差を回避できてしまうので、自民党の長年の政策に反して、参院の全体の議席数を増やす結果になるかもしれません。そうすると、果たしてこの憲法改正案で「不平等を憲法に書き込んで温存する」という目的を達することができるのかも不明です。

 こういう無茶苦茶な憲法改正の提案を、国会で憲法改正発議をできる各院3分の2の議席を占める与党の大きい方(すなわち自民党)がしようとしている、という事実は無視できません。実現しないように、厳しく批判していく必要があると思います。同時に、歪んだ選挙制度で与党になった政党が、自分に有利な選挙制度を作って、さらに制度を歪めていく現実(これをゲリマンダリングといいます)自体、何とか是正する、という意識を国民が持つ必要があると思います。まずは、自民党の憲法改正の対案として、野党に、憲法ではなく、法律による抜本的な選挙制度改革を公約させることが重要でしょう。

 国民世論を見ても、FNNが2017年11月11日(土)~11月12日(日)に行った世論調査で「安倍内閣が今後、最も優先して取り組むべき課題は何だと思いますか。」との問いに一つだけ答える項目について、1位の「年金・医療・介護など社会保障」が25.4%、2位の「景気や雇用など経済政策 」が19.1%に対して、「憲法改正」は2.8%にとどまっています。為にする不要な改革に支持が集まるわけはないのです。

 それにしても、自民党は創造主にでもなったつもりなのでしょうか。国民が望んでもいないし、客観的に見ても我田引水となり、必要性も無い、このような提案を堂々と提案してくる点だけでも権力の驕りを感じてしまいます。

2017.11.17追記

 総務省が公表している都道府県別有権者数データを元に、エクセルで15分ほど計算したら一票の格差を1.7に抑えることができました。総議席数は404議席。一議席当たりの人口が最も少ないのは山口県で、最も多いのは山梨県でした。

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弁護士(京都弁護士会所属)

1978年生。日本労働弁護団常任幹事、自由法曹団常任幹事、京都脱原発弁護団事務局長。労働者側の労働事件・労災・過労死事件、行政相手の行政事件を手がけています。残業代計算用エクセル「給与第一」開発者。基本はマチ弁なので何でもこなせるゼネラリストを目指しています。著作に『新版 残業代請求の理論と実務』(2021年 旬報社)。

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