大阪都構想のCMに見る橋下流交渉テクニック

テレビCMでは夢のような「大阪都構想」だが・・・

 いよいよ、大阪市を廃止して五つの特別区を設置するいわゆる「大阪都構想」の住民投票の投票日が次の日曜日(2015年5月17日)に迫ってきました。大阪では連日、維新の党(大阪維新の会)がスポンサーとなったテレビCMが流されている、と聞きます。

橋下徹の交渉テクニック

 筆者はこれらのCMをユーチューブで閲覧して、以前読んだある論考を思い出しました。それは北海道大学准教授の中島岳志氏が書いた下記の論考です。

「橋下徹の言論テクニックを解剖する」

 この論考は、橋下氏が過去に書いた著作『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』という本を引用しながら、橋下氏の交渉テクニックを分析したものです。住民投票を前に、橋下氏の言論を評価する上では大変重要な論考なので、投票するかしないか、賛成か反対かを迷っている方は是非お読み下さい。

 ここで引用されている橋下氏の書物を孫引きすると

交渉において相手を思い通りに動かし、説得していくには、はっきり言って三通りの方法しかない。

“合法的に脅す”“利益を与える”“ひたすらお願いする”の三つだ。そのなかで、最も有効なのは“利益を与える”ことである。

この場合の利益には二通りある。一つは文字通り相手方の利益。もう一つは、実際には存在しないレトリックによる利益だ。不利益の回避によって感じさせる“実在しない利益”とも言える(6頁)。

出典:橋下徹『図説・心理戦で絶対に負けない交渉術』

だそうです。筆者も含む弁護士は日々の業務で色々な交渉事をしますが、その中でも、橋下氏のこの価値観は一種独特、というか異様なものに映ります。いずれにせよ、弁護士である橋下氏にとっては、今回の住民投票も、「大阪都構想」実施に向けて大阪市の住民を説得する一種の交渉であるはずです。そして、橋下氏が自著で述べている以上、橋下氏の交渉術は、選挙戦でも活用されている可能性がないでしょうか。

「架空の利益」

 そこで、実際にいくつかのCMを見てみましょう。まず、『みんなの想い』編(閲覧数1,387)です。

男性「チェンジ大阪!」

女性ら「もっと安心して暮らせる町に」

若者ら「チェンジ大阪!」

女性ら「もっと便利で住みやすい町に」

橋下「都構想で、大阪をもっと住みやすく」

声「チェンジ大阪」

 文字で起こすと以上の通りですが、「安心して暮らせる」「もっと便利で住みやすい」大阪が、なぜ大阪市では実現できず、大阪市を解体して5つの特別区に分割すると実現できるのか、何の説明もありませんね。一般的には関係ないと思います。つぎに『未来の大阪 CG』篇(閲覧数2,584)を見てみましょう。

ナレーション「大阪都構想でもっとワクワクする未来がやってくる。大阪をこの国の新しいエンジンに。」

橋下+声「チェンジ大阪」

 見栄えの良い画像とともに、景気のよさげな計画が並びますね。しかし、うめきた2期開発、御堂筋のシャンゼリゼ化計画についても、今の大阪市ではできず、大阪市を解体するとできる、というのは論理必然性がないように思えます。報道や広報を見る限りはすでに動き始めている計画ですよね。

朝日新聞「大阪にシャンゼリゼを 御堂筋歩道にオープンカフェ計画」

大阪市「うめきた2期区域開発に関する民間提案募集について」

うめきた2期開発は大阪都でないとできないのだろうか?
うめきた2期開発は大阪都でないとできないのだろうか?

 また、カジノ誘致については、国会での法整備がないとできないはずだし、そもそも、それをやるべし、という世論の一致を見ているのでしょうか。「総合型リゾートの誘致」という言葉で誤魔化している可能性はないでしょうか。

「総合リゾート施設の誘致」とは夢洲にカジノを作ることをさす
「総合リゾート施設の誘致」とは夢洲にカジノを作ることをさす

 「大阪都」というネーミングも架空の利益ですね。今回の住民投票が可決されても「大阪都」ができるわけではなく、単に大阪市が廃止されて大阪府ナンチャラ区が誕生するだけです。

 さらに、「二重行政の解消」により生まれる「4000億円」も現実性がなく、大阪都構想とも関係がない旨の指摘がされています。

「大阪の沈滞ムード払拭に都構想は効果なし デメリットだらけの改革を徹底検証 『大阪都構想が日本を破壊する』 (藤井聡 著) 文春新書 刊|自著を語る」

 大阪都構想のCMは、橋下氏の言う「架空の利益」のオンパレードと言えるでしょう。

「一度なされた約束事を覆す」

 このように、架空の利益を示すだけでなく、約束したことを覆すのも橋下流交渉術です。同書から孫引きします。

交渉において非常に重要なのが、こちらが一度はオーケーした内容を、ノーとひっくり返していく過程ではないだろうか。まさに、詭弁を弄してでも黒いものを白いと言わせる技術である。"ずるいやり方"とお思いになるかもしれないが、実際の交渉現場ではかなりの威力を発揮するのだ。(32頁)

一度なされた約束ごとを覆す方法論は、交渉の流れを優位に運ぶ重要なものだと考えている。(32頁)

 実際、橋下氏は、大阪府知事選に出馬した際の公約は、当選後にあらかた反故にしたし、大阪府を黒字化するという公約についても、大阪府の借金は橋下氏が知事になった前後を通じて増え続けています(筆者は借金自体がただちに問題だという気はありませんが公約違反ではあります)。そもそも、大阪市をなくさない、バラバラにしない、というのが市長選に際しての大阪維新の会の政策だったのではないでしょうか。このように「約束を反故にする」数々の実績のある橋下氏が「大阪都構想」の際の約束については、なぜ反故にせずに実施すると言えるのか、ここは非常に重要な問題だと思います。

「脅かし」「泣き落とし」

 さらに驚くべき事に、橋下氏は、前記著書の中で「脅かし」や「泣き落とし」を交渉のテクニックとしています。これはすぐにピンと来ましたね。橋下氏は、現在進行形で、住民投票で敗北した場合は政界引退を口にしているようです(産経「橋下氏「大阪都」否決なら政界引退を重ねて強調」)。誰も辞めろとは言ってないのに「市長を辞めて欲しくなかったら賛成しろ」と自らの支持者を脅している訳ですね。しかし、一方でいつ辞めるのか明言していません。おそらく、どんな結果でもただちには辞めないのではないでしょうか。また、一部では、橋下氏が今週末の街頭宣伝で涙を流すのでは、という予測すら出ています。

空虚なラストメッセージ

 やはり、橋下氏は、住民投票の選挙戦でも自らが提唱する特異な交渉術を多用していたのです。そういう目で、橋下氏の最後のメッセージを見てみましょう。『ラストメッセージ』篇(閲覧数43,640)です。

橋下「大阪市民の皆さん、いよいよ住民投票が近づいてきました。いやーほんとにここまで長かった。まあ振り返ってみても、山あり、谷あり、地獄あり、まあ、本当に苦しかったですけれどもね、何とかここまで来れたのも、とにかく、大阪をよくしたい、その想い、それだけでここまでやってきました。大阪にはいろんな問題があります。二重行政の無駄、税金の無駄遣い、改革が進まない、市長と住民が遠すぎる、これらの問題を根本的に解決するものが大阪都構想なのです。このまま放って置いては今の大阪の問題、何にも解決しません。大阪都構想で大阪の問題を解決して、子どもたちや孫たちに、素晴らしい大阪を引き渡していきたい。ただその想いだけです。この住民投票ですべてが決まります。大阪を変れるのはこのワンチャンスだけ。皆さんのこの一票だけです。是非、住民投票で、新しい大阪に、大阪都構想に、賛成をして下さい。よろしくお願いします。」

声「チェンジ大阪」

 橋下氏は、大阪市を解体しないとできないことを何も語っていませんね。そもそも、大阪府知事も、大阪市長も維新系になってもう3年以上経つのに、大阪市という自治体があるゆえに「二重行政の無駄」があるとか「改革が進まない」などというのなら、それは他ならぬ橋下市長と、松井知事の責任ではないでしょうか。橋下氏は、最後まで大阪都構想の「架空の利益」を訴え続けているように思えます。

 ただ、実は筆者がこの動画を見て一番引っかかったのは、橋下氏が前半で「まあ」をいう言葉を短いスパンで2連発していることです。筆者が弁護士として様々な交渉に臨んできた経験によると、これは、自分がしゃべっていることに自信が無いときの特徴ですね。きっちり喋らなければいけない立場と、それを埋める言葉がないことのギャップがこの種の意味のない言葉を生み出します。橋下氏は、交渉の最終盤で大阪市民に向かって語るべき的確なメッセージがないのだと思います。

 前回の記事にも書きましたが、橋下氏は執念の人です。大阪都構想がそんなに良いものなら、橋下氏は何度却下されても提案するでしょう。橋下氏が言う「ワンチャンスだけ」というのも少なくとも法律上は根拠の無い発言でしょう。大阪市民は橋下氏の交渉術にならず、少なくとも一度は橋下氏の提案を却下すべきだと思います。そのためには投票に行って「反対」と書くほか、ないと思います。