【深読み「鎌倉殿の13人」】大河ドラマで山寺宏一さんが演じるキーパーソンの慈円とは何者なのか
大河ドラマ「鎌倉殿の13人」のキャストが発表され、慈円は山寺宏一さんが演じることになった。慈円とは何者なのか、詳しく掘り下げてみよう。
■慈円とは
久寿2年(1155)、慈円は藤原忠通の子として誕生した。のちに摂政や関白を務めた九条兼実の弟である。慈円は家督を継ぐ可能性が乏しかったので、11歳で出家して、延暦寺の青蓮院(滋賀県大津市)に入った。
その後、慈円は天台座主(延暦寺の貫主)、大僧正を歴任し、後鳥羽上皇の護持僧も務めた。この間の承久3年(1221)、承久の乱という未曽有の大乱を経験し、亡くなったのは嘉禄元年(1225)のことである。
承久2年(1220)、慈円は『愚管抄』を執筆した(2年後に加筆した)。『愚管抄』は、この時代を知るうえでも重要な文献である。次に、説明することにしよう。
■『愚管抄』とは
『愚管抄』は文学作品でもなければ、純粋な歴史史料でもない。日本初の歴史哲学書といわれており、道理に基づき歴史を説いた書物である。末法思想(釈迦の入滅後、次第に正しい教法が衰滅することを説いた思想)の影響も受けている。
本文は和漢混交文で、わかりやすく執筆されている。巻1・2が皇帝年代記で、巻3~6が神武天皇から順徳天皇までの歴史を明らかにし、巻7で結論が展開されている。結論は当面における政策を示すと同時に、今後の政治的な展望、進むべき道を示している。
『愚管抄』は純粋な歴史史料ではないと指摘したが、保元の乱、平治の乱、源平の争乱や武士らの人物評の記述もあり、参考になるべき点も多い。とはいえ、それらの指摘にはほかの史料で裏付けられないものあり、独り歩きしている感があるのも事実である。
■まとめ
慈円が今後のドラマのなかで、キーパーソンの一人になるのは間違いない。武士と違って地味な役回りではあるが、大いに期待しよう。