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【「麒麟がくる」コラム】いまだに謎や課題が山積み。明智光秀が作成した軍法は本物か

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
「明智光秀家中軍法」は謎が多いとされ、かねて真偽などをめぐって論争があった。(提供:kumao/イメージマート)

■謎多き明智光秀の軍法

 大河ドラマでは完全にスルーされてしまったが、明智光秀が天正9年(1581)6月2日に定めたという「明智光秀家中軍法」がある。古くから真偽をめぐって議論されてきたが、いかなる内容のものだろうか。

■「明智光秀家中軍法」とは

 天正9年(1581)6月2日、明智光秀が躍進するなかで制定されたのが「明智光秀家中軍法」である(「御霊神社文書」「尊経閣文庫所蔵文書」。以下、「軍法」と略)。

 「御霊神社文書」「尊経閣文庫所蔵文書」の「軍法」は、ともに光秀の花押が据えられている。「軍法」は戦国時代の軍法の先駆けとなるもので、これまで大いに注目されてきた。

 「軍法」は、全部で18ヵ条から成っている。前半の7ヵ条は戦場におけるルールを定めており、8ヵ条目以降は軍役負担(軍事上の負担)の規定である。最後に後書(終わりに書き添える言葉)がある。珍しいことに、軍法と軍役負担が併載されているのが大きな特徴である。

 前半の7ヵ条のうちには、戦場において大声を出さないこと、雑談をしないことからはじまり、各部隊はまとまって軍事行動すること、勝手に陣払いすることを禁止するなど、戦場における決まりごとが詳細に定められている。内容は、のちほど詳しく触れることにしよう。

 軍役負担については、100石につき6人の将兵を出陣させることが規定されているが、多少の人数の誤差は認めていたようである。馬や指物、鑓などの軍備に関しては、100石以上から50石単位で細かく規定している。

 後書には、信長が瓦礫沈淪(瓦や小石の如く沈んでいた境遇)のような光秀を召し出し、多くの軍勢を預けてくれたという、きわめて個人的なことが書かれている。さまざまな点で、非常にユニークな軍法であるといえよう。

■真偽をめぐる議論

 「軍法」については、長らく真偽をめぐって議論があった。半世紀以上も前の評価では、「軍法」を光秀の軍隊構成を知るうえでの重要史料などと高い評価を与える論者がいる一方、偽文書説も少なからずあった。いまだに評価が定まっていなかったのである。

 しかし、尊経閣文庫(東京都目黒区)から「軍法」の原本が出現したとされ、子細に検討がなされた結果、信頼できる史料との評価が与えられた。

 以降、「軍法」は偽文書として扱われなくなり、研究でも用いられている。ただし、原本であるか否かは、今後の検討が必要であるとの指摘が改めて提起された。やはり、決着はついていなかった。

■偽文書とされた理由

 「軍法」が偽文書と指摘されたのには、もちろん理由がある。この時代の軍法としてはかなり長文であり、また文章が難解で読みづらく、内容が雑であることだ。これは、多くの論者が指摘する点である。

 条文についても前半の7ヵ条の内容は先駆的といえば、そうかもしれないが、1条目の懸かり口で鯨波(げいは。鬨<とき>の声)以下の下知に応じることというのは、ほかの軍法に類例がなく理解しがたい。

 8条目以下の軍役負担も50石刻みで細かく区分しているが、こちらもほかではお目に掛かれない。後書では、先述のとおり個人的なこと(光秀が信長から取り立てられたこと)をわざわざ書き記しているが、これも極めて異例である。

 さらに「軍法」が詳しく検討された結果、いくつもの疑問が提示された。先述のとおり、文章は難解かつ戦国時代にはない表現が多いこと、軍役規定が戦争時の軍備を示したものではなく、行列時の綺羅(美しさ)を飾るものであることなどが指摘されている。

 さらに、当時の軍法ではおおむね明記されている抜け駆けの禁止などが規定されておらず、何より軍法と軍役負担という異なる性質のものが一緒になっていることも疑問視されている。

 したがって、現時点において「軍法」はなんら疑いのない完璧なものというよりも、内容にいくつもの疑問点が提示されているので、要検討の段階にあるといえるだろう。今後の課題である。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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