【「麒麟がくる」コラム】織田信長はどういう性格だったのか。フロイス『日本史』から見る

織田信長は苛烈な性格だったといわれているが、真相はいかに!?(提供:GYRO_PHOTOGRAPHY/イメージマート)

■織田信長の性格とは

 NHK大河ドラマ「麒麟がくる」のなかでは、染谷将太さんが織田信長を見事に演じている。一般的に信長は近寄りがたい性格だったといわれており、その性格などを詳しく記しているのは、フロイス『日本史』第32章である。

 フロイスはたびたび信長と面会していたので、事細かにその様子を書き留めていた。今回は、フロイス『日本史』により、信長の性格などを考えることにしよう。

■織田信長の性格や身体的な特徴

 まずは、織田信長の性格や身体的な特徴を確認しよう。

信長は尾張の国の三分の二なる殿(信秀)の第二子であった。彼は天下を統治し始めた時には三十七歳くらいであったろう。彼は中くらいの背丈で、華奢な体躯であり、髭は少なくはなはだ声は快調で、極度に戦を好み、軍事的修練にいそしみ、名誉心に富み、正義においては厳格であった。彼は自らに加えられた侮辱に対しては懲罰せずにはおかなかった。幾つかのことでは人情味と慈愛を示した。

 信長の背丈は「中くらい」と書かれているが、具体的ではない。当時、日本人男子の平均身長は、155cm前後だった。おそらく信長もその前後の身長だったと考えられる。髭が少なく、声が快調というのは、甲高いということだろうか。

 信長が戦いを好んだというのは、当時の武将の典型的な姿だ。また、「自らに加えられた侮辱に対しては懲罰せずにはおかなかった」というのも、名誉を重んじた武士の特質である。「人情味と慈愛」があったというのは、やや意外な印象が残る。

■信長の生活習慣など

 次に信長の生活習慣などを確認しておこう。

彼の睡眠時間は短く早朝に起床した。貧欲でなく、はなはだ決断を秘め、戦術にきわめて老練で、非常に性急であり、激昂はするが、平素はそうでもなかった。彼はわずかしか、またはほとんどまったく家臣の忠言に従わず、一同からきわめて畏敬されていた。酒を飲まず、食を節し、人の取扱いにはきわめて率直で、自らの見解に尊大であった。

 当時の人々は、おおむね日の出とともに起床しており、それは信長も同じだった。信長の性格は極めて慎重で、あまり他人の助言や進言には耳を貸さなかった。自己主張が強かったようだ。

 また、信長は下戸で酒が飲めず、食事も質素だった。後年、信長は光秀に酒を飲むよう強要したという逸話があるが、それは俗説だろう。

■信長の趣味のことなど

 次の記述は、信長の趣味などのことを語っている。

彼は自宅においてきわめて清潔であり、自己のあらゆることをすこぶる丹念に仕上げ、対談の際、遷延することや、だらだらした前置きを嫌い、ごく卑賤の家来とも親しく話をした。彼が格別愛好したのは著名な茶の湯の器、良馬、刀剣、鷹狩りであり、目前で身分の高い者も低い者も裸体で相撲をとらせることをはなはだ好んだ。彼は少しく憂鬱な面影を有し、困難な企てに着手するに当たってははなはだ大胆不敵で、万事において人々は彼の言葉に服従した。

 冒頭の部分の対談の際に「だらだらした前置きを嫌」うなどは、現代のトップリーダーの特徴的な印象を受ける。また、「卑賤の家来とも親しく話をした」というのは、秀吉など身分の低い者を登用したのだからうなずけよう。また、茶の湯などを好んだことは、ほかの史料でも確認することができる。

■信長に畏怖した家臣たち

 次の記述は、信長に接した家臣たちの態度を描いている。

美濃の国、またその政庁で見たすべてのものの中で、もっとも私を驚嘆せしめましたのは、この国主(信長)がいかに異常な仕方、また驚くべき用意をもって家臣に奉仕され畏敬されているかという点でありました。すなわち、彼が手でちょっと合図をするだけでも、彼らはきわめて凶暴な獅子の前から逃れるように、重なり合うようにしてただちに消え去りました。そして彼が内から一人を呼んだだけでも、外で百名がきわめて抑揚のある声で返事しました。彼の一報告を伝達する者は、それが徒歩によるものであれ、馬であれ、飛ぶか火花が散るかのように行かねばならぬと言って差し支えがありません。

都では大いに評価される公方様の最大の寵臣のような殿も、信長と語る際には、顔を地につけて行うのであり、彼の前で眼を上げる者は誰もおりません。彼と語ることを望む、政庁になんらか用件のある者は、彼が城から出て宮殿に下りて来るのを途上で待ち受けるのです。

 このように自身の家臣や将軍の家臣でさえ、信長に畏怖して接した。しかも、家臣らの信長への態度は、絶対服従だった。

 こうした信長の性格や態度などは、ほかの史料にはあまり記されていない。とはいえ、その記述には不審な点は少なく、おおむね信用してよいのではないだろうか。