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【戦国こぼれ話】いったい軍師とは何者なのか?本当は存在しなかった謎多き軍師とは!?

渡邊大門株式会社歴史と文化の研究所代表取締役
軍師と称された山本勘介。新たな史料が発見され、研究が進みつつある。(提供:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

■現代にも必要な軍師

 9月16日、第99代の内閣総理大臣に菅義偉氏が選出された。かつて菅氏は安倍内閣の官房長官を務めており、戦国時代で言えば、軍師のような役割を果たしていた。現代では、参謀とでも言うべきだろうか。しかし、盛んに用いられる軍師なる言葉は、近世以降に用いられ、戦国時代にはなかったようだ。

 では、謎多き軍師の実態とは、いかなるものだったのだろうか。

■辞書による軍師の定義

 辞書類によれば、軍師とは大将の配下にあって、戦陣で計略、作戦を考えめぐらす人を意味する。彼らは単に戦場で計略や作戦をめぐらすだけでなく、ときに外交にも携わるなど、多彩な能力を発揮した。しかし、軍師という言葉は近世に生まれたもので、それより以前の戦国時代にはなかった言葉である。実際は、軍配師と称するのが正しいようだ。

 戦国時代には、武田氏の軍師・山本勘介、今川氏の軍師・太原雪斎、上杉氏の軍師・宇佐美定行など、著名な軍師が数多く存在した。中には実在を示す一次史料に乏しかった人物もいたが、山本勘介のように多くの一次史料が発見され、注目を集めた例もある。いずれにしても、彼らを軍師と称するのは早計で、その実態をより深く探る必要がある。

■奈良時代に伝わった兵法

 日本に兵法が伝わったのは、奈良時代にさかのぼる。六国史の一つ『日本書紀』には、兵法を駆使したと思しき人々が登場する。

 留学生として唐に渡った吉備真備(695~775)は、儒学・天文学・兵学を修め帰国した。兵法に通じた真備は城を築くなど、わが国の「軍師第一号」といわれている。真備は陰陽道にも通じていたが、単純に軍師と定義するわけにはいかないだろう。

 のちに、中国から伝わった『孫子』『呉子』『六韜』『三略』などの兵法書を参考にして、わが国でも多くの兵法書が執筆された。

 平安末期以降、戦いが頻発する時代に入り、戦い方は洗練された。同時に兵法も大いに発達し、理論化が進められた。南北朝期から室町期にかけて執筆された『兵法秘術一巻書』『訓閲集』などは、兵法書の代表といえるだろう。とはいえ、それらは戦いの経験を理論化したものにすぎず、その通り戦えば、必ず勝てたわけではない。

■信じられていた迷信

 戦国時代は迷信が信じられており、陰陽道や占いなどが重要視されていた。戦国期の兵法は、宿星、雲気、日取、時取、方位などをもとにした軍配術が基本であった。これに弓馬礼法や武家故実が結びつき、軍配兵法が発達したのである。占星術や陰陽道に通じた軍配者は、合戦の日取りを決めた。一見すると理論的だが、実は一種のゲン担ぎなのである。

 12世紀初頭に賀茂家栄が撰した『陰陽雑書』によると、戦いに適した日は己巳以下の14日であるとされている。ただし、諸書によって合戦に適した日は一定しておらず、各軍配師の独自の理論に基づいていたようである。つまり、明確な科学的根拠があったわけではないのだ。

 戦国大名は、出陣の日の選択をお抱えの軍配者に委ねた。依頼されるのは僧侶であることが多く、ときに易者や山伏に任せることもあった。僧侶の場合は、足利学校の卒業生も少なくなかった。要は、戦国大名はやみくもに出陣の日を定めていたわけではなく、僧侶などに相談して決めていたのだ。

 このように合戦に適した日時にこだわった例は、康平5年(1062)8月の前九年の役で確認することができる。源頼義は安倍宗任の叔父で僧侶の良照の籠もる小松柵を攻撃しようとしたが、その日は日取りが良くないとの理由で延期した。出陣の日については、足利将軍家が陰陽頭に依頼し吉日を選んだ例がある。

■実は存在しなかった軍師

 私たちが軍師であると信じてきた武将らは、後世になって『三国志演義』などに登場する武将になぞらえて、そう呼ばれただけである。戦国時代の時点では、軍師などとは呼ばれていない。戦国大名の抱える家臣は多士済々で、軍事や外交に優れた武将がいた。そういう人々が、のちに軍師と称されたのである。

 とはいえ、こうした参謀あるいは懐刀は重要であり、それは菅内閣にとっても同じであろう。軍師的な役割を果たすのが官房長官であるが、それ以外の閣僚にも頑張ってほしいものである。

株式会社歴史と文化の研究所代表取締役

1967年神奈川県生まれ。千葉県市川市在住。関西学院大学文学部史学科卒業。佛教大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(文学)。現在、株式会社歴史と文化の研究所代表取締役。大河ドラマ評論家。日本中近世史の研究を行いながら、執筆や講演に従事する。主要著書に『大坂の陣全史 1598-1616』草思社、『戦国大名は経歴詐称する』柏書房、『嘉吉の乱 室町幕府を変えた将軍暗殺』ちくま新書、『誤解だらけの徳川家康』幻冬舎新書、 『豊臣五奉行と家康 関ヶ原合戦をめぐる権力闘争』柏書房、『倭寇・人身売買・奴隷の戦国日本史』星海社新書、『関ヶ原合戦全史 1582-1615』草思社など多数。

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