ふたつのシリア映画が問いかけるもの

映画『娘は戦場で生まれた』と『シリアにて』パンフレット表紙

 今年、日本で劇場公開された二つのシリア映画『娘は戦場で生まれた』と『シリアにて』のことを、あらためて記しておきたい。

 2015年以降、シリア内戦のドキュメンタリー映画は、日本でも次々と劇場公開されている。今年(2020年)は特に、『娘は戦場で生まれた』が2月から各地で上映されて話題になった。韓国映画『パラサイト』の作品賞受賞で盛り上がった今年のアカデミー賞発表だったが、長編ドキュメンタリー部門に選ばれた世界各国からの候補作5本のうち、2本の映画はシリア内戦の映画『娘は戦場で生まれた』と『ザ・ケーブ』だった。

 共に惜しくも受賞は逃したものの、シリア内戦に関わる映画が3年連続でアカデミー賞同部門の候補に選出されている。その他の世界各国の映画祭でも、シリアのドキュメンタリー映画は常に注目作の扱いだ。

 映画『娘は戦場で生まれた』は、現在も続く戦乱の中で、一人のシリア人女性がビデオカメラを手に、戦火の日々で起きたことを5年に渡って克明に映像で記録した。「サマ(アラビア語で空を意味する)」と名付けた娘の母親として、そして一人のシリア市民として、自らの家族の日常と夫が勤務する病院の映像で世界に問いかける。

 おなかの中にいる胎児のサマに話しかけるように、生まれたばかりの赤ちゃんのサマに聞かせるように、そして、娘のサマがこの映画をいつか観られるように、一人の母親はずっと撮影し続けた。サマの存在と母親の思いがカメラに全て乗り移り、シリア市民の数々の生と死を映像に刻んでいく驚愕のドキュメンタリーだ。

(C)Channel 4 Television Corporation MMXIX
(C)Channel 4 Television Corporation MMXIX

 シリア内戦のドキュメンタリー映画を私が最初に観たのは、2014年にアラブ首長国連邦(UAE)で開催された「ドバイ国際映画祭」だった。シリアでの民主化運動が起きてから3年後に公開された作品は、破壊されていくシリアの故郷に留まる人と、それに思いを寄せる親族や友人たちが登場する。

 当時ドバイのシネコンでの上映だったが、観客の中にはシリアからの難民の姿もあった。彼らは上映中に盛んに声を上げて、そして何度も泣いていた。ずっと住んでいた祖国の姿を見ることに耐えられなくなったのか。変わり果てた故郷をスクリーンで見る彼らシリア人たちの思いに対して、その映画の物語以上に心が痛んだ。

 その映画を観た後、「シリア内戦のドキュメンタリーは、世界中でこれから次々と公開されていくだろう」と私は想像した。当時すでに、同年のカンヌ国際映画祭では、『シリア・モナムール』が特別上映されて、日本でも劇場公開された。他にも、『ラッカは静かに虐殺されている』『ラジオ・コバニ』『それでも僕は帰る~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~』『アレッポ 最後の男たち』など、シリア内戦を描いたドキュメンタリー映画は、15年以降次々と日本の映画館でも上映されている。その他、17年の『山形国際ドキュメンタリー映画祭』で最優秀賞(山形市長賞)に輝いた『カーキ色の記憶』は、シリアを去った人々が自らの体験を語る様をフィクションとドキュメンタリーで描いた作品だ。今年8月に大爆発事故が起きたレバノン・ベイルートの建設現場で働くシリア人移民・難民労働者を描いた『セメントの記憶』(2018年)も秀逸だった。

 これらどの作品も強い印象を残すが、他のドキュメンタリー映画と違って、とにかく登場人物たちが死なないことを、最後まで生き抜いてくれることを祈りつつ、緊張して観た。『娘は戦場で生まれた』のエンドクレジット後半には、亡くなった人たちや消息不明の登場人物の名前も次々と現れる。

(c) Altitude100- Liaison Cinematographique -Minds Meet- Ne a Beyrouth Films
(c) Altitude100- Liaison Cinematographique -Minds Meet- Ne a Beyrouth Films

 

 こうしたシリアのドキュメンタリー映画が次々と公開される中で、今年8月から東京・岩波ホールで封切りされた『シリアにて』は、劇映画(フィクション)の方だと聞いて、観る前に私は少し安堵した。

 だが、この『シリアにて』もまた、途中から身を固くして観ることになった。映画登場人物たちの怯える表情と、部屋の周囲で聞こえてくる音が、これまでの紛争・戦争取材で見た表情、聞いた音と度々重なった。

 さらに、この映画『シリアにて』は2017年公開作品だが、新型コロナウィルスの影響が世界中を覆う現在の状況下で観ると、新たな視点や想像も感じる。「ステイホーム」「ロックダウン」「不要不急」「三密」といった言葉が繰り返されたコロナ禍の中で、私たちが感じていた怖れや窮屈さや不安とは、戦火の中で暮らす人たちにとっては、コロナ禍以前から存在するものだ。街は封鎖され、家の中に居ざるを得ず、家族と常に一緒に過ごし、外に出たら死ぬかもしれない、どうやって生きていけるか誰にもわからない……という終わりなき恐怖と、彼らはコロナ前から常に隣り合わせだ。

 銃弾や爆弾が降り注ぐ街の一室で、暴力の恐怖にさらされる家族は、ウィルスが潜む社会で暮らす私たちの生活の延長にある。直接に銃弾や爆弾がさく裂するだけではなく、人間の心理や不安は、人から人に移り、増殖していく。それは恐怖の“感染”と呼んでいいだろう。

 『シリアにて』で聞こえる音の恐怖の“感染”は、際限が無い。銃声や爆音だけではなく、扉を叩くわずかなノックの音、空爆の着弾音、救急車のサイレン、怒鳴り声、嗚咽……。この緊迫のステイホームで繰り広げられる光景は、コロナ禍前から10年近く続く、世界が救えなかった実在のシリア人たちの閉ざされた部屋のように見える。

映画『シリアにて』から (c) Altitude100- Liaison Cinematographique - Minds Meet- Ne a Beyrouth Films
映画『シリアにて』から (c) Altitude100- Liaison Cinematographique - Minds Meet- Ne a Beyrouth Films

 映画が誕生したとされる1895年から、戦争と映画は深い関係性の歴史を歩んできた。1914年からの第一次世界大戦では、多くのフィルム撮影技師やキャメラマンが戦場に向かった。戦争映画は娯楽として発展し、後に国家や独裁政権のプロパガンダとしても利用される。一方、反戦映画や戦争犯罪を告発する映画もこれまで多々生まれた。

 映画『娘は戦場で生まれた』のワアド・アルカティーブ監督は、アサド政権への抗議活動が始まった大学生当時から「市民ジャーナリスト」として撮影を始めたという。シリア内戦では、こうした現地市民が自ら撮影する映像が、ネットからマスメディアまで大量に流れている。以前のようなテレビの衛星回線で送られる映像ではなく、SNS等でリアルタイムに次々とシェアされて、全世界に拡散する。前述の『ラッカは静かに虐殺されている』(17年)は、シリアの市民ジャーナリスト集団が撮影した映像から制作された。

 映像の記録・表現手段は、大掛かりなフィルムの時代から、テープやメモリーカード、アナログからデジタル化を経て、ビデオカメラからスマホまで、様々な方法で撮影・記録・表現・発信できる時代にもなった。映像が映し出されるメディアも、映画のスクリーンやテレビ画面やパソコン液晶モニターから、ネット配信のスマホやタブレットにまで広がっている。

 映画もまた、映画館だけでフィルムで上映される環境から、DVDやオンライン配信など、次々と視聴環境は広がった。撮影手段も上映機会も視聴空間も多種多様化したいま、戦乱のシリアを描いた映画が次々と創り出されている。戦争と映画の関係性は、時代を超えて続いている。

映画『娘は戦場で生まれた』から (C)Channel 4 Television Corporation MMXIX
映画『娘は戦場で生まれた』から (C)Channel 4 Television Corporation MMXIX

 いつの時代においても、どれほどメディアが変化しても、どんな困難な状況下にあろうとも、最後は撮る人の揺るがぬ意思と、それを世に送り出そうとする人たちの熱意によって、映像は、映画は、これからも世界中に放たれ続けるに違いない。

 『シリアにて』のフィリップ・ヴァン・レウ監督は、映画公開にあたって、こう答えている。「これは戦争映画ではなく、戦争についての映画です。戦争が普通の人々にどんなことをもたらすのか、また戦争の最中に人々はどのように生き抜いているのかを描いています」。

 観る者に映像の衝撃を何度も叩きつけるようなドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』と、音と声の恐怖で観る者に静かに戦慄を呼び起こす劇映画『シリアにて』。戦争を描く優れた映画は、ドキュメンタリーも劇映画(フィクション)も、物語や演技を超越する事実とリアリティで迫ってくる。シリアを描いたこの二つの「戦争についての映画」から、いまも戦火の中で生き抜く人々の日常を想像してほしい。

※本稿は、映画『娘は戦場で生まれた』『シリアにて』パンフレット掲載原稿を再構成、一部加筆したものです。

◆『娘は戦場で生まれた』公式HP: http://www.transformer.co.jp/m/forsama/

各地順次公開中。10月2日(金)DVD発売&レンタル開始<セル>¥3,900(税抜)/発売:トランスフォーマー、販売:ハピネット・メディアマーケティング<レンタル>発売・販売:トランスフォーマー

◆『シリアにて』公式HP:https://in-syria.net-broadway.com/

東京・岩波ホールでは、9月25日(金)まで上映中。大阪・京都・神戸など、各地でも順次公開中。