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「数字の意味」を忘れ、視覚で楽しむ《すうじのつぶやき》岡山県立美術館

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
西森そのの作《すうじのつぶやき》。左から「141」「6月16日」「12月30日」

 岡山県立美術館のコインロッカーの数字が踊っている。転がったり、裏返ったりした数字は道具や動物に擬人化され、コメントを発している。昨年に続き、同美術館で7月23日から8月28日まで《すうじのつぶやき》というプロジェクトが開催されている。デザイナーの西森そののさん=同県倉敷市在住=とwarisasi(ワリサシ:湯浅亮)さん=岡山市在住=による試みで、館内のフロアを表示する数字などを作品としてアレンジし、新しい視点で楽しむ。どんなプロジェクトなのか?

2021年3月、岡山県立美術館のコインロッカーは《すうじのつぶやき》で埋まった
2021年3月、岡山県立美術館のコインロッカーは《すうじのつぶやき》で埋まった

幼い日の思い出を作品に

 西森さんは2019年8月7日からインスタグラムとツイッターで作品を公開している。これまで発表された《すうじのつぶやき》という作品群は、数字に動きや付属物、背景などを描いて道具や動物などに見立てて、短いコメントを付けてある。筆者が気になった3作品について、本人に解説してもらった。

141「ミシンのおと おかあさんがいる  あんしん」
141「ミシンのおと おかあさんがいる あんしん」

「141/ミシンのおと おかあさんがいる あんしん」は、裏返った4と横になった1を組み合わせ、振動音と糸を描いてミシンに仕上げた。2014年に亡くなった母・明子さんが愛用していた家庭用のミシンに幼い日の音の記憶を絡めて表現した。

「母がいつもミシンを踏んでいたわけではないのですが……。母の気配を感じる音は、荒っぽい掃除機の音や、リズミカルな米をとぐ音。この時は、たまたま“4”をミシンにしたので、母への思いと重ねました。母を思い出してつぶやきを考える時間は記憶の整理となり、グリーフケアともなりました」

 2021年6月16日「そろそろ ようすを みにいかねば……」
2021年6月16日「そろそろ ようすを みにいかねば……」

「2021年6月16日/そろそろ ようすを みにいかねば……」は降雨の時期の風景を祖父のことを思い出しながら描いている。横にした6を並べ、1は支柱にした。

「実家は稲作農家でした。水門を見に行っていたのは主に亡き祖父。今では危険なので行くなと言われますが、雨量が増えるといつの間にか出て行っていました」

2021年12月30日「つぎは はんごろしで あげようや! よっしゃ!」
2021年12月30日「つぎは はんごろしで あげようや! よっしゃ!」

「2021年12月30日/つぎは はんごろしで あげようや! よっしゃ!」は三世代同居で親戚も集まっての餅つきを題材にした。数字で杵と臼を表現し、昭和の風景を懐かしく思い出して「つぶやき」を記してある。同世代の筆者は「そんな日もあったなあ」と子どものころを追想し、懐かしくなった。西森さんは家族の記憶を楽しそうに語る。

「昔は、お正月のお餅を家でついていました。つきたての“半殺し”にした餅が好きで、丸めるそばから甘めのきなこを付けて食べていました。祖母と母、伯母たちがもち米を蒸して、祖父や父、叔父たちがついて……。子どもらがチョロチョロ。平和な日本の家族の姿そのものです。まぁ、家庭内、親戚同士イザコザはあったのですがね。それも含め、今は良い思い出です」

20代から《すうじのつぶやき》の創作をライフワークとしてきた西森そののさん(筆者撮影)
20代から《すうじのつぶやき》の創作をライフワークとしてきた西森そののさん(筆者撮影)

《すうじのつぶやき》の創作期間は23年間に及ぶ。数字の形の面白さに着目し、数字を寝かせたり、裏返したり……。1日1作を発表すると決め、描き続けた作品を毎日SNSに投稿し、1年分の《すうじのつぶやき》は翌年のカレンダーとなる。創作の原点は何だったのだろうか?

数字の形の面白さだけに着目

 西森さんは長らく商品の広告・チラシなどのデザインを手掛けてきた。値段や割引率、個数などを扱う機会が多く、常に数字の見せ方を工夫してきた。しかし、数字には幼いころから苦手意識があったという。理由は小学2年生の時、算数の九九でつまずいたから。その後、中学、高校と数学の成績はずっと低空飛行。一方で、図画工作はずっと得意で、手を動かして何かを表現することが好きだった。

「数字は好きではないけれど、仕事で扱わざるを得ませんでした。ある時、数字の形の面白さに着目し、組み合わせて目や手を付け、動くものを表現してみたのです。すると自然に言葉が浮かびました。この時、『数字と遊ぶのは楽しい』と思いました」

 これが《すうじのつぶやき》の始まりである。

 西森さんは当初、フリーハンドでスケッチブックに描いていた。その後、パソコンで制作するようになり、1から31までの《すうじのつぶやき》を集めた「万年カレンダー」を1999年に発売。初めて《すうじのつぶやき》が人の目に触れる機会となった。冒頭の「1」は煙突になり、「せんとうのえんとつ けむりモクモク」というつぶやきが添えてある。

デニムを貼った箱入りの日めくりカレンダー

 1人で《すうじのつぶやき》の作品群を生み出し続けていた西森さんだったが2018年末、「何か形に残るものにならないだろうか?」と長年の仕事仲間であるwarisasiさんにプロデュースを依頼した。すると「作品をモノトーンに統一し、数字の形の面白さに目が行くようにしたら?」と助言を受けた。

 warisasiさん(右)の協力で2022年から「日めくりカレンダー」を制作。365日分の《すうじのつぶやき》が聞こえる。岡山県倉敷市の産業であるデニムを貼った箱入りで限定50個を販売(筆者撮影)
warisasiさん(右)の協力で2022年から「日めくりカレンダー」を制作。365日分の《すうじのつぶやき》が聞こえる。岡山県倉敷市の産業であるデニムを貼った箱入りで限定50個を販売(筆者撮影)

 また、warisasiさんは「数字が数を表現しない」という考え方を改めて強調するような見せ方や、作品の価値観を打ち出した。「自由に数字で遊ぶ」という発想を楽しむため、体験型の催しを企画した。倉敷市内で数回、開催した後、昨年春には岡山県立美術館で初めてワークショップとコインロッカーなど館内の数字を活用したプロジェクトを実施した。ワークショップでは、黒い紙を切って作った0から9までの数字を4センチ四方と2.5センチ四方の2パターン用意し、13センチ四方の正方形の台紙に貼る。このほか線や丸などの図形なども使って1時間半、自由に作ってもらった。

 参加した子どもたちは、数字を回転させたり裏返したりと自由に扱い、作品を生み出した。warisasiさんは次のように話す。

「子どもは自由な発想で、どんどん作っていきます。私も3児の父ですが、子どもと一緒にやってみると自分が固定観念に縛られていると気づきました。『大人は数字の持つ意味を考えてしまいがち。本当は解放されたいと思っているのでは?』と感じます」

「論理的な説明」を切り離す

 例えば、筆者が前出のワークショップについてインタビューした際、時間や参加人数、材料とした紙の大きさ・数などを尋ね、数字を積み上げて事実を紹介した。論理的な説明と数字は切り離せない関係にあり、人に何かを説明する時には数字を用いると説得力が生まれる。このような便利な数字の使い方を知っている大人は、だからこそ数字に縛られもするのではないだろうか。《すうじのつぶやき》の発想についてwarisasiさんは次のように説明した。

「通常、数字は意味を持つものです。でも《すうじのつぶやき》の数字そのものには意味がない。計算しなくてもいい数字、ただの形になった数字と遊ぶのです。数字嫌いの西森さんならではの発想であり、『個人的な創作に留めておくにはもったいない。多くの人が体験することで広がる可能性がある』と気づきました」

 2021年4月に実施したワークショップ。まずは西森さんが自身の作品を紹介し、親子連れが自分なりの《すうじのつぶやき》を作った。黒い数字を配置し、線やコメントを加えた
2021年4月に実施したワークショップ。まずは西森さんが自身の作品を紹介し、親子連れが自分なりの《すうじのつぶやき》を作った。黒い数字を配置し、線やコメントを加えた

ワークショップで子どもが書いた《すうじのつぶやき》「0」に棒を載せた形をどう見るかはそれぞれ。舟、惑星、ハンバーグ、トイレ……など十人十色
ワークショップで子どもが書いた《すうじのつぶやき》「0」に棒を載せた形をどう見るかはそれぞれ。舟、惑星、ハンバーグ、トイレ……など十人十色

 子どもたちがユニークな発想を次々と披露すると、西森さんは刺激を受けた。「自分も、もっと新しい発想で作品を生み出したい」と小学生に対抗心が湧いてきたそうだ。

館内の数字も《つぶやき》に

 今年の《すうじのつぶやき》プロジェクトは、岡山県立美術館の夏の特別展「かこさとしの世界展」に合わせて開催されている。コインロッカーだけでなく、館内のフロア表示などの数字も作品にアレンジし、来館者はこれらを探して施設内を巡って楽しむ。1988年に建設された同館内を探検し、施設の新たな魅力を発見してもらう趣向である。同館副管理者の福冨幸さんは2年連続開催となったプロジェクトの意義を次のように話した。

「岡山県立美術館の魅力や美術の面白さ、楽しさに触れるきっかけづくりと感じています。ワークショップでは学校では教わらない数字の使い方を知り、数字が好きな人はもっと好きに、苦手な人はちょっとホッとできるでしょう。身近な数字を探し出して《すうじのつぶやき》を聞いてみてください」

《すうじのつぶやき》のプロジェクトが開催されている岡山県立美術館(筆者撮影)
《すうじのつぶやき》のプロジェクトが開催されている岡山県立美術館(筆者撮影)

インスタグラムへの初期の投稿はフリーハンドで描いた作品が多い
インスタグラムへの初期の投稿はフリーハンドで描いた作品が多い

数字のフォントをそろえ、モノトーンとすることで洗練された作品群
数字のフォントをそろえ、モノトーンとすることで洗練された作品群

 西森さんは、ただただ楽しく数字と遊んで創作を続けてきたが、母の死を経て時々、家族との思い出を作品に込めるようになった。母や祖母の岡山弁や、三世代同居の生活体験がイメージを膨らませる原動力になっているという。

「自分がアーティストと名乗ることなど、あるとは思っていなかった」と話すが、warisasiさんが《すうじのつぶやき》の可能性を広げてくれたことで「より作品を知ってほしい」と考えるようになった。ワークショップでは《すうじのつぶやき》を通して、大事にしているパーソナルな記憶を他者と共有できたことから、ライフワークを作品に昇華できた実感があった。

《すうじのつぶやき》をライフワークとしてきた西森さん。数字嫌いを少しは克服できたのだろうか。

「経理は苦手。でも個人事業主なので逃れられないし、お金とか数字はコントロールできない苦しいものというイメージです。しかし、少しずつそういう価値観から離れ、解放され、チャレンジできています」

 体重、ノルマ、新型コロナウイルスの感染者数……。生活の中で出会う数字の変化に、つい一喜一憂してしまうもの。足したり引いたりかけたり割ったりしない。分析したり、順位を付けたりしない。そんな数字もあっていいのでは? ぜひ《すうじのつぶやき》に触れ、数字の意味から離れて楽しんでみてほしい。

日めくりカレンダーを手にする西森さん(筆者撮影)
日めくりカレンダーを手にする西森さん(筆者撮影)

西森そのの(にしもり・そのの) 1970年11月生まれ、岡山市出身。現在は岡山県倉敷市を拠点に活動するイラストレーター、デザイナー。1991年に大阪市内の短大を卒業した後、7年間にわたって岡山市内のタウン誌の編集室に勤務し、デザイン・編集・取材を担当。その後、岡山市の印刷会社に就職し3年間、印刷物のデザインを学ぶ。デザイナーの夫とともに独立して現在はフリーランスのアーティストとして活動。倉敷市内でワークショップや作品展示を行い、2021年春には岡山県立美術館でデザイナーのwarisasiさんと初の《すうじのつぶやき》プロジェクトを開催。

※クレジットがない写真と作品は西森さん提供。

※参考

・プロジェクト《すうじのつぶやき》は7月23日から8月28日まで岡山市の岡山県立美術館で、夏の特別展「かこさとしの世界展」の期間中、開催される。ワークショップも実施。詳細は岡山県立美術館ホームページにて。

https://okayama-kenbi.info/

・《すうじのつぶやき》のホームページ。

https://suuji.jp/

・warisasiさんのホームページ。

https://warisasi.com/

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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