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パリ五輪で初採用となるブレイクダンス 世界と戦った指導者が語る競技の魅力と国内人気

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
石川県内で行われた「JAPAN KIDS BREAKIN’ CUP」(筆者撮影)

 石川県野々市市で3月、小中学生を対象としたブレイクダンスの全国大会「JAPAN KIDS BREAKIN’ CUP」が開催された。ブレイクダンスの正式名称は「BREAKIN(ブレイキン)」。2024年パリ五輪で初めて実施される注目競技である。大会の予選は1分以内の動画を送るオンライン形式で行われ、本戦は6部門に48人が出場し対面で演技。石川県勢が2部門を制した。近年、石川県を中心に、北陸で小中学生のブレイクダンス人気が高まっている。どんな背景があるのか。

オンライン形式の予選を経て48選手が参加

「JAPAN KIDS BREAKIN’ CUP」は計6部門あり、オンライン形式の予選が2回行われ、239人が参加した。予選各回の優勝、準優勝者と、それ以外で1~8位までに与えられるポイント合計による上位の4人が全国大会の出場権を獲得。全国大会はトーナメント形式で争った。

大会は小学3年生以下、同6年生以下、中学生以下の男女別で争われた。中学生以下女子決勝は石川の橋本想空(そら)選手が制した
大会は小学3年生以下、同6年生以下、中学生以下の男女別で争われた。中学生以下女子決勝は石川の橋本想空(そら)選手が制した

小学6年生以下男子決勝。石川勢対決となり中村元(はじめ)選手が優勝、福田頼慈(らいじ)選手が準優勝
小学6年生以下男子決勝。石川勢対決となり中村元(はじめ)選手が優勝、福田頼慈(らいじ)選手が準優勝

 ブレイクダンスはチームで争うこともあるが、今大会は1対1で技を披露し合う形式。音楽に合わせて45秒から1分ぐらいのタイミングで演技者が交代する。立って踊る「トップロック」、床に手をついて踊る「フットワーク」、頭や背中を軸にして回転する「パワームーブ」、片手でバランスを取って止まる「フリーズ」などの動きを組み合わせて踊る。交代から交代までの演技を「ムーブ」と数え、1試合につき1人が3ムーブを披露。審判はスピード・回転量・難易度やミス・違反行為に基づいて採点される。

「こんな時、もっと声を出せたらいいけどね」

「お互いの空気感が良かったですね」

「すごい! 何でそんなに回れるの」

 MCを務めるKENSAKUさんは会場に一体感が生まれるよう丁寧にコメントしながら大会を進行した。通常なら技が決まったタイミングで会場は湧き、音楽と相まって騒然とした雰囲気になるが、コロナ禍により掛け声は禁止。選手、観客とも無言の戦いとなった。

 MCのKENSAKUさん(中央)は「優しい気持ちを持って人に接すれば世界は変わる」と呼び掛けた。DJのKAISEIさん(右)は子どもへの配慮から差別的な表現などが歌詞に含まれない選曲で大会を演出
MCのKENSAKUさん(中央)は「優しい気持ちを持って人に接すれば世界は変わる」と呼び掛けた。DJのKAISEIさん(右)は子どもへの配慮から差別的な表現などが歌詞に含まれない選曲で大会を演出

メイクやファッションも魅力

 会場で中学生以下女子の部に出場した田上季葵選手(13)=富山県砺波市、出町中学校=と話す機会を得た。5歳でヒップホップダンスを始め、11歳からブレイクダンスに取り組んでいる。6歳から6年間続けた柔道のおかげで体幹が鍛えられ、ブレイクダンスに役立っているそうだ。

「指導もオンラインで受けられるので、ほかのスポーツよりも取り組みやすいと思います。アイラインをつけたり、目元にラメを入れたりとメイクやファッションもブレイクダンスの魅力です」

 田上選手は「勝ち上がっていくためには毎回、同じパフォーマンスをするのではなく、多くのことができる選手が有利である」と話した。できる技を増やしていくことが個々のレベルアップなのだという。

富山県射水市にある「CHASE Gym(チェイスジム)」に通い、草野さんの指導を受ける田上選手
富山県射水市にある「CHASE Gym(チェイスジム)」に通い、草野さんの指導を受ける田上選手

 田上選手の指導にあたるのは、大会を主催するNPO法人「日本ブレイクダンス青少年育成協会」(金沢市)の代表理事、草野真澄さん(41)=金沢市=。全国大会で決勝に進んだ6人のうち4人が草野さんの教え子だった。北陸のブレイクダンス人気に火を付けた草野さんに大会開催までの経緯やキャリアについて聞いた。

 草野さんら協会関係者は2020年春から全国大会開催に向けての話し合いをスタートさせていた。子どもを対象とした大会はすでにいくつかあったが、開催地はほとんどが都市部でオープン参加。そこで地方の関係者から「各地の子どもたちが出場しやすい大会も必要」という声が挙がっていた。

「コロナ禍によりオンラインによるコミュニケーションが普及したことを受けて、映像による選考を実施する方法を検討しました。ほかのスポーツだと相手が目の前にいなければ試合は成立しませんが、ダンスなら映像で勝負することも可能です。予選会場を借りるコストも削減できて、新型コロナウイルスの感染拡大も防止できるので一石二鳥です」

「日本ブレイクダンス青少年育成協会」を立ち上げ

 全国大会の開催準備を進める過程で2021年3月、「日本ブレイクダンス青少年育成協会」を立ち上げ、草野さんは代表理事に就任した。協会では指導者の育成も目標に掲げ、認定資格制度を設けている。

「日本ブレイクダンス青少年育成協会」のホームページ
「日本ブレイクダンス青少年育成協会」のホームページ

「ブレイクダンスは危険を伴うスポーツなので、安全性を担保した上で普及を図るためには研修や資格審査によって指導者の質を上げる必要があります。また、我流の指導でけがをさせるようなケースによって『ブレイクダンスは危ない』と批判されても、資格を持っていたら『うちは安全です』と言って指導できます」

2004年、英国の世界的な大会で4位

 草野さんはかつて世界のトップレベルで戦うダンサーだった。ただし、小学校から通った一貫校のPL学園(大阪)では、中学・高校で柔道に励んだ。PL学園は野球・剣道・バトントワリングの強豪校で、野球部の同級生は松坂大輔投手を擁する横浜と延長17回の死闘を繰り広げたメンバー。「柔道部は弱くはないけど全国区ではなかった」と話す草野さんは高校で2段を取得し、主将としてチームをまとめた。柔道部を引退した後でブレイクダンスを始め、のめり込んだのは金沢工業大学に進学してからだ。

 石川県で当時、ブレイクダンスの第一人者だった宮山博史さんに弟子入りを志願し、学生日本一を決める大会で2連覇するまでになった。卒業後は大阪に住んでアルバイトをしながら競技を続け、2004年に英国で行われるブレイクダンスの世界的な主要大会の一つ「UK B-boy Championships」に出場し、4位と健闘した。

 「UK B-boy Championships」の北陸予選で活躍する草野さん(本人提供)
「UK B-boy Championships」の北陸予選で活躍する草野さん(本人提供)

大会後に記念撮影する草野さん(本人提供)
大会後に記念撮影する草野さん(本人提供)

「音楽を聞きながら体を動かすことが好きでブレイクダンスを始め、独学で楽しんでいました。一つ一つの技を習得していくのが面白く、ほぼマスターしたら大会に出て勝つことが喜びになりました」

 ちなみに現在、日本のトップは半井重幸選手(20)=ダンサー名:Shigekix(シゲキックス)=である。ソロで争う世界最高峰の大会「Red Bull BC One」を歴代最年少となる18歳で制し、2018年にユースオリンピックで銅メダルを獲得した。草野さんは半井選手が幼いころから交流しており、「彼はパリ五輪の金メダル候補。活躍によってブレイクダンスの面白さを社会的に認知してもらうチャンスになる」と期待を寄せている。

第3回全日本ブレイキン選手権BBOYオープン決勝の半井重幸選手
第3回全日本ブレイキン選手権BBOYオープン決勝の半井重幸選手写真:YUTAKA/アフロスポーツ

 25歳で両親が住む石川県内にUターンし、ダンス教室を始めたが簡単に生徒は増えなかった。一時は一般企業に就職。別の教室で講師をしながら指導のスキルを磨き、2017年に会社を立ち上げて子ども向けの教室を拡大していった。現在、教室は石川・富山・福岡の3県に6カ所あり、生徒は416人。指導スタッフは自身を含め17人である。

「選手時代、大けがをしたことはありませんでした。柔道で培った受け身と体幹の強さのおかげだと思います。20代前半はアルバイトをしてお金を貯め、ずっとダンス中心の生活で、今、振り返ると無駄だったと思うような練習もしました。しかし、遠回りした経験が指導に役立っています」

 初級クラスでは基礎を徹底して教える。ただし、1時間ぶっ通しで踊るのではなく、合間にブロックで遊んだりカードゲームをしたりする時間を設けている。反復練習で子どもの集中力が途切れないための工夫である。

練習の合間にブロックで遊ぶ子どもたち
練習の合間にブロックで遊ぶ子どもたち

ブレイクダンスは争いをなくすための平和活動

 ブレイクダンスをする子どもたちを「B-boy」「B-girl」と呼ぶ。全国大会では相手を威嚇するようなパフォーマンスも見られ、「非接触の格闘技」のような印象を受けた。草野さんによると、ブレイクダンス発祥の地は米国のニューヨーク、サウスブロンクス地区。1970年代、ストリートギャングの縄張り争いによって多くの命が失われていたことから「暴力でなく音楽で勝負しよう」と当時、DJだったギャングのボスの1人が提唱したことによって広まった。

「エネルギーをダンスにぶつけ、向き合って踊るバトルという形が生まれました。ブレイクダンスはそもそも、争いをなくすための平和活動として行われました。暴力に頼らないコミュニケーションを学ぶスポーツです」

 荒々しい動作がある反面、演技中の相手の帽子を持ってあげている選手もいた。試合後は並んで礼をして健闘をたたえ合いながら退場した。教室で草野さんは柔道で培った礼儀作法を教え、教室では上級生コーチ2人が後方で下級生をサポートするなど、子ども同士が関わりながらレベルアップできるように導いている。ブレイクダンスを「新時代のスポーツ」と思っていたが、指導の本質は武道を習う町道場のように見えた。

「2014年から体育にダンスが加わり、高校に部活動や大学のサークルなどが増えた」と話す草野さん。ダンス文化の広がりを実感している
「2014年から体育にダンスが加わり、高校に部活動や大学のサークルなどが増えた」と話す草野さん。ダンス文化の広がりを実感している

コミュニケーションスキルを得られる

 草野さんにあらためてブレイクダンスの意義を問うと、「ダンスを通じて人生が豊かになること」という言葉が返ってきた。

「ブレイクダンスの魅力は、音楽性、体を動かすスポーツとしての面白さ、平和運動という文化的要素、それからグループ・ソロと多様な戦い方を通じてマルチなコミュニケーションスキルを得られることだと思います。これらを体得できれば将来、どんな道に進んでも学んだことを生かせるのです」

 コロナ禍はスポーツ界に打撃を与えているが、ブレイクダンスにおいてはむしろ追い風。休校で学校での体育やスポーツ活動が自粛を強いられる中、習いごととして始める子どもが多い。オンラインでのコミュニケーションを味方に付け、B-boy、B-girlは北陸で今、急増中である。

「動画投稿アプリ『TikTok(ティックトック)』でダンスに親しむ機会が増えていることもダンス人気の一因。石川ではブレイクダンス人口が増えている」と語る草野さん
「動画投稿アプリ『TikTok(ティックトック)』でダンスに親しむ機会が増えていることもダンス人気の一因。石川ではブレイクダンス人口が増えている」と語る草野さん

草野 真澄(くさの・ますみ)1981年1月生まれ。PL学園高校(大阪)、金沢工業大学卒。高校時代から独学でブレイクダンスを始め、大学では学生の全国大会のソロバトルで2連覇。2004年には「UK B-boy Championships」の日本予選で優勝し、英国で行われた本大会で4位となった。日本代表チームとして韓国にも遠征。2017年にブレイクダンスとヒップホップダンスの教室を運営する「AION」アイオンダンスカンパニーを立ち上げて代表に就任。石川・富山・福岡県内に6教室を展開し、NPO法人「日本ブレイクダンス青少年育成協会」代表理事を務める。

※クレジットのない写真は筆者撮影

※日本ブレイクダンス青少年育成協会

https://www.jbyda.com/

※日本ダンス連盟公式サイト

https://breaking.jdsf.jp/whats-breaking/

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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