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北京パラリンピック旗手を務めるスキー距離の川除大輝選手 「レジェンド」の背中を追って成長

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
北京パラ開会式で旗手を務めるスキー距離の川除大輝選手(日立ソリューションズ提供)

 3月4日に開幕する北京冬季パラリンピックの開会式で、ノルディックスキー距離男子立位(スタンディング)の川除(かわよけ)大輝選手(21)=日立ソリューションズJSC、日大=が日本選手団の旗手を務める。2018年に17歳で臨んだ平昌大会がパラリンピック初出場、北京大会でも活躍が期待されている。長野大会以降、7度連続出場となる「レジェンド」の新田佳浩選手(41)=日立ソリューションズ=を追って成長を続ける川除選手が歩んできた道のりとは? 本人と地元・富山の指導者に話を聞いた。

2019年に世界選手権とW杯で優勝

 川除選手は2019年の世界選手権やワールドカップ(W杯)で優勝経験のある若き実力者である。地元富山市の猿倉ジュニアスポーツクラブ(猿倉Jr.S.C)にいとこが所属していた縁で誘われ、小学1年のころからノルディックスキー競技を始めた。「さまざまな体の使い方を学べるから」と、サッカーなどほかのスポーツにも取り組んできた。中学2年時には北海道で開催されたパラのW杯にオープン参加し、海外の選手やコーチから「すごい」と賞賛を受けて、「こういう選手に勝ちたいという思いが芽生えた」と話す。

2010年8月の「猿倉ローラースキー大会」。手前が川除選手(本人提供)
2010年8月の「猿倉ローラースキー大会」。手前が川除選手(本人提供)

 生まれつき両手足の指の一部がなく、パラの大会では「両上肢機能障害(LW5/7)」の区分でポール(ストック)を持たずに両腕を大きく振って走る。一方で、子どものころからポールを使う一般の大会にも出場してきた。「年齢を重ねて少しずつ握力が付いてきている」と川除選手。ポールの有無は本人にとってどのような違いがあるのか。

「ポールがあることで上半身を使って推進力を得ることができます。パラのために走る練習ばかりをしていると思われがちですが、下半身だけを鍛えてもダメです。ポールを持たないからといって下半身の力だけで走っているわけではなく、上半身と下半身を連動させることが求められます。上半身も鍛えてぶれないように体幹を強化しながら脚力を鍛え、滑りの中でうまく全身の力が発揮できるようにトレーニングしています」(川除選手)

一般とパラのレース「どっちもやりたい」

 ポールを持つ・持たないという、ある種の「二刀流」で競技人生を歩んできた川除選手について、猿倉Jr.S.Cで監督を務める小川耕平さん(43)=富山福祉短大准教授=は「どちらのレースでも毎年、着実にレベルアップしている」と話す。出会いからの15年間を振り返り「高校1年の夏に急成長した。しかし、飛躍の前には葛藤もあった」と明かした。

川除選手の活躍を喜ぶ小川さん(小川さん提供)
川除選手の活躍を喜ぶ小川さん(小川さん提供)

「当時、川除はニュージーランドで行われるパラの日本代表合宿に招聘されていました。お父さんから『行きたくないと言っている』と連絡を受けたのです。本人に話を聞いてみると『これまでハンディを感じることなく、健常者と競技に打ち込んできたのに、パラの合宿に参加することは自分が障害者と認めることになる』と言いました」(小川さん)

 一般とパラのレース、「どっちもやりたい」という川除選手の気持ちを小川さんは尊重しつつ、あえて合宿への参加を勧めた。実際、通常のトレーニングでもポールを持たないで練習することはあり、腕・足の使い方やスキーの滑らせ方など学ぶことは多い。「何より夏場に雪上練習ができることは大きなメリット。デメリットなんて何もない。チャンスだ。考え方ひとつで変わるよ」と伝えると川除選手は納得し、ニュージーランドへ旅立っていった。

 この合宿を契機に川除選手は力をつけ、W杯を転戦し始めた。小川さんは「葛藤からチャンスに目を向け、パラの世界で戦う覚悟を固めていった」と感じた。また、雄山高校時代は全国高校総体にも出場するなど「二刀流」に磨きをかけている。

12年前に「レジェンド」との出会い

 川除選手は距離スキーの名門・日大の学生で、スキー部員として一般の競技会にも出場しているが、「日立ソリューションズジュニアスキークラブ」にも所属し、パラの大会に出場している。「日立ソリューションズ」の大先輩である新田選手との縁をつないだのは、ノルディックスキー距離の競技者時代の小川さんだった。

「学生時代、秋田県で開催された国体に出場した時にトレーニングの途中でしんどくなってコース脇で止まっていたら声を掛けてきたのが新田選手でした。友人として交流が始まり、『猿倉Jr.S.Cでもパラで頑張っている子がいるから、富山で体験を語ってほしい』と言ったら快く来てくれました。バンクーバー大会で獲得した金メダルを川除の首にかけてくれたんです」(小川さん)

バンクーバー大会のメダルを首にかけてもらって記念撮影する川除選手と新田選手(小川さん提供)
バンクーバー大会のメダルを首にかけてもらって記念撮影する川除選手と新田選手(小川さん提供)

 その後、新田選手と猿倉Jr.S.Cの交流は続き、夏場のトレーニングの一環として開催している「猿倉ローラースキー大会」にもしばしば出場した。筆者が取材した2010年8月の講演会では、3歳の時に事故で左前腕を失い4歳からスキーを始めたことを語った後、子どもたちに「手が不自由な自分が靴ひもを結ぶにはどうしたらいいか」と質問。工夫することの大切さや「人に協力を求めてもいい」ということ、支援に感謝する姿勢を伝えていた。この時、参加した子どもの中に小学3年生の川除選手がいた。その後、「レジェンド」の言葉にずっと耳を傾けてきた1人である。

「初めて会って以来、ずっと尊敬しています。ただし、質問しても『こうすべき』という具体的な示唆を得られるわけではありません。ヒントをくださいます。それは自分で考えて答えを見つけるためのアドバイスです。とてもありがたいです」(川除選手)

平昌五輪で4×2.5ミックスリレーに出場した川除(右端)・新田(左端)両選手
平昌五輪で4×2.5ミックスリレーに出場した川除(右端)・新田(左端)両選手写真:アフロスポーツ

 小川さんは新田・川除両選手の競技人生を見てきて、「北京大会では新旧エースのバトンが継承される」と感じている。両者にエールを送りつつ、言葉からは新田選手へのねぎらいの思いがあふれた。

「引退を表明している新田選手にとって北京大会は集大成の舞台となるでしょう。2大会連続のメダル、狙ってほしいです。一方で川除という新たなエースが育ってきてくれたから『これから、世界タイトル獲得は頼む。安心して見ていられるよ』と思っているのではないでしょうか。川除も後継者としての自覚が強くあるはず。新田選手の背中を追いかけ、越えて走り続ける強い気持ちを感じます」(小川さん)

五輪、パラリンピックの北京大会に出場する選手がオンラインでつながって参加した猿倉Jr.S.Cの激励会(小川さん提供)
五輪、パラリンピックの北京大会に出場する選手がオンラインでつながって参加した猿倉Jr.S.Cの激励会(小川さん提供)

 新田選手が12年前に富山の猿倉Jr.S.Cでまいた種は、後継者となる選手を生み出し続けている。川除選手は日の丸を背負う選手となり、岩本美歌選手(18)=北海道エネルギーパラスキー部、雄山高=は川除選手を追って競技を始め、今回の北京大会に出場する。先に行われた北京五輪では川除選手の幼なじみ、廣瀬崚選手(21)=早大=が奮闘した。

川除選手「期待されているからこその旗手」

 川除選手は2月15日から標高の高い北京のコースに合わせて長野で合宿を積み、24日には東京都内で行われた日本選手団の結団式に臨んだ。

「期待されているからこそ、旗手を任されたと思います。プレッシャーをはねのけて成績を出せれば、国内外にパラリンピックやクロスカントリースキーをアピールできるはず。今、持っている力を出し切ることが何より大切です。1種目でもいいのでメダルを取りたいと思います」(川除選手)

日本選手団の結団式で団旗を手にする川除選手
日本選手団の結団式で団旗を手にする川除選手写真:西村尚己/アフロスポーツ

 小川さんによると、これまで川除選手は取材で見出しになるような発言を避けるタイプだった。理由をたずねると「もちろんメダルを目指しているけれど、言いたくはない。だからといって狙ってないわけではない」と言った。しかし、北京大会を前にあえて「メダルを取りたい」と宣言した。日本選手団の旗手として、ノルディックスキー距離の新エースとして、期するものがあるのだろう。

小川さん「メダル獲得の可能性は高い」

 あらためてクロスカントリースキー競技について紹介しておく。距離に応じてスプリント・ミドル・ロングに分けられ、スキー板を平行に動かすクラシカルと、逆ハの字のフリーの種目がある。パラ競技ではこれに加えて「スタンディング(立位)」、「シッティング(座位)」、「ビジュアリー・インペアード(視覚障害)」のカテゴリーがあり、障害の種類と程度に応じた係数(最大100%)を実走タイムに乗じて順位を決定する。川除選手の場合はタイムに79%をかけた値で争われる。

 スプリント・ミドル・ロングそれぞれのレースがフリー・クラシカルのいずれで開催されるかは大会ごとに変更され、北京大会はスプリント・ミドルがフリー、ロングはクラシカルとなっている。川除選手は個人全3種目への出場が確定しており、小川さんの見解では「フリーの方が力を発揮できる」とのこと。3種目中2種目がフリーの今大会、メダル獲得の可能性はより高いと予測する。リレーメンバーは直前に決まるので川除選手は「選ばれるように頑張る」と話した。

2019年3月、札幌で開催されたW杯で力走する川除選手(日立ソリューションズ提供)
2019年3月、札幌で開催されたW杯で力走する川除選手(日立ソリューションズ提供)

 今季のW杯ではまだ表彰台に上がっていないが、川除選手は地元の後輩に向けて「結果が出ず悩むことがあれば、経験を積んでいると思うようにしている」と語った。後になって「あの経験があったから今になって成長できた」と思うことがあったからだ。北京大会を前に、あらためて競技の魅力をたずねると、次のように語った。

「クロスカントリースキーは1人で黙々と滑るもの。寒い中で長時間走り抜く大変な競技ですけれど、その中で楽しみを見つけて続けてきました。時々、美しい景色を見て『(競技を)やっていてよかった』と感じることがあります」(川除選手)

 12年にわたるパラリンピックのノルディックスキー距離男子の新旧エースをつなぐ物語。2人は北京大会でどんな景色を見ることができるのだろうか。

「憧れの新田選手、今は一緒に戦うライバル」と語る川除選手(日立ソリューションズ提供)
「憧れの新田選手、今は一緒に戦うライバル」と語る川除選手(日立ソリューションズ提供)

川除 大輝(かわよけ・たいき) 2001年2月生まれ、富山市(旧大沢野町)出身。大沢野小1年から猿倉Jr.S.Cで競技を始め、大沢野中、雄山高と進み、現在は日大3年生で、スキー部員。2015年より、日立ソリューションズジュニアスキークラブに所属。健常者・パラ双方の全国大会に出場。障害区分は両上肢機能障害。パラ競技においては2015-16年シーズンのアジアカップで海外大会デビュー、18年平昌パラリンピックに出場し、混合リレーで4位に入賞した。18-19年シーズンは、W杯フィンランド大会のミドル・クラシカルで初の表彰台となる2位。世界選手権カナダ大会でロング・クラシカル優勝。W杯札幌大会でミドル・フリーを制し初優勝、このほかジャパンカップとして開催された20-21年シーズンの札幌大会におけるミドル・フリーとショート・フリーで優勝。今季は昨年12月のW杯カナダ大会の3種目で入賞を果たしている。161センチ、55キロ。

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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