木と岩絵の具の質感を作品に 日本画家・吉田沙織さんが描く有機物の美
日本画家・吉田沙織さん(35)=富山県南砺市=の作品は、ベニヤ板の木目を筆でなぞり、その上に岩絵の具を塗って木目を消した後、また木目をなぞるという方法を繰り返す独自の表現が特徴である。例えば真珠が原材料の絵の具で「pearl(パール)」という作品を描くなど、絵の具から着想を得ることもある。西田美術館(同県上市町)で開催中の企画展「喪失して尚(なお)、混在する。mixed with loss.2011-2021」の会場で、創作や作品に込めた思いを聞いた。
故郷・南砺市にアトリエ
―――紙に描くのではないのですね。布を使った作品もあります。画材や技法など、独特の表現技法について教えてください。
日本画はアク止めを塗ったベニヤ板に紙を貼り、そこに描きますが、私は紙を貼る前の板に絵の具を載せていきます。木目を細い筆でなぞり、その上に岩絵の具を流して、再び木目をなぞる作業を繰り返します。故郷の富山県南砺市でアトリエを構え、1年間ほど試行錯誤して、この表現方法にたどり着きました。
この方法で描いた初期の3作品は現在、長野県茅野市の康耀堂美術館にあります。3作それぞれにタイトルが付いています。その後、スタートしたこのシリーズは「喪失して尚、混在する。mixed with loss.」というタイトルに番号を付けた作品群となっています。
自然界にあるものを原料に
――岩絵の具はどのような特徴があるのでしょうか。
画材屋に行くと同じような色でも10種類以上の絵の具があり、それらをにかわと水に溶いて使います。日本画の絵の具はほとんどが自然界にあるものを原料としています。天然の色ならではの風合いがあり、質感も独特です。塗り固めると厚みが出ます。
原料が絵の具と同じ色をしているものもあれば、違うものもあります。クジャク石はそのまま緑色が出ますが、焦げ茶色のコチニールは赤紫のような深みのある色になります。今回の展示では、中央に二つの部屋を設けました。一つを「原始の間」とし、絵の具の原材料を展示しています。パールやサンゴ、クジャク石、水晶など。作品と石などの天然物の色の違いをご覧ください。
絵の具から作品を想起することもあり、「pearl」という作品は真珠、「crystal(クリスタル)」は水晶を使っています。こういった創作の手法は、日本画より、むしろ彫刻に近い考え方ではないかと思っています。
「見えないけれど、確かにある存在」を描く
――個展のタイトルでもあるシリーズ「喪失して尚、混在する。mixed with loss.」は21点に及ぶ連作です。どのようなテーマを描いているのでしょうか。
見えないけれど、確かにある存在。そこにある何かを意識したものです。例えば人が座っていて、その人がいなくなっても温もりが残っているとか、光と影や風がある場所で置かれたものに触れてみると温度があるとか。
また、作品を描くにあたっては水を多用しています。水は雪になったり、蒸発して気体になったりと、いろいろなものに状態を変えています。見えなくなってもそこにあるということ。身近にあるもので消えていくものの存在を追いかける。そういった思いで制作しています。
――「見えないけれどそこにあるもの」とは、霊魂とか命みたいなものでしょうか。
昔からアニミズム(すべてのものの中に霊が宿っているという考え方)とか、いろんなものに命が宿っているという感覚を大切にしていました。日本画の絵の具はほとんどが自然界のものを生かして作られています。自然素材の質感を生かして画材として用いることで、有機物としての美しさがそのまま作品の持ち味になっています。
日本文化に触れながら大学生活を
――ライフストーリーについてお話しください。
南砺市旧福光町の出身です。棟方志功ゆかりの土地柄であり、版画(棟方の場合は板画)も盛んで、小学2年生の時に木版画のコンクールで賞をもらった思い出があります。小学6年生までは洋画をやっていました。その後、日本画を学びたいと思うようになり、そのためには日本古来の文化に触れながら過ごしたいと、京都の大学を選びました。
京都造形芸術大に進み、学部生時代は日本画を、同大大学院では空間での照明の当て方などについても学びました。大学院を修了後、2011年に故郷にUターンし、母方の祖父母宅の倉庫をアトリエとして創作活動を始めました。
――Uターン後10年目の節目となる企画展「喪失して尚、混在する。mixed with loss.2011-2021」は、どんな意味を持つのでしょうか。
今回、展示したのは2011年以降に制作した45点です。西田美術館から(企画展開催の)お声かけをいただいた際、会場の壁面は白でしたが改修工事を経て赤色になりました。当初のイメージとは違った作品の見え方になった気がします。また、角度を変えたり、動きながら見たりすることで何が見えるかも感じていただきたいと思います。
「10年後はまた、違う作品を」
西田美術館がロシアのイコン(キリスト、聖母、聖者たちの像などを描いた礼拝用の画像)をコレクションしていることから、祈りをテーマとした仏像を描いた作品も展示することにしました。今後については「10年後はまた、違う作品を発表したい」という思いです。
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「喪失して尚、混在する。mixed with loss.2011-2021」は、西田美術館が若手作家をバックアップするシリーズ企画「ARTBOX」として開催されたものである。
吉田さんの作品に触れ、自然の風景を描いたわけではないが、緑色の作品は森の中を歩いているような印象を受け、青と白の顔料を使った作品は海辺のような雰囲気を感じた。「身体で見る絵画」というテーマで創作しているとのこと。五感を研ぎすまされる作品群をどうぞ。企画展「喪失して尚、混在する。mixed with loss.2011-2021」は3月7日まで。
吉田 沙織(よしだ・さおり) 1985年5月生まれ。富山県南砺市出身。京都造形芸術大美術工芸学科日本画コースを経て、2011年に同大大学院芸術表現専攻修了。在学中は菅原健彦氏、藤本由紀夫氏、名和晃平氏らに師事し、ベルギーへ短期留学も。同年から故郷を拠点に創作活動を続け、富山・京都・東京など各地で個展・グループ展を開催。2014年には将来を担う美術家を顕彰する「上野の森美術館大賞展」で優秀賞に選出された。
※写真は筆者撮影(一部、西田美術館提供)
※西田美術館ホームページ