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被害者の苦悩を「他人事」と思わないで 映画『女を修理する男』から考える性暴力

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
性暴力を語るアフリカ研究者・大平和希子さんと産婦人科医・種部恭子さん(筆者撮影)

 2018年、コンゴ民主共和国(以下、コンゴと表記)のデニ・ムクウェゲ医師とイラクのヤジディ教徒ナディア・ムラドさんがノーベル平和賞を受賞したことで、紛争地における性暴力被害の実態が明らかになった。一方、日本でも性暴力はある。内閣府男女共同参画局「男女間における暴力に関する調査」報告書(2017年12月)によると、「無理矢理性交された経験を持つ女性」は7.8%である。

 そして紛争地と日本、いずれにおいても泣き寝入りするケースは少なくないのだ。世間体を気にしたり、報復を恐れて届けなかったり……。被害者が二重三重に苦しむ点で、問題は共通している。

 ムクウェゲ医師の活動を描いたドキュメンタリー映画『女を修理する男』を観て性暴力について考える上映会が2月9日、富山市の富山大学五福キャンパスで開かれた。上映後に東京大大学院でアフリカ研究を続ける大平和希子さん(35)と性暴力被害女性の医療支援を続ける産婦人科医の種部恭子さんが対談し、「他人事でなく “自分事”に」と被害者への理解を呼び掛けた。コンゴと日本における性暴力の背景には何があるのか? お2人のトークから読み取っていただきたい。

コンゴ共和国の性暴力について解説する大平さん(筆者撮影)
コンゴ共和国の性暴力について解説する大平さん(筆者撮影)

 大平 紛争地の性暴力被害を訴えてきたことについてムクウェゲさんは、「世界の無関心との戦いだった」と言っています。性暴力は紛争地だけに起こっているわけではなく、日本にもある。ここ富山を拠点に被害者救済へ力を注いでこられた種部先生の思いと、ムクウェゲさんの心情には共通点があります。

 種部 性暴力は遠いところで起こっていると思われがちですが、救いを求めて来る人は後を絶ちません。そして無関心なのは一般の方だけでなく、医師さえもそう。なぜなら産婦人科の教科書に、性暴力を受けて予期せぬ妊娠をした人にどう接するべきかは書いてなかったからです。性暴力が起こる背景は、コンゴと日本で異なりますが、共通点もある。それを考えたいと思います。

 大平 『女を修理する男』を観るまで、私は無知でした。なぜなら性暴力は、性欲を満たすために行われると思っていた。しかし紛争地では「兵器」の意味を持っています。鉱山があるコミュニティーを恐怖で支配する。これまで60万人もの人が被害に遭ってきました。「性的テロリズム」です。では、紛争地ではない日本で性暴力は、なぜ起こるのでしょうか?

「支配するため」という点では、日本も同じ

 種部 「支配するため」という点では、日本も同じです。パートナーからの性暴力もある。支配することで欲求を満たそうとすれば、恋人や配偶者も加害者になります。日本では他者に相談できた被害者がわずか10%。加害者が罰せられるまで訴え続けた人は少ない。内閣府の調査によると、20歳以上の女性で、過去に1回以上望んでいない性交経験があるのは7.8%です。

 大平 「支配」がキーワードですね。コンゴは鉱物資源が豊かです。私たちが日常的に使用するスマートフォンやパソコンなどの小型機器には、タンタルやタングステンといった鉱物が欠かせませんが、これらの多くはコンゴ東部に埋まっているとされ、その利益を得るために武装勢力は鉱山一帯を支配しようとしました。恐怖によって制圧しますが、殺すのでなく性暴力で支配し、時には住民を鉱山で働かせるというケースもあります。

 種部 日本の場合は被害者に聞くと、加害者が見知らぬ人である場合は11%、残りは知っている人だといいます。あらがうことができない人から、暴力を受けているのです。例えば職場などで。セクハラやパワハラは、支配する側とされる側という関係から生まれる暴力です。被害者には職を失う不安がある。男女間に限ったことではありません。そして、映画はショッキングでした。「鉱物を搾取する国」という視点では、私たち先進国も支配する側だということなのですね。

 大平 「支配したい」というマインドが、なぜ生まれるのか。考える必要があります。映画の最後のシーンが印象的でした。美しいコンゴでなぜ、こんなことが起こるのでしょうか。コンゴでは20年近く紛争が続いており、暴力が当たり前の社会です。教育現場や家庭・地域において安心して倫理観や道徳を育むことができない現状があります。日本ではどうでしょうか?

被害者が声を上げにくい日本の現状について話す種部さん(筆者撮影)
被害者が声を上げにくい日本の現状について話す種部さん(筆者撮影)

 種部 コンゴでは、命の危機を感じながら成長していかざるを得ないのですね。「暴力で支配できる」と学んでしまっている。性加害をした男性に「どうしてそういうことをしたのか」と聞くと、ポルノの影響が少なくありません。性は本来、生きるために大切なもの。心豊かに育つために必要であり、学ぶ機会が要ります。しかし、日本では適切な年齢で、きちんと学ぶことができていない。ポルノから学んだ支配的な性が普通だと思ってしまっています。そして恋人や結婚相手にそれを求める。性教育の不備が性暴力を生んでいます。

 ではポルノはどうやって作られているのか? 製作現場には「搾取する側」と「される側」という関係があります。自信のない女の子を甘言でだまし、契約書にサインさせ、アダルト動画に出演させる。また、映像表現では、女性が怖がっている動画の方が売れるという現状がある。性交渉は対等であるべきなのに、上下関係やハラスメントが当たり前と誤解してしまう内容なのです。ポルノが現実だと思ってしまい、それを学び直す教育機能がない。残念です。日本の性暴力において武器は使われないけれども、情報で支配されていることにおいては深刻です。

コンゴでは加害者の不処罰が課題

 大平 映画の中で重要な課題として、性暴力の加害者が不処罰だったことが描かれています。弁護士はヘラヘラ笑っているし、裁判官もやる気があるのか、ないのかわからない様子でしたよね。何百人も殺傷し、何十人もの女性をレイプした加害者が5年の実刑判決を受け、4カ月足らずで出所していたりもする。これがコンゴの現実です。

 種部 日本には司法制度があります。「強姦罪」という法律が2017年に改正され、男性も被害対象に含める「強制性交等罪」となりました。刑法が110年も改正されず、明治からの法律がそのまま使われていた。だから改正は画期的です。また、「監護者わいせつ罪」及び「監護者性交等罪」が新設されたことも重要です。監護者とは離婚当事者の一方などを言います。父親の場合が多い。彼らから性的虐待を受けた子は傷がなくても罪が成り立つことになりました。

 ちなみに、私たちは被害者が性交したときに受けた傷などを探します。それを証拠とすることで加害者を罰せられるからです。しかし時間が経過した後では傷がなくなっていることもある。だからなかなか立証するのは難しいのです。また、「殺されては困るから」と抵抗しない場合もある。ですので強制的に性行為を行われたことを立証できないケースもあります。

 これまで相談するところは警察しかありませんでした。しかし警察に相談して、いきなりパトカーが来たら困ります。現在では、全国に性犯罪・性暴力被害者のためのワンストップ支援センターができています。まずここに相談することで、被害者は対策を自分で決めることができます。性暴力の被害者は支配されていた状態から自由になります。そして、加害者を罰するのか、それとも他のやり方を選ぶのかを自分で決めることができるのです。

対談を通じて来場者に「性暴力を他人事でなく“自分事”に」と呼び掛ける大平さんと種部さん(筆者撮影)
対談を通じて来場者に「性暴力を他人事でなく“自分事”に」と呼び掛ける大平さんと種部さん(筆者撮影)

 大平 明治時代の法律が今日まで存続していたとは、驚きです。

 種部 しかし、積み残しはいっぱいあります。例えば13歳以上なら性交に同意できると認められている。「本人が同意した」と言うと、犯罪にならないのです。しかし、中学生が性行為を理解した上で同意するでしょうか。また性暴力を受けて年月が経ってから罰してほしいと言っても時効になってしまっています。これも課題です。被害者に対して「汚れた」などの偏見の目で見られる風潮を変えていくことで、被害を訴えることへの抵抗感は軽減されるはずです。法律が変わったのは、司法に関わる女性が増えたことが大きいでしょう。しかし、「積み残し」の課題をクリアするには、まだ100年以上かかるかもしれません。

 大平 変わらないと思っていたことが、日本では少し変わった。コンゴの女性にとってもそれを知ることで勇気になるでしょう。ムクウェゲさんも法的な支援は必要だと言っています。映画の中で、被害者女性に語りかける姿がありましたよね。「あなた達は悪くない」と。こういうことがすごく大事だと思います。仮に13歳の女の子が性行為をして妊娠をすると、彼女を責める声が上がるかもしれません。母親が服装の露出度を責めたりするとか。そうすると子どもは何もできなくなる。被害者女性が声を上げるための環境を作るべきではないでしょうか。

「あなたは悪くない」と言ってあげて

 種部 映画で被害者の母親が「あなたが悪い」と言っているシーンがありましたね。「コンゴの女性でもこうなのか」と思いました。最初に相談した人に「何で抵抗しなかったの」などと言われてしまうと、トラウマになります。最初に相談する人の対応によって、被害者の人生は変わります。今日、ここに参加してくださった皆さん、もし身の回りに性暴力被害者がいたら「あなたは悪くない」と言ってあげてください。

 高校生に「短いスカートを履いているのが悪い」などと言うのはいけないですし、シングルマザーだと「短時間で収入を得て、子どもと過ごす時間が欲しい」と性風俗の業界で働く人もいる。「何でそんなとこで働いているの」と言われると傷つきます。また、客からの要求を拒絶できない。搾取する側・される側の関係があります。どんな状況で性暴力を受けたとしても、「悪くないよ」と言ってあげてください。まずは女性が自信を持てるようにすることが大事です。

 大平 その通りですね。身近なところに性暴力があると思っていただきたい。多くの人が暴力を受けている社会は間違いです。だからこそ想像力が必要です。「他人事でなく“自分事”に」してください。意識が変われば、現状は変わっていきます。無関心を変えていくにはどうしたらいいのか。情報が発達したこの時代に「知らなかった」とは言えません。自分たちが社会を変える力になるのです。

 種部 本日は200人もの方が来てくださいました。大きな力になったと思います。

 大平 この映画に私が惹かれたのはアフリカの研究者であり、かつ過去に性暴力被害を受けた経験があるからです。最後に2016年6月、ムクウェゲさんが来日された時のメッセージを紹介します。「こんなに遠い日本にコンゴの女性を応援してくれる人がいることを知った。何よりも重要なのは1人ではないということ。日本に来て分かった。コンゴ人女性が平和を手にするまで戦います」。ここに200人集まってくださったこと、ムクウェゲさんへお伝えしたいと思います。

2016年10月、来日したムクウェゲ医師と記念撮影する大平さん(大平さん提供)
2016年10月、来日したムクウェゲ医師と記念撮影する大平さん(大平さん提供)

 ドキュメンタリー映画『女を修理する男』(The Man Who Mends Women/副題:The Wrath of Hippocrates) コンゴ民主共和国・南キブ州のブカブに「パンジ病院」を設立し、性暴力被害女性の治療に当たってきたデニ・ムクウェゲ医師の活動を紹介したドキュメンタリー。コレット・ブラックマンの著作をもとにベルギーで製作され、2015年に公開された。監督はティエリー・ミシェル。ムクウェゲ医師は暗殺未遂などの試練を乗り越え、医療だけでなく心理的ケア、司法的な手段を通して、性暴力被害者を献身的に治療する。加害者の不処罰の問題、「紛争鉱物」を搾取する実態は深刻だが、試練の中で希望を見いだす女性のたくましさと、コンゴの美しい自然が救いとなっている。「コンゴの性暴力と紛争を考える会」を主宰する立教大学特定課題研究員の米川正子さんらの尽力により日本語訳が付けられ、ムクウェゲ医師は2016年10月に初来日した。その際、大平さんはアテンド役を務め、日本語版のDVD製作にも協力した。

※大平さんについては、こんな記事も書いています。

ノーベル平和賞・ムクウェゲ医師のドキュメンタリー映画が発するメッセージとは?

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20181219-00108133/

※種部さんについては、こんな記事も書いています。

【性教育】10代の中絶が少ない富山 出前授業に奮闘する産婦人科医たち

https://news.yahoo.co.jp/byline/wakabayashitomoko/20180713-00088891/

※「コンゴの性暴力と紛争を考える会」ホームページ

http://congomm2016.wixsite.com/asvcc

※映画『女を修理する男』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=HNkuhVkbZ1A

※参考文献

・2018年12月11日付朝日新聞「『暴力にノー、平和にイエス』ノーベル平和賞講演全文」

https://digital.asahi.com/articles/ASLDB53CQLDBUHBI022.html

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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