富山の「やきいも総選挙」 人気1位はシルクスイート
甘く、香ばしい香りにつられて足を止めると、「やきいも」と書かれたのぼりばたが目に入った。富山県内で焼き芋の移動販売を行う松下兼久さん(44)から「よかったら食べて、投票してください」と、複数の品種の焼き芋を勧められた。18種類のサツマイモを使った商品を食べ比べる「やきいも総選挙2018」を年始から1か月間にわたり実施したとのこと。さて、一番人気は?
「やきいも総選挙2018」の“プロデューサー”である松下さん、単なる「焼き芋屋さん」ではない。大学時代は農学部で有機農業を学び、「おわら風の盆」で知られる富山市八尾町で、遊休農地を開墾して農業を営んでいる。落ち葉を発酵させ、その熱で育苗し、有機JAS認定の堆肥を使ってサツマイモを育てている。
こだわりの「つぼ焼きいも」皮が薄く焼き上がり、軟らかい
芋の焼き方にもこだわっている。高さ約80センチ、直径約50センチの素焼きのつぼの中につるし、炭で加熱する。皮が薄く焼き上がるので食べやすく、繊維がほぐれて軟らかく仕上がるのが特徴である。
「つぼ焼きは大正や昭和初期に一般的だった方法です。ガスを使ってたくさんの芋を一気に加熱する石焼き芋と比べて効率は悪いのですが、1時間半から2時間かけてじっくり蒸し焼きにするのでおいしいですよ」
「やきいも総選挙2018」を実施するに至ったのは、凶作が原因だった。十分な収穫量を確保できなかったので全国の産地からいろいろな品種を取り寄せ、18種類のサツマイモを9種類ずつ、A・Bセットとして販売してみた。輪切りにした焼き芋を、特製の箱に入れたセットは、和菓子の詰め合わせのようで好評だ。紫、オレンジなど個性の強い色や、白っぽい黄色など、色の違いを比較できる。「総選挙」の期間中にAセット66箱、Bセット63箱が売れた。
松下さんによると「購入した方は何人かとシェアして食べることが多く、総選挙の参加者数は分からない」とのこと。回答者は圧倒的に女性が多かった。筆者が知人の女性から5、6種類の「おすそ分け」をいただいたように、数人の女性が雑談しながら食べてナンバーワンを決める「投票行動」が一般的だったと思われる。少なくとも数百人が関心を寄せ、投票したはずだ。
1位シルクスイート、2位ひめあやか、3位べにこまち
松下さんは2月上旬に回答を集計し、SNS上で結果を公表した。総合順位は次の通り。
1位 シルクスイート28.5%
2位 ひめあやか23.0%
3位 べにこまち17.3%
4位 べにはるか16.5%
5位 クィックスイート15.8%
6位 からゆたか15.0%
7位 あやこまち12.2%
8位 べにあずま11.1%
安納芋11.1%
10位 太白8.9%
11位 べにきらら7.4%
12位 七福6.7%
13位 魚豚紫6.7%
14位 金時5.1%
15位 紅赤4.6%
16位 おいらん4.2%
17位 パープルスイートロード3.9%
18位 紫娘2.0%
1位の「シルクスイート」は2012年から種苗の販売が開始されたばかりの新しい品種で、「春こがね」に「紅まさり」を交配させて生まれた。焼き芋にすると、水分が多いため、滑らかな食感と甘さが魅力だ。2位の「ひめあやか」は、食べきりサイズで、鮮やかな黄色が美しく、甘みが強い。3位の「べにこまち」は色と形がよくホクホクした食感で筋っぽさがなく焼き芋に向いている。
味の好みは、年齢を重ねると変わる?
松下さんは結果を「『ねっとり甘い系』から『多少甘みが控えめで若干ホクホク系』までがミックスされている」と分析する。ただし、年代ごとの傾向に注目してみると、味の好みが加齢とともに変わることが分かるという。
「概して、どの年代でもシルクスイートが圧倒的に人気です。一番参加者層の多かった30代では、べにはるかが1位で、やっぱり『ねっとり甘い系』が好き。ところが40代になると、多少甘み控えめでちょっとホクホク寄りの好みになってくるのが興味深いです」
市場の動向では10年ほど前から「ねっとり甘い系」の代表格である「安納芋」が毎年じわじわ人気を伸ばしてきた。しかし、総選挙では8位とやや低調である。この結果をどう見るのか?
「『ねっとり甘い系』の流行りに飽きた反動の後は、おそらく今回の結果にも表れたように、『多少甘みが控えめで若干ホクホク系』へと変わっていくのではないかと思います。そういう意味では、焼き芋の未来を見た気がします」
ちなみに多くの品種のもととなり「サツマイモといえば、これ」といわれる「金時」は14位。鮮やかな色が目を引く紫芋の人気はいま一つで、「魚豚紫」の13位が最高。「おいらん」16位、「パープルスイートロード」17位、「紫娘」18位と総じて低かった。生産者には、あくまでも「焼き芋にした場合のおいしさの人気投票」だったことをご理解いただきたい。
こだわって栽培し、焼き上げ、売り方にも趣向を凝らしたサツマイモ……。その先にも、松下さんの深いこだわりがある。収益の一部を、国内外のNPO法人や、NGO団体、自治体、ボランティア団体に寄付しているのだ。支援先はその時々の社会情勢などによって変わる。寄付を検討するにあたり、ベースになっているのは活動に共感できるかどうかである。
松下さんは、落ち葉を活用したサツマイモの栽培から寄付までの一連の活動を「越中芋騒動」と名付け、ホームページやSNSで紹介している。その中で「やきいも総選挙2018」はキャッチーな取り組みであり、目を引く。この結果、松下さんが支援している個人・団体の活動に「焼き芋を購入した人」が関心を寄せる……という効果も生まれている。
売上の一部を社会・地域貢献活動支援へ
松下さんは2015年秋の収穫分を初年度とし、3年連続で焼き芋の移動販売を行ってきた。1年目は売上の15%、2年目は20%、3年目は20%をNPO法人などへの寄付に充てている。「やきいも総選挙2018」が開催された1月の売上は、セット売りとバラ売りを合わせて182,700円あり、この分に関しては売上の30%を地元の通信制高校である星槎国際高校と、富山県の朝日町地域おこし協力隊、NPO法人のフードバンクとやまへ贈る予定である。いずれも次世代の人材育成や地域活性化、環境と食を考える活動などを通じて出会い、「支援したい」と心から思った団体だ。
「単なる焼き芋の販売ではないのです。『焼き芋が未来を変える』という願いを込めて活動しています」と松下さん。聞けば聞くほど奥が深い。丹精して育て、つぼで焼いたサツマイモの味わいは深く、焼き芋を通じた人のつながりも深い。やはり、ただの「焼き芋屋さん」ではなかった。
※写真/すべて筆者撮影
※「越中芋騒動」のホームページ