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失明の危機を乗り越えてFリーグで復活!『激レアさん』出演後の松本光平の現在地と知られざる戦い

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
F2デウソン神戸の主将、松本光平。サングラス姿でプレーしているのには理由がある。

 先週の土曜日、初めてFリーグ(日本フットサルリーグ)を観戦した。会場は東京・葛飾の水元総合スポーツセンター体育館。カードはFリーグディビジョン2、リガーレヴィア葛飾vsデウソン神戸である。お目当ては、神戸の5番、松本光平。金色に染めた髪にサングラス姿という、遠目からでもひと目でわかる出で立ちだ。

「サングラスでなく特殊防護ゴーグルです。元オランダ代表のエドガー・ダーヴィッツが着用してたのと同じものですね。ダーヴィッツは緑内障でしたが、僕も目の怪我で手術をしてから、これを付けてプレーしています。今も右目は見えてないですが、強い光を受けると痛みがあるんですよ。フットサルの会場は、けっこう照明がキツいので、ゴーグルの着用を認めてもらいました」

 そう語る松本は、もともとフットサルでなくサッカーのプレーヤーだった。ガンバ大阪のユース出身(倉田秋の1年後輩)で、トップチームに昇格できなかったのを機に、活躍の場を海外に求める。ニュージランドをはじめオセアニアでのプレーが長く、ヤンゲン・スポール(ニューカレドニア)の一員として、2019年のクラブワールドカップにも「唯一の日本人選手」として出場している。

 しかし2020年、失明の危機に瀕する事故に遭い、手術のために帰国。眼球破裂は免れたものの、右目はほぼ失明状態で、左目もかすかに見える程度。それでも「再びクラブワールドカップの舞台に立つ」ことを目標に、必死のリハビリと自主トレを続けてきた。そして同年12月、かつて所属していたオークランド・シティFC(ニュージーランド)への復帰を果たす。

 この頃のニュージーランドは、コロナ禍の影響を受けて入国制限は極めて厳格。そのため、日本国内でトレーニングを続けていた松本は、クラブワールドカップ開催時に現地合流することになっていた。ところが、2020年のカタール大会と21年のUAE大会は、いずれもオークランドが出場を辞退。一度もプレー機会が得られないまま、松本は2021年末で契約満了となってしまう。

■『激レアさん』がきっかけでFリーグのデウソン神戸へ

神戸では「パワープレー要員」としての役割も担う松本。フットサルのルールを覚えるのには苦労したそうだ。
神戸では「パワープレー要員」としての役割も担う松本。フットサルのルールを覚えるのには苦労したそうだ。

 かくして「再びクラブワールドカップの舞台に立つ」という夢は、いったん絶たれてしまう。それでも松本には「プロフットボーラーとして公式戦に復帰する」という、もうひとつ大切にしていた目標があった。ただし、彼を受け入れてくれるJクラブは皆無。確かに編成が終わったタイミングではあったが、それ以上に「視覚障碍者にサッカーは無理」と判断されたことが大きかった。

 そんな中、松本を迎え入れてくれたのが、Fリーグ2部のデウソン神戸である。きっかけは昨年3月、テレビ朝日系列のバラエティ番組『激レアさんを連れてきた。』での出演。松本光平の存在を、この番組で知った人も少なくないだろう。クラブの代表理事である武田茂広氏も、たまたまこの番組を見ており、これがフットサル転身への後押しとなる。

「武田さんにお会いして、その場で『ウチでチャレンジしないか?』と言われました。ただし、最初は戦力としては期待してなかったみたいです。目に障碍がある選手を獲得することで、その努力する姿がチームに良い影響を与え、さらにクラブの価値も高めていければ、という考えがまずあったようです」

 神戸は今季から、横澤直樹氏を新監督に迎えている。チーム始動の直前になって「視覚障碍がある選手が来る」と聞き、指揮官は面食らったという。それでも松本のプレーをチェックし、きちんと面談をした上で、横澤監督は「戦力として期待できる」と判断。さらに松本をキャプテンにも任命している。

「デウソン神戸には『誠実、献身、挑戦』というクラブの約束があるんですが、それを体現できる選手ということで受け入れてくれたようです。監督からは『俺が責任をとるから必死でプレーしろ』と言われました。キャプテンについては、コイントスができるかどうかが不安だったんです。でもフットサルでは、コインの表裏の色が違うので、それなら問題なし。視力は悪いですが、色の識別はできますから」

■「視覚障碍=全盲=サッカーは無理」という偏見との戦い

ロービジョンフットサルの日本代表強化指定選手でもある松本。「視覚障碍者のサッカー」はブラインドサッカーだけではない。
ロービジョンフットサルの日本代表強化指定選手でもある松本。「視覚障碍者のサッカー」はブラインドサッカーだけではない。

 リガーレヴィア葛飾とのアウェイ戦は、前半0-2で後半1-5、合計スコア1-7の大敗に終わった。唯一のゴールを決めたのは、パワープレー要員として前線に張り付いていた松本。フットサルでのパワープレーとは、劣勢にあるチームが数的優位を作るため、FPがGKのユニフォームを着用して攻撃参加することを意味する。もっとも松本は入団当初、サッカーのパワープレーと勘違いしていたそうだ。

「やっぱりサッカーとフットサルは、ぜんぜん違いますね。球際と走力では強みを発揮できていますが、僕の場合は足裏を使った技術がまだまだ。それとフットサルって、デザインされたプレーが多くて、100種類くらいのパターンがあるんです。それを覚えるのも大変でした。数字で言われたら、すぐに動かないといけないんですけど、最初は変な方向に走ったりしていました(苦笑)」

 それでもコート上の松本は、視覚障碍者とは思えない思い切りのよい動きを見せながら、チームメイトにも的確な指示を出している。かすかに見える左目の視力は0.01。ユニフォームやシューズの色、そしてチームメイトのシルエットから状況を判断しているという。晴眼者の中で、何ら遜色なくプレーする松本の姿は、われわれの固定概念を思い切り覆すインパクトを持っている。

「視覚障碍者のサッカー」といえば、まず思い浮かぶのがアイマスクを付けて行われるブラインドサッカー。ただし、すべての視覚障碍者が全盲ではない。視界の一部が欠けている、ぼやけて見える、濁って見えるなど、その症状はさまざま。そうした全盲でない視覚障碍者がプレーする、ロービジョンフットサルという競技もある(ちなみに松本は、ロービジョンフットサルの日本代表強化指定選手でもある)。

「視覚障碍者でFリーグに登録しているのは、今のところ僕だけ。Fリーグと出会うことができたのは、目を怪我したおかげだと思っています。ここでの出会いには本当に意味があったので、プレーの場を与えられたことへの恩返しはしたいですね。そしていずれは、視覚障碍のあるプロサッカー選手として、再び公式戦のピッチに立ちたい。それが、フットサルを始める前からの変わらない、僕の目標です」

 視覚障害イコール全盲ではないし、サッカーは無理というわけでもない──。松本光平の挑戦は、そうした思い込みや偏見との戦いでもあるようにも感じられる。Fリーグは今週末で最終節。デウソン神戸は2月5日、ホームのグリーンアリーナ神戸で、マルバ水戸FCと対戦する。松本のプレーが見られる、今季最後のチャンス。地元の方は、ぜひ会場に足を運んでみてほしい。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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