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ついに決定したキング・カズの移籍先 鈴鹿というクラブとJリーグへの影響を考える

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
2017年の開幕戦で50歳の誕生日を迎えたカズ。5年後も現役を続けることに。

 2022年1月11日11時11分、キング・カズこと三浦知良の鈴鹿ポイントゲッターズへの期限付き移籍が発表された。つねに現役であろうとする、いかにもカズらしい決断だと思う一方で、今回の移籍は「ひとつの時代の終わり」を感じさせるものでもあった。

 どこからかオファーがある限り、プロフットボーラーは現役のまま、またひとつ年齢を重ねる。2月26日に55歳となるカズは、今年も現役生活を続けることとなった。ただし、今回の移籍先はJクラブではなく、トップリーグから数えて4部に当たるJFL。期限付きとはいえ、カズがJリーガーではなくなくことの意味は、決して小さくない。それゆえの「ひとつの時代の終わり」なのである。

 本稿は、宇都宮徹壱ウェブマガジンで掲載した2つのコラムがベースとなっている。今回の移籍の背景と経緯を整理した上で、サッカーファンでもあまり馴染みのない、鈴鹿というクラブについて解説。さらに、カズを迎える側(JFL)と送り出す側(Jリーグ)、それぞれの影響についても考察することにしたい。

前身は三重ランポーレFC。FC鈴鹿ランポーレ、鈴鹿アンリミテッドFCとクラブ名を変更し、2020年から鈴鹿ポイントゲッターズとなる。
前身は三重ランポーレFC。FC鈴鹿ランポーレ、鈴鹿アンリミテッドFCとクラブ名を変更し、2020年から鈴鹿ポイントゲッターズとなる。

■あらためてカズの影響力が示された今回の移籍報道

 カズの移籍が、最初にメディアに報じられたのは、昨シーズンのJリーグが閉幕する12月5日のこと。この時、すでに「鈴鹿が有力候補」とされていた。

 所属する横浜FCは、来季のJ2降格が決まっていたが、カズとの契約更新を望んでいた。しかし昨シーズン、カズがプレーしたのは途中出場の1試合のみ(しかもわずか1分)。得点記録となると、2017年3月12日のザスパクサツ群馬戦でのゴールが最後である。

 横浜FCに留まることよりも、出場機会を求めていたカズ。金額やカテゴリーにはこだわりはなく、Jリーグ以下の環境でプレーすることについても、特にネガティブな感情はなかったようだ。そんな中、実兄の三浦泰年氏が監督兼GMを務めるJFLの鈴鹿が、移籍先の第一候補として浮上する。

 ところがその鈴鹿が、突然のスキャンダルに見舞われる。2019年のJFL最終節、クラブ会長が「わざと負けるように」との指示があったと、クラブの元役員がSNSで暴露。クラブ側は「不正行為はなかった」と公式サイトで反論しつつも、この元役員に対し、2500万円の支払い要求に応じたことを認めている。この騒ぎの中、さまざまなカテゴリーのクラブが、カズ獲得に名乗りを挙げた。

 上はJ2から下は地域リーグ、さらには海外(アルビレックス新潟シンガポール)まで、具体的なオファーを出したのは鈴鹿を含めて8クラブ。JFL以下のクラブは、天皇杯で番狂わせを起こさない限り、全国メディアで話題になることはまずない。その意味で、今回の移籍をめぐる報道の加熱ぶりに、あらためてカズの影響力が示されることとなった。

クラブがJFLに昇格した2019年に招聘した、スペイン出身のミラ監督。国内初の全国リーグでの女性監督ということで話題になった。
クラブがJFLに昇格した2019年に招聘した、スペイン出身のミラ監督。国内初の全国リーグでの女性監督ということで話題になった。

■鈴鹿ポイントゲッターズとはどんなクラブか?

 そんなカズの心を射止めることとなった、鈴鹿ポイントゲッターズとは、どんなクラブなのか? そのルーツをたどると、実は鈴鹿市ではなく、伊賀地方の名張市に行き着く。当地を本拠とする三重ランポーレFC(当時、東海2部)が、鈴鹿クラブと合併して2009年に鈴鹿に移転。クラブ名をFC鈴鹿ランポーレと改める。

 2010年、鈴鹿は東海1部に昇格。しかし、そこから9シーズンにわたり、同カテゴリーに留まり続けることとなる。JFLに到達したのは2019年だが、クラブにとっての転機は、東京の株式会社スポプレが鈴鹿の経営権を獲得した2015年であった。そして、当時33歳の若さで常務取締役として送り込まれたのが、現社長の吉田雅一氏である。

 2016年と20年にクラブ名を変更。背中のスポンサーに『お嬢様聖水』という女性向けエナジードリングのロゴが入ると、クラブの知名度は一気に上がった。さらにJFLに昇格した2019年には、スペイン人の女性指導者(ミラグロス・マルティネス・ドミンゲス、愛称ミラ)を招聘。これらはすべて、吉田氏の主導で実現した。

 2019年にインタビューした際、吉田氏は「ウチはJ1から数えたら、71番目のクラブ。上に70もクラブがある以上、やっぱり他がやらないことをどんどんやるほかない」と語っている。今回のカズへのアプローチについては、もちろん泰年氏の存在は大きかったが、こうした吉田社長の姿勢も少なからず反映されていたと見るべきだろう。

昨シーズンのFC刈谷戦での鈴鹿。Jリーグに比べて競技レベルは落ちるが、さまざまな意味で「タフさ」が求められるのがJFLだ。
昨シーズンのFC刈谷戦での鈴鹿。Jリーグに比べて競技レベルは落ちるが、さまざまな意味で「タフさ」が求められるのがJFLだ。

■「Jリーガーのイメージって、いまだにカズなんですよ」

 カズが移籍先に鈴鹿を選んだのは、やはり「最も出場のチャンスがある」と考えたからであろう。ただしGM兼監督の兄が、どれだけ弟を「戦力」と見なしているかは、不透明といわざるを得ない。日本代表やJリーグで実績のある選手が、JFLクラブに移籍した例はカズ以前にもあった。だが、ベテラン選手がJ昇格の原動力となった事例は、それほど多くはない。

 最近でいえば、2019年にJ3昇格を果たしたFC今治の駒野友一と橋本英郎が思い浮かぶ。このシーズンは30節で、駒野は29試合、橋本は22試合に出場。果たしてカズは、今季のJFLでどれくらい出番があるだろうか? 余談ながら鈴鹿は現在、Jリーグ基準のスタジアム建設を目指しており、カズの加入によってプロジェクトが大きく前進する可能性はある。クラブ側が最もカズに期待しているのは、実はそうした部分なのかもしれない。

 一方でJFLの注目度は、間違いなくアップするだろう。逆に気になるのが、Jリーグでのカズの露出が失われることである。昨年、Jリーグを中継するメディア関係者に取材した際、ふと「一般視聴者にとってのJリーガーのイメージって、いまだにカズなんですよ」とぼやいていたことを思い出す。気が付けばカズは選手という枠を超えて、すっかりJリーグの「ランドスケープ」となってしまっていた。

 とはいえ、カズにJリーグのイメージを付託し続けたのは、伝える側の怠慢だったとも言える。期限付き移籍ということで、56歳になるカズがJリーグに戻ってくる可能性は、決してゼロではない(横浜FCは今季の11番を空けている)。それでも、JFLという未知の世界に飛び込んだカズに対し、送り出す側のJリーグにも変化を求めたいところだ。

 Jリーグは来年で、開幕から30周年を迎える。いつまでもカズに頼るべきではないだろう。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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