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カップ戦の価値を示したグッドルーザー【天皇杯決勝】浦和レッズ(J1)vs大分トリニータ(J1)

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
巨大な「頂上決戦」の文字がピッチを覆う。今年の天皇杯決勝は12月19日に開催。

■今年の天皇杯決勝が元日でなく12月19日に開催された理由

 12月19日、天皇杯JFA第101回全日本サッカー選手権大会(以下、天皇杯)決勝が国立競技場で開催された。カードは浦和レッズvs大分トリニータ。それぞれのファイナリストについてフォーカスする前に、まずは「なぜ12月19日に決勝なのか」について言及することにしたい。

 実は今大会の決勝は、2022年の元日に開催されることが当初発表されており、12月19日は日本で開催されるFIFAクラブワールドカップの決勝となるはずであった。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大リスクに加え、採算面でも厳しいと判断したJFAがクラブワールドカップの開催権を返上。1月下旬には日本代表戦も予定されていたため、天皇杯決勝は前年の12月19日にスライドすることとなった。

「元日・国立」が定着した1968年大会以降、元日以外で決勝が行われたのは過去に2回しかない。すなわち2014年大会と18年大会で、いずれも翌年1月にアジアカップが控えていたためである。余談ながら2014年はモンテディオ山形が、そして18年にはベガルタ仙台が、それぞれ初めてファイナリストとなっている。

 そして今回、浦和に挑む大分もまた、初の決勝進出(九州のJクラブが決勝の舞台に立つのも初)。来季のJ2降格が決まっている大分は、6シーズンにわたってチームを率いてきた片野坂知宏監督にとって、これが最後の采配となる。単なる6シーズンではない。クラブがJ3に沈んでいた2016年に就任後、3シーズンでJ1まで上り詰め、さらに3シーズンをトップリーグで戦っての6シーズンである。ゆえに最高の舞台で、最高の結果を残すことで、最高の指揮官を送り出したいところだろう。

 迎え撃つ浦和にとっては、リカルド・ロドリゲス体制1年目で迎える、初タイトルのチャンス。さらにはACL(AFCアジアチャンピオンズリーグ)出場権も懸かっている。加えて、長年にわたりクラブを支えてきた阿部勇樹が現役引退、槙野智章と宇賀神友弥も今季限りで退団する。阿部がスタンドから試合を見守る中、ベンチ入りした槙野と宇賀神の出場にも注目が集まった。

劇的な決勝ゴールで3大会ぶり8回目の優勝を果たした浦和。ファンの子供たちがスタンドから選手に手を振る。
劇的な決勝ゴールで3大会ぶり8回目の優勝を果たした浦和。ファンの子供たちがスタンドから選手に手を振る。

■終了間際に連続した大分のミラクルと浦和の決勝ゴール

 準決勝に続いて、決勝も観客の上限が撤廃され、この日の入場者数は57,785人と発表された。コロナ禍で行われた前回の決勝(13,318人)はもちろん、2019年大会の決勝(57,597人)さえも超える数字。浦和の集客力もさることながら、この日は遠く大分からも多数のサポーターが駆けつけていた。

 先制したのは浦和だった。開始早々の6分、関根貴大がペナルティエリア右からドリブルで侵入。大分の守備網をかいくぐり、ゴール前でGKの高木駿を引き付けてから後方にパスを送る。待ち構えていたのは、江坂任。右足ダイレクトで放たれたシュートは、人数が手薄になっていたゴール前中央を貫いてネットを揺さぶった。

 出鼻を挫かれた大分だったが、すぐに態勢の立て直しに成功。4バックから3バックにして攻撃に幅をもたせ、さらには中盤の構成も変えて相手に与えていたスペースを取り戻す。後半に入ると、大分が主導権を握る時間帯が目に見えて増えるが、1点ビハインドのまま時間は過ぎていった。

 その間、浦和のベンチは62分に宇賀神、83分には槙野をピッチに送り込む。とりわけ後者については、ロドリゲス監督が逃げ切りに傾いていることを感じさせる交代であった。しかし90分、またしても大分がミラクルを起こす。

 相手陣内の左サイドから、下田北斗がピンポイントのクロスを供給。頭で反応したのは、センターバックのペレイラだった。下田のクロスからパワープレーで同点に追いつくという、準決勝の川崎フロンターレ戦とまったく同じ展開に、国立のスタンドは騒然となる。しかしそのわずか2分後、途中出場の槙野がすべてを持っていってしまった。

 90+3分、浦和は大久保智明のCKから、相手のクリアボールに柴戸海がボレーシュート。GKの高木はコースを読んでいたが、前線に攻撃参加していた槙野が頭で巧みにコースを変える。先制点から90分近くが経過して、ようやく生まれた劇的な勝ち越しゴール。そのまま2−1で勝利した浦和が、3大会ぶり8回目の優勝を果たし、念願のACL出場権を手にすることとなった。

この試合で大分から離れる片野坂監督は「サッカーのベーシックなところがまだまだ足りてない」とコメント。
この試合で大分から離れる片野坂監督は「サッカーのベーシックなところがまだまだ足りてない」とコメント。

■なぜ片野坂監督は天皇杯を捨てる判断をしなかったのか?

 かくして2021年の天皇杯が終了。多くのメディアが浦和の栄誉を讃える中、本稿ではあえて大分に寄り添う形で、今年の天皇杯を振り返ることにしたい。実は今大会、私はラウンド16から4試合連続で、大分の試合を取材している。当初、それほど明確な意図はなかった。それでもベスト8で唯一、天皇杯のタイトルを獲得していなかった大分が、J1残留を目指しながらどんな戦いを見せるのか、毎試合ワクワクしながら取材するようになっていた。

 大分の場合、トーナメントを勝ち残った他のJクラブと比べて、さまざまな不利な条件を抱えていた。残留争いと平行しながらの戦いであったことに加えて、今季の夏に加入した選手たち(梅崎司、呉屋大翔、増山朝陽、野嶽惇也)が前所属で天皇杯に出場していたため起用できず。リーグ戦との兼ね合いから、16歳や17歳の2種登録メンバーをベンチ入りさせたこともあった。

 結果として今季の大分は、20チーム中18位でシーズンを終え、来季は4シーズンぶりにJ2で戦うこととなる。天皇杯では5000万円の賞金を得ることとなったが、J1に残留していたほうがクラブ経営的にははるかに望ましかった。天皇杯を捨てて、残留にすべてを懸けるという選択肢もあり得ただろう。なぜ片野坂監督は、そうしなかったのか。試合後、ピッチ上に選手全員を集めて語った言葉に、そのヒントがありそうだ。

「この舞台は、なかなか得られるものじゃない。これを成長の糧にしてほしい。この経験を、この悔しさを、次に生かそう。絶対にみんなはできる。みんなならできる。リーグ戦も負けたけど、それが自分たちの力なんだよ。それを真摯に受け止めて、グッドルーザーでいよう。胸を張って、顔を上げて、サポーターに挨拶しよう!」

 片野坂監督のメッセージは、NHKのカメラで撮影されたものが字幕付きで拡散されたので、多くのサッカーファンの間で共有されることとなった。これに、試合後の会見でのコメントを付き合わせると、大会を通して指揮官が選手に伝えたかったことが、さらに明確に見えてくる。

「(今季は)いろんなチャレンジをしましたが、ミラーゲームになってしまったり、今日のようにマンツーマンでマッチアップされたり、最後はプレーの強度や質で相手を上回ることができませんでした。戦術以前に、サッカーのベーシックなところがまだまだ足りてない。日頃からどれだけトレーニングしてきたか、こういう舞台で問われると思います」

 2021年の天皇杯は、浦和の優勝で幕を閉じた。素晴らしい勝利だったと思う。その一方で私は、大分というグッドルーザーにも心からの拍手を送りたい。天皇杯という大会の価値は、決して伝統やACL出場権だけではない。そのことを今大会の大分は、私たちに示してくれた。

<この稿、了。写真はすべて筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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