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なぜ「SHIBUYA」からJリーグを目指すのか? 渋谷シティFCの「決意表明」から見えるもの

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
「渋谷からJリーグを目指す」渋谷シティFC。右から2番目が山内一樹代表。

■渋谷からJリーグを目指す8部リーグのクラブ

 関係者の間では「サッカーの日」とされる11月11日、東京都渋谷区からJリーグ入りを目指すTOKYO CITY F.C.が、新クラブ名『SHIBUYA CITY FC』を発表した(来季からの名称だが、本稿では渋谷シティFCで統一する)。といっても、このニュースに反応したサッカーファンは、それほど多くはなかったはずだ。当然だろう。渋谷シティFCが所属するのは東京都リーグ2部。J1から数えて8番目のカテゴリーである。

 ある程度Jリーグに関心がある方なら、いくつか疑念が浮かぶはずだ。FAQ的に列挙するなら、(1)なぜ「東京」ではなく「渋谷」なの?(2)8部のアマチュアクラブがJリーグを目指すなんて本気?(3)そもそも渋谷でJクラブなんかできるの? といったところであろうか。いずれも、もっともな疑念である。逆にいえば、これらの疑念を当事者にぶつけることで、令和時代ならではの「Jリーグの目指し方」が透けて見えてくるのではないか。

「今回の新クラブ名発表は、渋谷の未来について考える、SOCIAL INNOVATION WEEK SHIBUYA(以下、SIW)2020の中で行われました。イベント自体は今年で3回目。ちなみに第1回では、スクランブルスタジアム渋谷(後述)の発表がありました。もともと、4月28日の『渋谷の日』での発表を考えていたんですが、コロナ禍で流れてしまって。でも、今回のSIWにクラブとして参加できたのは、結果的に良かったと思っています」

 そう語るのは、クラブ代表の山内一樹氏である。平成生まれの31歳。中学から青山学院大学の付属に通っていて、卒業後は渋谷に本社があるサイバーエージェントに勤めていた。早くから渋谷という街が持つ多様性とポテンシャルに気付き、やがて「この街にプロサッカークラブができたら、どうなるだろう」と考えるようになる。なぜ8部リーグのクラブが、渋谷からJリーグを目指すのか? 山内氏へのインタビューから、明らかにしていくことにしよう。

昨年3月に行われたメディアブリーフィング。中央が名古屋グランパスなどで活躍した元Jリーガー、阿部翔平選手。
昨年3月に行われたメディアブリーフィング。中央が名古屋グランパスなどで活躍した元Jリーガー、阿部翔平選手。

■バイオベンチャー企業や有名スポーツブランドとのコラボ

 渋谷シティFCが発足したのは2014年。翌15年から東京都4部で活動を開始している。私がこのクラブの存在を知るきっかけとなったのが、昨年3月に開催された「渋谷からJリーグを目指す新世代型フットボールクラブ構想発表会」というメディアブリーフィング。名古屋グランパスなどで活躍した元Jリーガー、阿部翔平選手の加入発表に加えて、「渋谷生まれのソーシャルフットボールクラブ」というユニークなコンセプトに興味を抱いた。

 この時の会見で山内代表が語った言葉を、私なりに解釈すると「渋谷で」「新しい価値観を創造する」「ソーシャルな」フットボールクラブを作り、その上で「将来のJリーグ入りを目指す」となる。山内代表によれば、「実はこの時点で、東京ではなく渋谷の名前を冠したクラブ名とすることを考えていました」。しかし結局は「もっと渋谷の象徴として、渋谷に関わる人たちに認められてからにしよう」と考え直したそうだ。

 一方で、渋谷という土地柄と下部リーグゆえのフットワークの軽さから、ベンチャー企業やスポーツメーカーなどからの問い合わせが引きも切らない。最近の目立った実績で言えば、ミドリムシを中心とした微細藻類の研究開発で知られる、バイオベンチャー企業のユーグレナ。そして、誰もが知るスポーツブランドのナイキとも、イベントのコラボレーションを行っている。

「ユーグレナさんについては、スポーツ市場への進出を希望されているということで、お声がけいただきました。今季の試合の前と後、特殊なデバイスを使って、選手の疲労回復のデータを提供させていただいています。ナイキさんについては、去年の女子ワールドカップのタイミングで、渋谷の女子にサッカーを楽しんでいただくイベントを開催しました。企業側からすれば、都2部というポジションと渋谷という立地から、コラボしやすい部分はあるんでしょうね」

ずっと渋谷で育ってきた山内代表。ベンチャー気質、新しい価値観の追求、そして多様性が「渋谷らしさ」と語る。
ずっと渋谷で育ってきた山内代表。ベンチャー気質、新しい価値観の追求、そして多様性が「渋谷らしさ」と語る。

■クラブ名改称は「渋谷を背負う」という決意表明だけではない?

 クラブは現在、フロントスタッフが20名(うち常勤4名)、選手は23名(うちプロ契約2名)を数える。副業スタッフは、コンサルやIT系やスポーツメーカーなどさまざまで、ほとんどが20代から30代だ。今年はコロナ禍の影響も受けたが、リモートへの切り替えに素早く対応。むしろオンラインでのノウハウを積むことで、新たなビジネスチャンスも生まれた。いかにも渋谷らしい、ベンチャー気質が見て取れる。この私の見立てに、山内代表も同意見だ。

「そこが『渋谷らしさ』でしょうね。ベンチャー気質であったり、新しい価値観の追求であったり、いろんな人が集まることで生まれる多様性であったり。渋谷を背負うからには、やはり『渋谷らしさ』を体現することが重要だと思っています。もちろん、クラブとして収益を上げていくことも重要です。でもそれ以上に、われわれが渋谷に存在することで、地域にワクワク感を与えていきたい。スポーツによる地域課題の解決は、ここ渋谷でも求められることですから」

 今季の都2部はコロナ禍の影響により、開幕が4カ月遅れた上に、7チームずつのブロックに分かれて、同順位同士がホーム&アウェーで対戦する。ブロック1位の渋谷シティFCは、これに勝利すれば都1部に昇格。さらに関東2部、1部、JFLを経た先にJ3がある。今のところ、渋谷区内での練習場は確保しているが、いずれはスタジアムの問題が重くのしかかるはず。そこで注目されるのが、代々木公園での建設が噂される、スクランブルスタジアム渋谷の存在である。

 先に山内代表が語ったとおり、スクランブルスタジアム渋谷は第1回SIWで、その構想が初めて披瀝された。あくまで構想段階だが、すでに東京ヴェルディをはじめ、在京のJクラブがその動きに多大な感心を寄せている。そうした背景を鑑みれば、今回の「SHIBUYA」へのクラブ名改称は、ただ単に「渋谷を背負う」という決意表明だけではなかったと考えるのが自然だろう。渋谷シティFCの今後の動向に注目したい。

<この稿、了。TOPの写真はクラブ提供。それ以外は筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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