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なぜ日本は「格下」のキルギスに苦戦したのか? ピッチの問題では済まされないアジアの環境変化

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
キルギス対日本の試合前。軍人が多く見られるのは旧ソ連諸国でお馴染みの光景。

■褒められた内容ではなかったキルギス戦

「キルギスとは去年の11月に対戦しましたけど、その時と比べて相手も質の高い選手が入ってきていましたし、(今年1月の)アジアカップでも本当にいいゲームをしていたので、そんなに簡単じゃないということは僕らもしっかり理解して(試合に)入っていったんですが……」

 キルギス戦後の日本代表GK権田修一のコメントである。11月14日、首都ビシュケクで開催されたワールドカップ・アジア2次予選、キルギス対日本の試合は、南野拓実のPK(前半41分)と原口元気のFK(後半8分)で2−0で勝利。これで日本は4戦全勝の失点ゼロで、年内の2次予選を終えることとなった。まずは、しっかりと結果を出したことについては評価したい。

 しかし、試合内容自体は決して褒められたものではなかった。「結果には満足していますけど、内容的には満足できるものは少ないかなと。こういう時だからこそ、何ができていて何ができていないのか、より見つめないといけないかなと思います」──こちらは柴崎岳のコメントである。おそらく他の選手も、同様の思いでいることだろう。

 この日の日本は、アウェイでピッチコンディションも最悪だったことを差し引いても、精彩を欠いた試合内容に終始した。所属クラブでの出場機会が少ない遠藤航は、トップフォームから程遠い状態。この試合で日本代表歴代2位のキャップ数(122試合)となった長友佑都も、相手の鋭いカウンターに対して後手に回るシーンが目立った。権田のファインセーブがなければ、試合結果さえ変わっていた可能性も否定できない。

■キルギスのポテンシャルが目立ったゲーム

 むしろこの日、見る者に驚きを与えたのは、キルギスの健闘ぶりではなかったか。最新のFIFAランキングでは、日本の29位に対してキルギスは94位。スタメン11人のうち欧州の1部リーグでプレーするのは、2番のバレリー・キチン(ディナモ・ミンスク)、8番のグルジギト・アリクロフ(FCネマン)のベラルーシ組のみ。あとはトルコ2部、ドイツ5部、そしてマレーシアでプレーする2名が「海外組」で、残りは全員ドルドイ・ビシュケクの所属である。

 ランキングの差はもちろん、選手のレベルを見ても、日本との差は明らか。加えて先のレポートにも書いたとおり、キルギスは国内リーグやスポーツのインフラ面で、かなり厳しい状況を強いられているのが実情だ。にもかかわらず、この日のキルギスはワールドカップ出場6回を誇る日本に、堂々たるプレーを披露。敗れはしたものの、ほぼ互角の戦いを見せていたことは特筆すべきであろう。

 日本代表の森保一監督も、試合後の会見で「キルギスはディフェンスラインからビルドアップもできるし、長いボールから一気に展開を変えるパスも出せる、非常にいい選手が揃っている」と高く評価。キルギスといえば、国内リーグをよく観戦する人から「中盤省略の直線的なサッカーで、パスをつないだり裏を狙ったりする意識が乏しい」と聞いていた。それだけに、彼らが見せる攻撃のバリエーションには、正直驚かされた。

 戦術的には、左ストッパーのキチンが大きくサイドチェンジし、右ワイドの6番ビクトル・マイヤーがチャンスを作り、ワントップの10番ミルラン・ムルザエフが仕留めるというのが基本パターン。その一方で、中盤で丁寧にパスをつないだり、大胆なドリブル突破を図ったりして、攻撃のリズムにアクセントを加えていく。荒れたピッチコンディションに日本が苦しむ中、キルギスは最大限のポテンシャルを発揮し、最後まで貪欲に勝利を目指し続けていた。

■キルギスを強くした強豪との対戦機会

 1991年のソビエト連邦崩壊以降、中央アジアには5つの共和国が誕生した。このうちカザフスタンは2002年にUEFA(欧州サッカー連盟)に転籍。地域の覇権はウズベキスタンが握った。その後、トルクメニスタンやタジキスタンが政府の介入などによって力をつける中、キルギスについては国民も政府も自国のサッカーに無関心な状況がしばらく続いていた。

 潮目が変わったのは、ワールドカップ・ロシア大会のアジア予選である。この大会からワールドカップ予選とアジアカップ予選が共有されるシステムに変わり、キルギスのようなFIFAランキングが低い国でもワールドカップ常連国との対戦が可能となった。そしてターニングポイントとなったのが、15年6月16日にビシュケクで行われた対オーストラリア戦。1−2で終わったこの試合について、キルギス代表のアレクサンドル・クレスティニン監督はこう語る。

「オーストラリアと対戦するまで、われわれは世界的なチームと戦った経験がなかった。今回はアジアカップなどの経験もあったので、きちんと日本戦に向けて準備することができたし、選手たちもそれなりの力を見せてくれた。日本は強いチームなので、われわれがレベルアップできる良い機会になったと思う」

 クレスティニン監督が語るとおり、今年1月のアジアカップに初出場を果たしたキルギスは、グループリーグを3位で突破。トーナメント初戦では、開催国のUAEに敗れたものの、延長戦にまでもつれる大接戦を演じた。そのアジアカップもまた、出場国が16カ国から24カ国に拡大され、それまで国際大会に縁のなかった国々に大きな経験値をもたらすこととなったのである。

 今回のキルギスと日本の試合が、戦前の予想以上に拮抗した試合になったのは、決してピッチコンディションだけの問題ではなかった。むしろアジアのサッカーを取り巻く環境の変化が、それまで眠っていたキルギスのポテンシャルを呼び覚ましたように感じる。日本の2次予選突破は間違いないだろうが、来年9月から始まる最終予選は、思わぬ展開が待ち受けているかもしれない。今回のキルギス戦を良い教訓としたいところだ。

<この稿、了。写真は筆者撮影>

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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