Jリーグは「トリプルミッション」の組織 改革の旗振り役を担う米田惠美理事に聞く

今年5月に開催された「Jリーグをつかおう!」ワークショップにはジーコ氏も参加。

 間もなく暮れようとする2018年は、日本サッカー界にとっては「ワールドカップ・ベスト16進出に沸いた年」であり、「Jリーグが開幕して25周年の年」でもあった。前者については国民的な盛り上がりを見せたが、後者については高揚感を覚える機会が極めて限られていたように感じる。実はJリーグでは、25回目のバースデー前日にあたる5月14日、都内のホテルで『未来共創「Jリーグをつかおう!」』というワークショップを開催している。詳細についてはこちらの記事に書いたとおり。

 要約すると、54のJクラブの社長や関係者、そして「さまざまなオピニオンリーダーや、これまでJクラブを活用してきた人、あるいは普段サッカーに関心がない人」総勢300人が集合。「いかにJリーグを活用して社会連携をしていくか」について、4時間にわたってアイデア出しやディスカッションを行っていく、というものであった。ワークショップの発起人である、Jリーグの米田惠美理事は語る。

「もともと『25周年をどうする?』という話になった時に『内輪だけで盛り上がる記念式典はやめよう』というのはあったんです。だったらJリーグが目指す世界観というものを、サッカー界だけではなく、より多くの仲間と一緒に実現させたい。『そういう発信のほうが今っぽくないですか?』という提案をさせていただいたんですね」

 記念式典ではなく、あえてワークショップを行うという発想には、確かに新しさが感じられる。また、サッカーとは直接関係ない人々(NPO代表や自営業、さらには医師や学生など)を集めて、社会連携について共に考えるというアイデアもまた新鮮だった。それにしても平日の昼間に300人も集めて、しかも4時間にわたってディスカッションするというのは並大抵のことでない。果たして参加者たちは、Jリーグとの社会連携に何を求めていたのであろうか? 再び、米田理事。

「たとえばソーシャル寄りの活動をされている人たちは、なかなか自分たちの活動が世の中に伝わらないけれど『Jリーグと一緒にやれば発信できるかもしれない』とか。あるいは人権活動に取り組んでいる方であれば『スポーツと組み合わさることで、ポジティブに伝わるよね』とか。そうやって、Jリーグやスポーツと掛け合わせることで『これならできそう!』と可能性を感じてくださる方が多かったんでしょうね」

米田惠美理事。公認会計士としてのキャリアを活かしながらJリーグの組織改革にも取り組んでいる。
米田惠美理事。公認会計士としてのキャリアを活かしながらJリーグの組織改革にも取り組んでいる。

●村井チェアマンに見出された34歳の女性理事

 実はこの米田理事、今年3月に34歳の若さで常任理事に就任したばかり。そんな彼女は、村井満チェアマンが推し進めてきたJリーグの組織改革でも重要な役割を担っているのだが、出身はサッカーとは直接関係のない会計士。20歳で公認会計士の資格を取得し、大学に通いながら新日本有限責任監査法人で監査業務の仕事をしていたという、異色の経歴の持ち主である。

「大学3年の時に入社して、スーツ姿で大学にも通っていました。当然フルタイムではないんですけど、仕事の現場ではプロとして扱われます。1年目から、クライアントの部長さんや社長さんとディスカッションをしていましたね。もちろん、わかっていないこともたくさんありました。そこは敬意を持ちながらも、決してへりくだりすぎないというか、若いことを言い訳にしないように、ということは常に意識していましたね」

 会計士の仕事について、米田理事は「財務諸表の数字を追ったり、クライアントへの聞き取りをしたり」といった作業を繰り返すことで「企業の本質を見極めてゆく作業」と定義する。やがて、数字やロジックだけでは解決できない課題に直面した彼女は、人材開発や組織開発にも関心の領域を広げていった。そこで出会ったのが、当時リクルートエージェントの代表取締役社長だった村井氏。のちのJリーグチェアマンである。

 17年2月、米田理事は村井チェアマンから「ちょっと手伝ってくれないか?」と声をかけられ、フェロー(非常勤の業務委託)としてJリーグの組織改革に初めて向き合うことになる。それまでにもチェアマン主導で、縦割りだった組織を改組し、フロアをフリーアドレスにするなどの改革が進められてきた。次のフェーズとして「ハードの部分だけでなく、ソフトの部分も変わらないといけない」という新たなミッションを託されたのが、米田理事だったのである。

「それまでJリーグには『すごく進んでいる組織』というイメージがあったんです。でも実際に中に入ってみると『企業の常識とスポーツ組織の常識が、こんなにも離れているんだ』ということが衝撃的でした。もちろん、こちら側の常識を無条件に押し付けてはいけないんですが、今のままでいいかと言えば、決してそんなことはないですからね」

「Jリーグをつかおう!」ワークショップの様子。54クラブの社長や関係者を含む総勢300人が参加した。
「Jリーグをつかおう!」ワークショップの様子。54クラブの社長や関係者を含む総勢300人が参加した。

●なぜJリーグに組織改革が求められるのか?

 常任理事に就任した今年、米田理事が一貫して取り組んできたのが「経営的なガバナンスにおいてビジョンを設定すること」であった。換言するなら、「ひとつの組織としてのビジョンが共有されていないこと」が、Jリーグという組織が抱える課題とも言える。

「たとえばJリーグの予算編成なんかでも、まず『こういう方向に行きたいよね』というビジョンを設定して、そこに向かう戦略やストーリーを整理しながら『こういう形でみんなの業務が目標につながっているんだよ』ということを共有する。そのためのマップ(地図)作りの作業をずっとやってきたように思います。みんなすごく一生懸命働いているんですよ。でも、それが何につながっているかを、明確に意識できていないんですね」

 加えてサッカー界の外側から来た彼女に対して、「フットボールはそういうことじゃないから」と反発する古参社員も、決して皆無ではなかったはずだ。年長者が多い体育会系の環境にアジャストしながら、同じ方向に向けてビジョンを共有・浸透させてゆく作業には、さまざまなハードルがあったものと察する。それでも、米田理事の姿勢は常にポジティブだ。

「確かに私も苦労しましたが、納得されていない方々がいらっしゃるのも理解しています。それでも結果を出せれば、お互いに『やってよかった』と思えるわけで、そこにたどり着くまでの我慢なのかなって。結果というのは、まずは集客や視聴者数といった事業系のところですね。あとは新しく打ち出している社会連携。そこでいい事例が出てくれば、サッカーファンではない一般の人たちにも届けられるものが出てくると考えています」

ワークショップに参加した初代チェアマンの川淵三郎氏。次の世代にバトンが引き継がれたことに思わず涙。
ワークショップに参加した初代チェアマンの川淵三郎氏。次の世代にバトンが引き継がれたことに思わず涙。

●次世代に受け継がれたJリーグのバトン

 初代Jリーグチェアマンだった川淵三郎氏が「日本全国に芝生のグラウンドを」というテーゼを掲げてから四半世紀。全国に54のJクラブができた今、Jリーグはもはや単なるいち競技の興行団体から大きく役割を変えようとしている。それを説明するために、米田理事がよく使うのが「トリプルミッション」という言葉である。

「私はJリーグというものは、トリプルミッションの組織だと考えています。社会課題の解決と事業を両立させるのがNPOであるならば、そこに競技性が加わっているのがJリーグ。つまり、社会性・事業性・競技性の三位一体ですね。いくら競技のレベルがすごくても、お客さんが入らなければ事業性はない。事業と競技だけが成り立っていても、社会性を意識しなければ、たぶん理念とはかけ離れてしまいますから」

 その社会性を意識するための初めての試みが、冒頭で紹介した「Jリーグをつかおう!」であった。ワークショップには川淵氏も参加。最初は「4時間もあるの? そんな長いこと居られないよ」と思っていたそうだが、最後は感極まった表情を浮かべながら「25年前、Jリーグが社会連携できるなんて……想像もしなかった」と語り、会場は大きな拍手で包まれた。ワークショップの発起人として、そして改革の旗振り役として、米田理事はこの時どんなことを感じていたのであろうか。

「実は私自身、このワークショップでどれだけの熱量が生まれるのか、不安に感じていたところはありました。それでも川淵さんから『自分たちの思い描いていたものを超えていった』とおっしゃっていただいて、とても自信になりましたね。何だかバトンを手渡されたような気持ちになりました」

 最後に、来年の抱負について尋ねると「もっとJリーグの外に出て、クラブの現場の人たちとも話をしたいですね。私はフットボール畑ではないですけど、選手の育成は人材育成の観点とリンケージする部分もあると考えていますから」。現チェアマンから抜擢され、初代チェアマンからバトンを手渡された若き女性理事は、社会連携を推し進めながらJリーグをどう導いてゆくのだろうか。その手腕に注目したい。

※なお、米田理事へのインタビュー完全版は、来年1月の宇都宮徹壱ウェブマガジンで掲載予定(写真はすべて著者撮影)。