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競技の枠を超えた「障がい者サッカー」の歴史的一戦

宇都宮徹壱写真家・ノンフィクションライター
「ろう者(デフ)サッカー」の試合では、主審もフラッグを持ってジャッジする

試合そのものは、ごく普通の11人制のサッカーであった。だがよく見ると、何かが決定的に違う。違いは選手ではなく主審にあった。何と、片手にフラッグを持ちながらジャッジしているではないか! 種明かしをすると、これは「ろう者(デフ)サッカー」の試合風景。障がい者サッカーの一種で、耳の不自由な選手たちによるサッカーである。プレーヤーは当然ながらホイッスルが聞こえない。そのため副審だけでなく主審もフラッグでジャッジを視覚的に知らせる必要があるのだ。もちろん健常者のサッカーのように、ホイッスルの音によって判定が瞬時に周知されるわけではないが、選手は気配を察知してすぐに主審を目視するので、意外とスムースに情報は共有される。

今年のゴールデンウィーク終盤の5月4日と5日、東京・品川で第14回EDFA(東日本ろう者サッカー協会)デフリーグが開催された。これまで視覚障害者によるブラインドサッカーや、上肢あるいは下肢の切断障害を持った選手がプレーするアンプティサッカーは見たことがあったが、ろう者のサッカーを見るのは今回が初めて。この日の一番のお目当ては、大会の最後を飾るエキシビションマッチであった。ろう者サッカー日本代表と知的障がい者サッカー日本代表による史上初の顔合わせ。さながら障がい者サッカーの「異種格闘技戦」のようなカードを、ぜひとも見ておきたいと思った。

知的障がい者サッカー日本代表。ブラジルで昨年開催されたワールドカップにも出場
知的障がい者サッカー日本代表。ブラジルで昨年開催されたワールドカップにも出場

一口で「障がい者サッカー」といっても、実はかなり細分化されている。 先月の22日、JFAハウスに国内で活動する障がい者サッカーの競技団体が一堂に会し、来年4月の障害者サッカー協議会の設置に向けて話し合う『第1回障がい者サッカー協議会』が行われた。その場に集ったのは、日本アンプティサッカー協会、日本ソーシャルフットボール協会、日本知的障がいサッカー協会、日本電動車椅子サッカー協会、日本脳性麻痺7人制サッカー協会、日本ブラインドサッカー協会、そして日本ろう者サッカー協会の7団体。主宰した日本サッカー協会(JFA)は、障がい者サッカーの統括団体の創設と各団体の法人化を目指している。

周知のとおりサッカーは、世界で最も競技人口の多いスポーツであり、世代や性別、さらには人種や文化や宗教をも超越する。のみならず、柔軟性に富んだルールのアレンジによって、健常者以外でも楽しめるようになった。いささか乱暴な言い方をするなら、目が見えなくても、耳が聞こえなくても、あるいは不幸にして片足を切断したとしても、人はサッカーを楽しむことができるのである(これほどユニバーサルなスポーツが他にあるだろうか)。

もっとも、各障がい者サッカー同士の交流となると、これまで極めて限定的なものでしかなかった。「せいぜい県協会レベルの話ですね」と語るのは、映画監督の中村和彦さん。中村さんは、知的障がいサッカーのワールドカップを追いかけた『プライド in ブルー』、ろう者女子代表のドキュメンタリー作品『アイコンタクト』など、障がい者サッカーをテーマとした作品を撮り続けている。今回、ろう者サッカーと知的障がいサッカーのエキシビションマッチが実現したのは、共に11人制のルールで行われていることに加え、障がい者サッカーの団体を行き来してきた中村さんの熱心な働きかけがあればこそであった。

試合は、ほとんどの時間帯をろう者サッカー日本代表(青)が支配していた
試合は、ほとんどの時間帯をろう者サッカー日本代表(青)が支配していた

試合は40分ハーフ。ろう者側は、前半は東日本選抜が出場し、後半は日本代表が出場するという、やや変則的なレギュレーションで行われた。この試合で個人的に注目していたのは、コーチングがゲームに与える影響である。素人感覚では、声出しのコーチングが可能な知的障がいサッカーが優位に試合を進めるのではないかと思っていた。ところが予想に反してゲームの主導権を握っていたのは、ろう者サッカー。彼らは1対1での強さに加え、パスの正確さと攻守の連動性で相手を圧倒した。スコアは前半2−0、後半2−1と、いずれもろう者サッカーが勝利。知的障がいの選手たちも、メンバー交代が限られた中でよく奮闘したが、実力差は明白であった。

この試合での一番の発見は、ろう者の選手たちのコミュニケーションである。サッカーには「後ろの声は神の声」という至言があるが、ろう者サッカーには視界の外からの情報は一切入ってこない。ゆえに選手たちは積極的に首を振りながら、視覚のみで状況を判断し、アイコンタクトを駆使しながらパスをつないでゆく。その一方で、彼ら独特のコーチングもあるそうだ。東日本ろう者サッカー協会の植松隼人事務局長によると「手話は両手を使いますが、選手たちは片手でぱっぱっと指示を出すことができます」とのこと。フィールド上では、知的障がいサッカーのコーチングのみが聞こえていたが、実は健常者の気づかないところで、ろう者同士による「声がけ」がひんぱんに交わされていたのである。

対する知的障がいサッカー日本代表の小澤通晴監督は、両チームの間に埋めがたい個々の実力差があったことを率直に認めた。「技術も体つきも違いますよね。ウチの選手はほとんどが特別支援学校の出身で、運動経験そのものが少ない。デフの場合は、健常者とプレーした経験のある選手もいますから、当然そういった差は出てきますよね」。その上で小澤監督は「こういう格上のチームとの対戦で、自分たちのプレーを積極的に出せたこと、そして最後まで諦めずに戦えたことは収穫だったと思います」と語り、この歴史的一戦を前向きに総括した。

試合後、観客に手話で感謝の気持ちを伝える、ろう者サッカー日本代表の選手たち
試合後、観客に手話で感謝の気持ちを伝える、ろう者サッカー日本代表の選手たち

2020年に開催される東京パラリンピックを5年後に控え、障がい者サッカーにも以前では考えられないくらい注目度が高まりつつある。前述した、JFA主導による障がい者サッカーの統括団体の創設に向けた動きも、その流れのひとつと捉えることができよう。とはいえ、一般的な知名度ではブラインドサッカーが抜きん出ており、他の競技団体はあまり知られていないのが実情である。ブラインドサッカーの場合、昨年11月の世界選手権開催でメディア露出が格段に増えたこともあるが、一方で伝える側のメディアも「ビジュアル的にわかりやすい」競技を取り上げる傾向が強いことは留意すべきであろう(最近、アンプティサッカーの露出が増えつつあるのも、そうした理由が背景にあると考える)。

ろう者サッカーや知的障がいサッカーの場合、少なくとも見た目には健常者サッカーとあまり変わらないため、今後も戦略的なアピールによる認知度の向上が求められよう。その意味で、この日行われた「歴史的一戦」は、その重要な第一歩と言えるのではないか。と同時に、来年の統括団体の創設に向けて、各競技団体の交流がさらに活発化することを期待したい。

【5月9日付記】

当記事に関して、文中にて登場していただいた中村和彦さんのブログにて「ひっとしたら勘違いされている方も多いかという点に関して」のご指摘がありました。併せてお読みいただけば幸いです。

写真家・ノンフィクションライター

東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。『フットボールの犬』(同)で第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、『サッカーおくのほそ道』(カンゼン)で2016サッカー本大賞を受賞。2016年より宇都宮徹壱ウェブマガジン(WM)を配信中。このほど新著『異端のチェアマン 村井満、Jリーグ再建の真実』(集英社インターナショナル)を上梓。お仕事の依頼はこちら。http://www.targma.jp/tetsumaga/work/

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