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京王線刃物男乗客刺傷事件「死刑になりたかった」の犯罪心理

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:京王線:電車は動く密室?(写真:kawamura_lucy/イメージマート)

■京王線刺傷事件:刃物男 ジョーカーの姿 「死刑になりたかった」

10月31日 東京都調布市内を走行していた京王線の車内で乗客の男女17人が刃物で刺されるなどして重軽傷を負った事件が発生(70代男性は意識不明の重体)。殺人未遂容疑で現行犯逮捕された男(24)は「小田急線の事件を参考にしてライターオイルで火をつけた」と供述している(毎日新聞11/1)。

報道によれば、逮捕された男は、「死刑にされたかった」と語り、また映画「ジョーカー」の姿をして、犯行前から禁煙の車内で堂々とタバコを吸っていたともいう。

■通り魔、大量殺人「死刑になりたかった」の心理

報道によれば、今回逮捕された男は、複数人を殺して死刑になりたかったと語っています。

一般に、通り魔など一度に大量の人を殺害しようとする殺人者は、人生に絶望しています。普通の犯罪者は、犯罪を犯し逃げ切って自分が得をしようとしますが、大量殺人者は、逃げることを考えていません。

大勢の人の前で、顔も隠さず、堂々と犯罪を実行します。

今回の容疑者は「死刑になりたかった」と語っていますが、これまでの国内外の事件でも、その場で射殺されることをいとわなかったり、一審判決で控訴せず死刑が確定するなど、死を望んでいるかのような言動が見られます。

彼らは自分の人生を終わりにすると同時に、この世界も終わらせたいのです。周りを巻き込む「拡大自殺」とも呼ばれます。

彼らは、絶望感の中で力に憧れ、大きな刃物などを準備します。体を鍛えたり、強そうな格好をしたりする人もいます。自分を評価してくれなかった社会に、自分の強さをアピールしたいのです。

通り魔大量殺人は、個人を狙ったのではない無差別殺人ですが、しばしば女性や高齢者が犠牲になります。加害者は、逃げ遅れた弱そうな人を襲うからです。

■「小田急線の事故を参考に」の心理

大きく報道される自殺は、次の自殺を誘発します。派手な事件は、模倣犯を生みます。通り魔事件など大きく報道される無差別殺人も、しばしば連鎖します。ほとんどの人は無差別大量殺人など考えませんが、逮捕された容疑者が語る思いに共感する犯罪予備軍は、少なからずいるからです。

犯人(容疑者)がすぐに逮捕されるような事件は、普通の意味で言えば失敗ですから、本来ならば模倣犯は生まれにくくなります。しかし大量殺人は、加害者がすぐに逮捕されても、大勢の人が被害を受け大きく報道されれば、犯罪予備軍にとっては、「成功」になってしまうのです。

自分もそのようにしよう、いやもっと大きな事件にしようと思ってしまうのです。

■映画「ジョーカー」明日は我が身

衝撃的な映画でした。映画の中では、主人公はもともと悪人ではありませんでした。むしろ、一生懸命に生きてきました。しかし、その善意が裏切られた時、ジョーカーは恐ろしい犯罪者になります。

観客も、ジョーカーの世界に飲み込まれそうになります。2019年の映画公開時には、ニューヨーク市警が厳重な警戒態勢をとったとも報道されました。

「リアルな悪夢」「上映館で銃乱射事件起こっても驚かない」「初めて映画で恐怖を感じた」「 絶賛なんかするな。”明日は我が身” だ」。人々の感想が並びます。

もしも、今回逮捕された容疑者がジョーカーを意識したとするなら、悪夢が現実になってしまったのでしょうか。

ジョーカーの衝撃:最も悲しく最も恐ろしい悪役映画

■犯罪防止のために 社会的絆を

持ち物検査も現実的ではなく、死刑さえ恐れない犯罪者の発生を、どのように防いだら良いのでしょうか。

通り魔大量殺人は、ケンカによる傷害などとは違って、計画的犯行です。しかし、犯行は計画的でも、彼らは人生の計画を失っています。

世の中には悪人たちがいます。不正を働き、弱者を食い物にして、利益を重ねる人々です。無差別殺人は、言うまでもなく言い訳のできない凶悪犯罪です。しかし、ずる賢い悪人たちとは違います。打算的になれれば、大量殺人のような犯罪は犯さないでしょう。

小田急線刺傷事件のとき、ネット上では、逮捕された男をバカにして嘲笑する投稿が多く見られました。このような社会の態度は危険だと思います。

派手な犯罪の犯人をヒーロー扱いするのは、次の犯罪を誘発します。犯人への安易な同情も、いけません。犯人を非難するのも当然です。しかし、犯人を嘲笑し、その犯行方法をバカにするような態度は、犯罪予備軍を刺激するでしょう。今回の事件に対しても、「死にたいなら一人で勝手に死ね」といった発言は、危険性があるでしょう。

今回逮捕された容疑者は、前回の小田急線の容疑者が使ったオイルよりも、発火性の強い液体を使用しました。

今回の容疑者は、24歳の無職の男と報道されています。無職青年が起こす多くの犯罪があります。仕事が上手くいっており、良い仲間と生きがいがあることは、社会的な絆となり、犯罪への大きなブレーキになります。

今回の事件は、衆議院選挙投開票日に発生しました。選挙速報の特番の中で、報道されました。

無差別大量殺人は、人生最後の一発大逆転を狙った犯行とも言われます。派手な犯罪と比べれば、個人の投票など、ほとんど意味はないでしょうか。しかし、過激で急激な変化ではなく、一歩一歩改善していこうする気持ちが、自己破滅的な破壊的行動を防ぎ、建設的な行動を生むのです。

社会を少しずつ良くしていきましょう。人生を少しずつ良くしていきましょう。その思いを、広げていきましょう。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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