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相模原殺傷事件控訴に「時間の無駄」「早く死刑に」と語る人々:全ての命の重みとは

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
写真はイメージ:裁判にはお金も時間もかかるが(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

<誰かの命を軽んじた人の命を、私たちは同じように軽んじるのだろうか。>

■相模原殺傷事件(津久井やまゆり園事件)、被告の弁護人が控訴 死刑判決不服

弁護人が控訴しました。

相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で2016年7月、入所者ら45人が殺傷された事件で、殺人罪などに問われた元職員植松聖被告(30)の弁護人は27日、横浜地裁の死刑判決を不服として控訴した。地裁が明らかにした。

 植松被告は~弁護人が控訴したとしても取り下げると話している。

出典:相模原殺傷、被告の弁護人が控訴 死刑判決不服、本人取り下げ意向 3/27(金)共同通信

本人は取り下げると(一審だけで死刑になる)といいます。

■ネット上の反応

上記ヤフー記事のヤフーコメント欄など、ネット上には控訴に不快感を示す意見があふれています。

「本人が望まないなら、控訴するべきでは無い」

「控訴て…。そこに正義あるんですか?」

「平和に生きている人や障害をもっても人生を自分なりに送っている人達の命と、凶悪な犯罪を犯した人間の命が平等だとはとても思えません」

「裁判員の方々を冒涜している」

「最高裁まで無駄に生かしておく時間がもったいない」

「加害者が最高裁まで持っていき 言い訳を繰り返す度に被害者遺族は苦しみを味わっています」

「大量殺戮したその償いは、死刑以外に何があるんだ?」

「人の命を軽んずるようなやつの命は同様に軽んじてもかまわないと思う」

「時間と金の無駄」

たしかにお金と時間はかかります。しかしそれは、無駄ではないと思います。

被害者遺族やご家族、関係者の苦しみは、裁判が長引くほど、続くことになるでしょう。お辛いことと思います。関係者のケアとサポートは大切です。

被害者と加害者が平等とはもちろん思いません。加害者は制裁を受けるべきです。死刑もあるでしょう。

ただ、もしも留置場にいる人が急病で病院へ運ばれたら、医師たちは全力で命を助けます。

犯罪者だからといって手を抜くことはありません。善人も悪人も、その命を守るために全力を尽くすのが、私たちの社会です。それがたとえ死刑囚でも。

■全ての命は大切だ

命は大切です。全ての命は無条件に大切です。被告人が語るような死んでも良い命などないと私たちは強く考えます。

重い障害を持っていても。意思の疎通ができなくても。社会的な利益を生み出していなくも。そして重い罪を犯した人でも。

この「重い罪を犯した人でも」というところには、異論もあるでしょう。

私たちは障害の重い軽いで、命の重みに差をつけません。

では、良いことをしてきた人と、悪いことをしてきた人では、どうなのでしょうか。たしかに、良い人の命は守りたいと思います。ドラマなら、善人が助かり、悪人がひどい目に合えば、気持ちがすっとします。私たちの感情としては、そういうものです。

けれども、医師や看護師なら、自分の敵が病院に運ばれてきても、懸命に命を助けるはずです。

刑事ドラマでも、憎しみのあまり犯人に銃を突きつける刑事もいますが、たいていは思いとどまり、銃をしまい手錠をかけます。

アメリカの映画では、犯人のワナにかかり、主人公が無抵抗な犯人を射殺する物語もありましたが、それは犯人の勝利、主人公の敗北である悲劇として描かれています。

「命は大切」「全ての命は大切」ということばに、但し書きはつけません。命は大切(ただし重い障害者は除く)とか、命は大切(ただし極悪人は除く)などと。

一度但し書きをつけてしまえば、カッコ内の但し書きの部分には、様々な条件が付く可能性が出てきてしまうからです。

■死刑の是非は別問題

ここで死刑制度の是非を語りたいのではありません。

被告人が心神喪失だったという弁護はかなり無理があると思います。死刑判決は現行法上では妥当だと思います。

ただ通常、死刑判決が出るような裁判は、最高裁まで行きます。

事実関係を争わず、どう考えても死刑しかないだろうと思う時も、最高裁まで行きます。裁判はお金がかかるので、どんな事件でも最高裁まで行くわけではありません。でも、死刑にしようというなら別です。

お金と時間をかけ、私たちは審議を続けます。全ての命は重たいからです。簡単に死刑判決を確定させてはいけないと考えるからです。

極悪人の死刑でも、金と時間をかけて決めると、私たちの社会は考えてきました。

しかし近年、注目される大量殺人事件において、本人が控訴せずに一審で刑が確定し、さらに「早く死刑にしてくれ」と主張して実際にその通りになることもありました。

被害者遺族が極刑を求める心情はよくわかります。けれども、社会全体で「さっさと死ね」と語ることには疑問を感じます。それは一つの命を軽んじることにはならないでしょうか。

どんな人の命でも、命は大切で重たいから、だから死刑判決を出すなら最高裁まで行くべきだと私たちの社会はこれまで考えてきたのです。

■被告人のことば・私たちのことば・犯罪に負けないために

本人が控訴したくない、死刑で良いと言っているなら、その通りにすれば良いという意見もあります。

被告人は、「意思の疎通ができない重い障害者は、安楽死させた方が良い」と語ってきました。私たちは、その主張を全面的に否定します。

私たちは、どの人の命も大切だと考えるからです。

では、「私の命は重くない」と言う人の命は、軽く扱うべきでしょうか。

独自の自己主張をする人は、私たちに心の戦いを挑んでいます。

テロリストも、ハリウッド映画の猟奇殺人者も。そして現代日本の現実の加害者も。

犯罪者との戦いに勝つとは、犯罪者の逮捕や死刑だけを意味しません。犯罪者がどんな凶悪事件を起こしても、どんな主張を続けても、私たちの社会が崩されないことが、犯罪に対する勝利です。

「あいつが誰かの命を軽んじたのだから、俺もあいつの命を軽んじてやる」。そう言いたいのも、感情的にはわかります。

けれども、それでは犯罪者の言動に巻き込まれてしまったことにはならないでしょうか。

犯罪は、被害者やその関係者だけでなく、社会全体に悲しみを怒りを生みます。感情は大切です。裁判員制度を取り入れたように、市民が持つ日常感覚や常識といったものを裁判に反映することも大切です。

でも、そのことによって命が軽んじられてはいけません。怒りや悲しみの感情に飲み込まれてしまっては、相手の思うつぼではないでしょうか。

裁判員のみなさんも、感情が激しく揺れ動くなか、必死に冷静な判断をしようと努力されてきたはずです。死刑という結論には賛同しても、「極悪人はとっとと死刑になれ」と簡単に言い放ってしまうことは、裁判員の方々をかえって冒涜することにはならないでしょうか。

それは死刑がいけないという意味ではありません。ただ、重い命についての判断をするのだから、たとえお金や時間がかかっても、これまでのように最大限の慎重さを持とうと考えたいと思います。

正義は、正しい裁きにあります。そして正義は、慎重さの中にあります。

裁判の制度上、控訴しなければ、一審で刑が確定します。ルール上問題はありません。求刑通りですから、検察側は控訴しません。

弁護人は控訴しようとしています。

さて、私たちはどう考えるべきでしょうか。控訴しようとしている弁護人を非難し、お金と時間の無駄使いをせず、さっさと死刑にせよ声高に叫べばよいのでしょうか。

これだけの大量殺人ですから、死刑しかないというご意見はその通りだと思います。でも、結論が変わらなくても、まだ未解明の部分は多くあります。

裁判が続き、社会的議論を続ける意味はまだまだあります。

被告人が「俺の命は軽い」と考えても、私たちは同意しません。

私たちの心は、犯罪に負けません。凶悪犯罪者の主張に巻き込まれて、命を軽んじたりはしません。

ヤフコメ欄には、こんなご意見もありました。

「弁護士を批判するコメが多いが、弁護士は真実を明らかにするため控訴したのだ。これは弁護士として当然の務めである。被告人がなぜあのような行動をしたのか、疑問は多い。被害者も明らかにしてほしいだろう。それが裁判の役割であり、死刑云々はそれからである。3審制はそのためにある」。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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