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監禁の心理:シリアで拘束の安田純平さん 3年ぶり解放

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
シリアで拘束の安田純平さん 3年ぶり解放(写真:ロイター/アフロ)

<刑務所よりも捕虜収容所よりも過酷な監禁状態。監禁は、人にどのような影響を与えるのか。心理学的に解説。>

■シリアで監禁されていた安田純平さん解放

内戦が起きているシリアで拘束、監禁され、3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん(44)が帰国しました。「大変なお騒がせと心配をおかけした」とコメントを公表し、奥様が記者会見に応じていますが、ご本人は改めて記者会見する意向を示しています。

地獄のようだともされる監禁生活。刑務所と比べても、極端に自由がなく、身体的にも精神的にも極めて辛い状況だったでしょう。監禁は、一般にどのような影響をもたらすのでしょうか。

人間にとって、「自由」は食物や空気のように必要不可欠なもです。その自由が奪われ監禁されたときには、様々な問題が生じます。模擬監獄を使った心理学の実験では、わずか数日で囚人役にされた人々の自尊心が低下し、心身の不調を訴えるようになったと報告されています。

■監禁の心理:拘禁反応

刑務所や捕虜収容所では、反応性精神障害のひとつである「拘禁反応」が生じ、精神病のような幻覚妄想状態に陥る人がいます。もうろうとした状態になり人もいますし、「監獄爆発」と呼ばれる興奮状態になって暴れる人もいます。

■監禁の心理:プリゾニゼーション

刑務所(プリズン)という環境に過剰適応した結果として、無気力状態「プリゾニゼーション」になることもあります。

手がつけられなくなる拘禁反応とは別に、監獄という環境に過剰適応してしまう状態です。これをプリゾニゼーションといいます。

自由が奪われ、圧倒的な力にねじ伏せられて、人は個性と積極性を失っていきます。病的な歪んだ「模範囚」になってしまうのです。彼らは、従属的、依存的、受動的になり、ただ言いなりに動く人間になってしまうのです。

もちろん、すぐにこうなるわけではありません。抵抗することもあるでしょう。しかし、抵抗しては痛めつけられてといった経験を長年積み重ねていくうちに、プリゾニゼーションに陥っていきます。

過酷な状況で生き抜くためには、そうせざるを得ない場合もあるでしょう。だからこそ、殺されずい生き残ることもあるでしょう。ただ、解放後に自分自身で何かを決めることに困難を感じる人々もいます。

■ストックホルム症候群

これは、銀行強盗などが人質をとって立てこもり、周囲を警官に取り囲まれたような状態で、人質となった人々に見られることです。ハイジャック事件などの監禁事件でも、ストックホルム症候群が見られることもありますが、解放後に被害者が加害者を弁護するような心理状態です。

監禁時に、犯人が紳士的に振舞ったり、食べ物を与えるなど人質の世話をやく行動があり、また警察官に取り囲まれいつ踏み込まれるかわからない状況で、犯人と被害者の間で奇妙な運命共同体意識が生まれた結果とされています。

■洗脳、マインドコントロール

洗脳は暴力による思想改造、マインドコントロールはもっとソフトな方法によるものです。

監禁によって、洗脳やマインドコントロールされることもあります。アメリカでは、ある過激な政治グループに誘拐監禁された富豪の娘が、解放後にそのグループに入会してしまう事件もありました。犯人たちは被害者の予想に反し親切な対応を取り、その中で外からの情報を遮断し、自分たちに都合のよい情報だけを被害者に与え続けた結果でした。

■学習性無力感

どんなに努力しても努力が報われない体験を続けると、自分はとても無力だと強く感じてしまうことがあります。こうなると、解決可能な場面でさえ、チャレンジして問題を解決することができなくなってしまいます。

■フランクルの研究

ナチスの捕虜収容所での記録である著書「夜と霧」で有名なフランクル。彼によると、捕虜収容所に突然監禁された人々は、まず激しい恐怖や不安によって取り乱します。しかし、しだいに感情が麻痺し、喜びを失い、無感覚になってきます。あまりの辛さのために、心にふたをした状態です。

そのため、監禁から開放されたあとも、しばらくは現実感がわかない時期があります。そして、その後になってようやく自然な感情を持てるようになることもあります。

■安田純平さんのケース

今回解放されたとはいえ、3年4か月の監禁生活は、過酷なものだったようです。法治国家の刑務所生活とは比べ物になりません。身動きさえ許されないなど、ナチスの捕虜収容所よりも自由がありませんでした。

安田さんが語っていますが、監禁生活が次第に普通のことと感じられるようになり、その自分の感覚自体が恐ろしかったそうです。

安田さんの心に今何が起きているかは、推測するしかありません。一般に監禁による様々な悪影響は、監禁から解放されれば治るものです。ただし、すぐに治るものではありません。時間はかかります。しかも、心の問題は体の問題とは違って、わかりにくく理解されにくいものです。

今すぐ記者会見ができるような状態ではないのでしょう。少しずつ本来の生活に慣れていくことが必要です。

安田さんは、監禁中のご自身の心の変化をある程度客観視することができていたようです。そして、こうして3年4か月を生き延びられたのは、過酷な環境の中でも、希望を失わなかったからなのでしょう。

肉体的苦痛が健康を奪いますが、収容所などの事例を見ると、身体的問題以上に希望を失ったことで健康や命さえ失ってしまったケースさえあります。

ただ、極端な緊張から解かれて、そこで心身の不調が出ることもあります。長い時間のダメージはすぐには回復しないと周囲が理解し、あせらずに回復を待ちたいと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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