本人が嫌だと感じればパワハラか:指導、いじめ、体罰、暴力との違い
<「本人が嫌だと感じればパワハラ」ではありません。言葉の混乱があります。しかしそれでも、体罰やパワハラで苦しんでいる多くの選手がいます。>
■体操宮川紗江選手、速見佑斗元コーチ、塚原千恵子体操協会女子強化本部長、指導?体罰?パワハラ?
この3人を巡る騒動が、連日マスコミを賑わせています。真実はまだよくわからないのですが、体罰、パワハラ、いじめ、暴力、指導などの言葉に混乱があるように思えます。
「本人が苦痛に感じれればパワハラ」と語っているアナウンサーもいました。しかしそれは、間違いでしょう。
「選手や生徒に触れることは体罰につながるからだめ」と言っている人もいましたが、それも違います。
◯体罰とは
速見佑斗元コーチが、宮川紗江選手に体罰をふるった。これは、事実のようです。叩くのも、長時間立たせるのも、体罰です。選手本人や家族が許容しても、体罰です。体罰は禁止です。
指導すること、叱ること、罰を与えること自体が禁止ではありません。体に少しでも触ったら体罰という訳でもありません。文科省は、次のようなものを体罰だとして、許される懲戒(罰)、正当な指導行為と分けています。
スポーツ界でも、体罰に対しては、厳しい態度を取っています。例えば、日本体育学会は部活動の中での体罰に関して、次のような声明を出しています。
体罰による運動部の指導は、~決して容認できるものではありません。実験心理学の研究成果が示すように、閉じられた空間の中で人を罰する権限を持たせると、その権限は次第にエスカレートしていき、他方で罰を受ける側もそれを甘受するようになります。同様に無気力で無抵抗な人間を作り出すという実験結果も見られます。
体罰を甘んじて受けるようになってしまいがちなのですが、そのこと自体が大きな問題です。
◯暴力とは
暴力とは、「乱暴にふるう力。無法な力」です。これは当然だめです。傷害罪や暴行罪に問われることもあります。体罰は、単なる暴力ではなく、あくまで指導なのですが、殴るなどの方法を使った指導であり、そのような指導は禁じられている訳です。
教師による体罰事件でも、ひどい場合には、もはや体罰ではなく暴力と見なされ、傷害事件として扱われたケースもあります。
◯いじめとは
いじめとは、いじめ防止法によれば、「児童等に対して、〜他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、〜対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう」と定義されています(この定義では広すぎるという意見もありますが)。
殴る蹴るはもちろんのこと、みんなで無視するのもいじめです。ある子供が書いた絵を、みんなで「下手くそ」とはやし立て、その子が苦痛を感じるのであれば、いじめです。無視も、悪口も、先生に叱られ、指導を受けることになるでしょう。
このような行為がいじめとされ非難されるのは、子供の世界だからです。たとえば私が書いた小説を、多くの批評家が「読む価値なし」と酷評したとしても、ひどいいじめ行為だとはされません。
◯ハラスメントとは
ハラスメントとは、人を困らせること、いやがらせの意味です。女性の意に反して性的行為を行えば、刑事罰を受けます。しかしそこまでは行かなくても、女性が不快や苦痛を感じているならば、それはやはりいけないことで、それはセクハラだということになります。女性を傷つけ意図はなくても、セクハラと言われることはあります。
しかしそうは言っても、やはり常識はあります。「おはよう」と言っただけでセクハラだという人がいても、それは認められません。
◯パワハラとは
パワハラとは、パワーハラスメントのことで、「職場の上司など権限を持つ者が、立場の弱い部下などに対して、力にものを言わせて無理難題を強要したり、私生活へ介入したり、ときには人権の侵害にあたるような嫌がらせを繰り返し行うこと」とされています(人事労務用語辞典)。
子供とは違いますので、「本人が苦痛と感じればパワハラ」というわけではありません。それでは、通常の指導もできないでしょう。遅刻した部下を適正に叱るのはパワハラではありません。新米の料理人が作った料理を、料理長が「まだ客に出せるレベルではない」と言うのも、パワハラではないでしょう。
パワハラは、典型的には上司が部下に対して行うものですが、先輩や同僚でも、立場の強い者が弱い者に対してパワハラを行うことはあります。パワハラが表す範囲は、広がっているように思えます。
部下たちが結託して気の弱い上司に無理難題を押し付け、嫌がらせをするのも、パワハラとされます。さらにパワハラという言葉は職場の枠を超えて、スポーツや学校でも使われ始めています。
ただし、上司も、コーチも、教師も、部下や選手や生徒を指導し、叱ることは許されています。減給とか罰掃除など懲戒を与えることもあります。叱られた人が嫌だと感じても、コーチらの行為が正当な範囲内なら、パワハラではありません。
■体操宮川紗江選手問題
報道によれば、元コーチによる体罰はあったようです。それは見過ごせません。ただ問題は、その行為に対してどの程度の罰が適当かということです。これは、議論の余地があるでしょう。
塚原千恵子体操協会女子強化本部長によるパワハラはあったのか。これはまだ双方の意見が食い違っていることもあり、まず事実関係が不明です。事実関係がわかったとして、それがパワハラと言えるかどうかです。
宮川紗江選手が傷つきショックを受けたことは事実でしょう。しかしパワハラと言えるかどうかはまた別の微妙な問題です。
たとえば体罰も微妙なところがあるのですが、文科省はこう言っています。
「個々の懲戒が体罰に当たるか否かは、単に、懲戒を受けた児童生徒や保護者の主観的な言動により判断されるのではなく、~諸条件を客観的に考慮して判断されるべきであり、特に児童生徒一人一人の状況に配慮を尽くした行為であったかどうか等の観点が重要」。
パワハラも同様で、本人の気持ちは大切ですが、それだけの問題ではないでしょう。
しかし、多くの選手たちが体罰やハラスメントで苦しんでいるのも事実です。
日本オリンピック委員会(JOC)による「暴力行為を含むパワハラ、セクハラについてのアンケート調査」(2013)によると、選手の約11・5%が「暴力やパワハラなどを受けた経験がある」と回答しました。被害を受けた選手たちはとても苦しんでいます。
何でもかんでも体罰だパワハラだと責め立てれば良いわけではありません。それはかえって混乱を生むでしょう。厳しい指導も当然必要です。しかし、体罰やパワハラはやはり許されません。
2020東京オリンピックが近づく中、スポーツ界の不祥事が相次いでいます。一つひとつの問題を解決し、素晴らしいオリンピックにしていきたいと思います。