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心が生み出す原爆、心が止める核戦争:私たちが次の世代と世界に伝えるべきこと:核戦争の心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC
どんなモニュメントよりも圧倒的存在感で迫ってくる原爆ドーム(写真:アフロ)

■原爆の恐ろしさ

原爆の最も悲惨なことは、それが人間の仕業だということだと思います。

原爆の破壊力のすさまじさは、物理的な熱や爆風だけの問題にとどまりません。何十万人が死亡することに加えて、町の記録も、記憶も、そこに住む人々と共に失われます。あまりの破壊力で一気に大量の犠牲者が出るために、町の機能全てが失われます。そこに、大量の重傷者や親を失った子どもたちなど、緊急の支援が必要な人々が取り残されます。長く、放射線の影響で苦しむ人々もいます。

米軍の予想を超えた被害ではありましたが、しかし原爆の破壊力を知らなかったわけではありません。戦争映画では、いつも紳士的なかっこいいアメリカ軍が、無差別大量殺人兵器を無慈悲に使用しました。

原爆は、雷のように「落ちた」のではなく、人間によって「落とされた」のです。

人の心は、他者からの悪意ある行為によって深く傷つきます。火山爆発によるポンペイの悲劇よりも、広島長崎の悲劇は、人類の心に鋭いくさびを打ち込みました。

■原爆使用の正当性

原爆は、日本の本土決戦を避け、戦争を早く終結させ、アメリカ軍兵士たちの命を助けるために使用されたと言われています。多くの日本人は、納得しないでしょう。

でも、アメリカ人青年1万人の命を守るために、日本人を10万人犠牲にすることは、アメリカ人にとっては正義でしょう。いえ、立場が違えば、日本人も同じことを考えるのではないでしょうか。アメリカ人の10万人より日本人の1万人を救ってほしいと。こちらの千人とあちらの10万人を比較しても、答えは同じかもしれません。

原爆の使用は、非難します。しかし、息子や夫たち、アメリカ人の命を守るためだったと語る意見に、私たちはどの程度反論できるでしょうか。

■誰が悪いのか

沖縄の戦争資料館は、少なくとも以前の資料館は、「米軍にやられた」「日本軍にやられた」というメッセージを強く感じました。でも、広島の原爆資料館も、長崎の資料館も、原爆の悲惨さは伝わっても、「米軍にやられた」「日本軍や日本政府のせいだ」というメッセージは、ほとんど感じません。

「安らかにお眠り下さい。過ちは二度と繰り返しませんから」。広島平和記念公園にある、この有名な言葉が、原爆資料館の精神なのかもしれません。(政治的に言えば、アメリカに逆らえないという面もあるのでしょうが)。

沖縄も、広島も、長崎も、共に戦争への深い悲しみと怒りと、平和への熱い思いを感じる場所です。でも、どんな思いを持つことが平和を作り出すために必要なのでしょうか。

少なくとも、戦争も原爆も自然現象ではなく、人間が意図的に行ったことなのだということは、実感し続けたいと思います。

■無差別大量殺人

無差別大量殺人ということでいえば、原爆の前に、すでに都市部でのじゅうたん爆撃という形で、実行されていました。町を焼き尽くすじゅうたん爆撃が許されるなら、なぜ原爆がだめなのかを説明しづらくなります。じゅうたん爆撃を行う軍隊が、次にもっと強力な兵器で無差別大量殺人を考えるのは、当然といえば当然でしょう。

原爆には反対です。それは、原爆独自の恐ろしさに加えて、無差別大量殺人が許されないからです。

■絶対悪としての原爆

被爆70年の今日。広島市長は、「平和宣言」で「核兵器を『絶対悪』としたうえで、『核兵器禁止条約』の交渉開始に向けた流れを加速させるため全力で取り組む」と語りました。

「絶対悪」の言葉は重いものです。現在の日本も、日米安保のもと、アメリカの核の傘の下にあります。「必要があれば核兵器も使う」としなければ、核の傘も核抑止力も機能しません。

将来的に、どのような危機が日本を襲うのかは、わかりません。それでもなお、核兵器は「絶対悪」だと、私たちは主張し続けられるのでしょうか。日本人の多くの命を守るためには、核の使用もやむなしとは、決して考えないのでしょうか。

■核抑止力

核兵器を持つことによって、相手国は核兵器による報復を恐れて核攻撃をしてなこない。相手に負けない核兵器を持つことが、核戦争を避ける方法である。これが、核抑止力の考え方であり、各国が核を持つ口実です。日本も、自国は核兵器を持ちませんが、その中にいます。

核抑止力といったものが本当にあるのか、核を持つことが核戦争防止になるのかは、様々な意見があります。さらに、核抑止という理論自体が間違っているとする意見もあります。

ドイツの神学者たちの中には、相手を脅し、恐怖によって作りだされる平和という考え方自体を否定した人たちもいました。その思想は、後の核軍縮運動にも影響を与えました。

■核兵器の心理学

核兵器が使用されるとすれば、きわめて冷静沈着に議論された綿密な計画の上で使用されるのでしょうか。最先端科学の宇宙ロケットや原発でも事故が起きるように、核兵器システムにトラブルが起こる可能性もあります。それは、機械のトラブルだけではありません。核兵器システムの中で、最も注意すべきものは、「人間」でしょう。

映画「博士の異常な愛情」(スタンリー・キューブリック監督、ピーター・セラーズ主演、1964年アメリカ)では、一人の異常な人間が核戦争を起こします。近年の映画や小説では、テロリストたちによる核攻撃の危機が描かれます。

核兵器は、とてつもない兵器です。長崎のあとは、一度も実戦に使われていません。その破壊力だけでなく、もしも使用したときには、世界から激しい非難が起こることは必然です。

極めて緊迫した国際情勢のなかで、この核兵器を持ちながら、人はどれほど冷静に判断できるのでしょうか。どんなに優秀な政治家でも、議論の中で「リスキーシフト」が起こり(会議の結論が過激な方向に行くこと)、「トンネル視」に陥り(筒を通して見ているように、全体が見えなくなる)、感情的になる可能性はあるでしょう。

○参考:J・トンプソン 編著 『核戦争の心理学』

■日本人と核兵器

映画「トゥルーライズ」(ジェームズ・キャメロン監督、アーノルド・シュワルツェネッガー主演、1944年アメリカ)は、主人公がテロリストの核兵器テロを防ぐ話です。そのラストシーンは、遠くで「キノコ雲」がわきあがる風景をバックにした主人公のキスシーンでした。それは、まるで夕日をバックにしたような美しい光景でした。

大変面白い映画でしたが、このラストシーンに違和感を感じた日本人は少なくないでしょう。どんな物語の中にあっても、核兵器によるキノコ雲を美しい風景として描くことは、日本人には考えられません。広島長崎のキノコ雲の下で何が起きたのか、私たちは大勢の証言を聞いてきたからです。

何が平和を作るのか、どんな法律や国際条約がよいのか、とても難しい問題です。それでも、70年かけて育ててきた私たち日本人の、この核兵器に対する否定的感情は、とても大切だと思います。

心の問題だけでは、平和は作れません。しかし、平和を望み、核兵器を否定的に思える心は、平和を作る大きなエネルギーになるはずです。この思いを、日本の次の世代と世界の人々に、伝えていきたいと思います。

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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