「永遠の0」と「我が内なるヤスクニ」:戦争の心理学

(写真:アフロ)

映画「永遠の0」。これは、戦争映画ですが、反戦映画です。でも、私たちはやっぱり勇ましい闘いに胸躍らせます。戦争や特攻を美化していると批判する声もあります。私たちは、戦争を怖いと思います。戦争に反対します。でも、戦争に感動するのも、私たちです。

■映画「永遠の0」

ベストセラー「永遠の0」(百田尚樹氏 著)。映画も大ヒットしました。今日7月31日には、地上波で放送です(記事の後半で物語の結末に関するネタバレがあります)。

物語は、特攻で戦死した主人公の孫が、祖父の足跡を探る形で進みます。

主人公は、とても優れたゼロ戦のパイロトですが、命を大切にする人間でした。彼を知る人たちは、語ります。

「やつは命を惜しむ、海軍一の臆病者」。「帝国海軍の恥さらし」。「逃げ回っていた」。

現代を生きる孫の青年は、普通の日本の若者です。戦争反対です。でもそれなのに、命を惜しんでいた祖父にがっかりし、いらだちを覚えます。

それは多分、読者、視聴者である私たちも同じではないでしょうか。コミカルな作品ならともかく、シリアスな作品で戦闘シーンが描かれるのに、主人公が臆病者では、話が盛り上がりません。

■戦争と私たちと命

「国のために戦いますか?」と質問されて「はい」と回答した人の割合は、アメリカ44%、中国71%、韓国42%、イギリス18%、そして日本は10%です(「国のために戦う」人の割合、日本が最低? データが意味するもの)。

この調査結果をどう評価するかは、様々な意見があるでしょう。でも、こんなふうに思っている日本の若者も、命を惜しむ兵士だった祖父をカッコ悪いと感じます。

今年は終戦70年。終戦記念日の前後には、例年以上に戦争の話題がでることでしょう。

私の母も、空襲体験者です。空一面のB29爆撃機。爆弾が降り注ぐ中、親に手を引かれて逃げ回りました。町中に死体と重傷者があふれていました。両手足を吹き飛ばされたおじさんが、「殺してくれ」とうめいていた姿を見ました。

市街地へのじゅうたん爆撃は、許されない「ホロコースト」、無差別大量殺人だと思います。

そう思っている私ですが、子どもの頃は、ゼロ戦や戦艦大和のプラモデルをたくさん作って遊んでいました。映画「永遠のゼロ」を見て、空母「赤城」のリアルな映像に感動しました。

さて現実の戦争では、日本の兵士もアメリカの兵士も、国のために、家族のために、懸命に戦い、死んでいきました。餓死した兵士も多く、たくさんの民間人も犠牲になりました。

映画「永遠の0」の中では、孫たちは祖父がただの臆病者ではなかったと知ります。祖父は、妻と子のために何とか生きて帰ろうとしていたと。これは、現代の価値観からすれば、正しい考えです。孫たちは、ほっとします。

祖父は、妻に「必ず戻ってくる」と約束をして、戦地へ向かいました。

主人公は、自分の命だけを大切にしたのではありません。自爆して華々しく散ろうとする部下に、彼は説教をします。

「死ぬのはいつでも死ねる。自爆より、生きる努力をするべきだ」。

この部下は、現代の孫たちに語ります。「あの方は、誰よりも強い人、決して臆病者ではない」と。

■物語の結末

主人公は、不本意ながら、若者たちを特攻させる任務を負います。主人公は命を大切にしますが、同時に軍人としての任務を立派に果たしています。彼は激しく葛藤します。物語の結末では、主人公自身が特攻に志願し、戦死します。他の特攻機が次々と撃ち落される中、主人公のゼロ戦は、見事敵艦に体当たりをします。

苦悩する主人公は、大変立派で有能で人間的にも素晴らしく描かれています。その主人公の死は、見ている者の心を打ちます。戦争のむごさ、恐ろしさ、命の大切さを強く感じさせます。反戦映画ですから。しかし、それでもなお同時に、主人公の「華々しい最期」が、私たちを感動させている面はないでしょうか。

重苦しい雰囲気の中で映画を見ていた私たちの心に、カタルシス(たまっていた感情の開放による快感)をもたらした面はないでしょうか。

戦争反対と思う私たちの心の中にある「ヤスクニ」が刺激されるように、私には思えます。

私は国のために戦うこと自体を否定はしません。しかし、戦争は美しいものではありません。

■戦争と心理学

「戦争における「人殺し」の心理学」(デーヴ・グロスマン 著)は、軍人である心理学者によって書かれた、戦争現場をリアルに扱った本です。たとえ戦争でも、人は簡単には人を殺せません。殺されることはもちろん怖いですが、殺すことも大変なことです。ましてや、アクション映画によくあるように、次々簡単に人を殺すことなどできません。

戦場においても、銃を撃たない兵士が多くいます。その兵士たちを訓練し、銃が撃てるるようにします。上官が徹底して新兵を鍛える、躊躇している兵士に「何をしている!早く撃て!」と怒鳴る。人は、基本的に殺人を拒否します。それを訓練によって、余計な感情抜きで引き金を引けるようにするのです。

心理学では、攻撃行動は本能かどうかという議論がありました。たしかに、本能的な面はあります。しかし、動物の本能的な攻撃行動は、必要な攻撃しかしません。けれども、人間は必要以上の攻撃をしてしまいます。時に、自己破滅的な攻撃までしてしまいます。これは、もう本能ではないでしょう。

世界から人殺しはなくなりません。戦争もなくなりません。殺してやりたいと感じたり、戦闘シーンに興奮するのも人間です。動物なら決してしない大量殺人を行うのが、人間です。

しかし、戦争が本能ではないなら、止めることもできるはずです。戦いたいと強く思うのも人間なら、殺したくないと強く思うのも人間なのです。私たちは、敵国と戦う前に、「我が内なるヤスクニ」と戦わなければならないのです。

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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