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失敗から学ぶべきこと、学んではいけないこと:女子W杯イングランドのオウンゴールから考える心理学

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■女子サッカーワールドカップ準決勝、イングランド戦、劇的オウンゴールで日本の勝利

1対1の熱戦で迎えた日本対イングランド。試合は、同点のままロスタイムへ。同点のまま延長戦に入るかと思われた瞬間。イングランドのオウンフォールで勝負は決まりました。

試合終了間際にオウンゴールをしたイングランドのDFバセットは泣き崩れた。〜クリアしなければ、日本のFW大儀見にパスが届きそうな場面。倒れ込みながら蹴り出そうとしたボールは、バーに当たってゴールラインを割った。試合後、涙を流すバセットを、チームメートらが慰めていた。

出典:イングランド、痛恨のオウンゴール献上 選手泣き崩れる 朝日新聞デジタル

■失敗と失敗した選手への態度

オウンゴールは、「大失敗」でしょう。でも、人々は失敗を嘆くだけではありませんでした。

「今のこの状況を表す言葉が見つからない。ただひとついえるのは、全ての選手とスタッフを誇りに思っています」〜

「私たちは素晴らしい戦いぶりでここまできたけれど、これがサッカー。時に残酷なものなんです。それでも自分たちを奮い立たせて、土曜日のドイツ戦(三位決定戦)を戦いたい」

出典:イングランド女子代表キャプテン「時に残酷なもの、これがサッカー」 ゲキサカ 7月2日

「あなたは試合には負けたけれど人生に勝利した」「自分自身を誇りに思って。さぁ顔を上げて」〜

「ラウラは英雄に見えたはずだ。人々はずっと覚えているだろう」

「今は泣いてもいいんだ。選手たち全てをピッチに置いてきた。彼女たちは報われることはなかったけれど、偉大なアンダードッグとして国民の期待を背負ってきた。誇りに思うよ。英雄として家に帰ろう」

出典:OGで号泣するイングランドDFに国民から激励の嵐。監督は「泣いていいんだ」 フットボールチャンネル 7月2日

■スポーツの大舞台での失敗

私たちは、様々な場面で失敗します。その中でも、国の代表として出場する国際大会での大失敗は、日本中世界中が注目する中での失敗になります。責任感の強い選手ほど、大きなダメージを受けるでしょう。

リレハンメル冬季オリンピック、スキージャンプ団体。3人が飛び終わったところで、日本はもうすぐ金面ダルに手が届きそうでした。しかし、最後の原田雅彦選手が、まさかの大失敗ジャンプ。日本は銀メダルに終わりました。

原田選手は、一部から「へらへら笑うな」「お前のせいで負けた」などとと大バッシングを受け、自宅にも1年にわたって嫌がらせ電話が続きました。

その4年後。長野冬季オリンピック。今度は、原田雅彦選手の見事なジャンプで、日本は見事な金メダルを手にしました。

いつも笑顔の原田選手の顔が涙でぐしゃぐしゃです。「長かった.....」「腰が抜けた......」「みんなの力......」。インタビューを受けても言葉になりません。

実況中継の解説者が、「美しく、見事な崩壊」と語っていました。日本中が大感動しました。

大失敗ジャンプ後の4年間は、針のむしろでした。原田選手のご両親も、奥さんも、謝り続けていました。原田選手は、長野で金を取ったあとも、「(リレハンメルで)チームメイトがほとんど手にしていた金メダルを自分が銀に変えてしまった。この償いは一生かかってもできない」と語っています。

もしも長野でも失敗していたら、私たちは原田選手をどう評価したのでしょうか。

ソチオリンピックでの浅田真央選手も、最初のショートプログラムで大失敗します。彼女は、その晩「自分はフィギアスケートに向いていないのではないか」と悩んだそうです。その翌日フリープログラムでは、素晴らしい演技を見せ、日本中を感動させました。でも、もしフリーでも失敗していたらどうだったのでしょうか。日本は、浅田選手を責めたのでしょうか。

大舞台で失敗した選手をみんなで非難する社会の中で、子どもたちは夢と希望を持って、その競技に挑戦できるでしょうか。成功した人を賞賛することは誰にでもできます。失敗人にどう対応するのかに、社会の成熟度が表れるでしょう。

■失敗から学ぶべきこと、学んではいけないこと

緊張しすぎての失敗、ぼんやりしすぎての失敗、つい力をぬいてしまった失敗、力を入れすぎた失敗。いつもの失敗、ケアレミス。義務を果たさなかった失敗もあれば、不正を働いてしまった失敗もあります。人間のうっかりミス(ヒューマンエラー)に関する研究によれば、ただ失敗を嘆いたり、責めたりするのではなく、失敗から学び、どのような失敗なのかを分析し、具体的改善策をねることが必要だとしています。

しかし、スポーツの失敗は、単なる間違いやミスとは違うこともあります。どんな名選手でも三振もエラーもします。絶好のチャンスのシュートを外したりもします。

人生においても、やるべきだったのにやらなかった失敗もあります。やるべきでなかったのにやってしまう失敗もあります。これは、大きな反省でしょう。では、今回のオウンゴールはどうだったでしょうか。たしかに、大失敗です。大きなミスです。しかし、彼女は果敢にゴールを守ろうとしました。最善を尽くした結果としての失敗です。その失敗を誰が責めることができるでしょう。

絶対に三振したくなければ、バッターボックスに立たないことです。絶対にシュートをミスしたくなければ、シュートを打たないことです。絶対にオウンゴールしたくなければ、ボールからできるだけ離れることです。

でも、これでは大失敗もないかもしれませんが、成功もありません。そんな態度で試合に臨めば、活躍も勝利もないでしょう。

TBSドラマ「天皇の料理番」で、主人公が天皇の料理番となってすぐに、2千人の大パーティーを取り仕切ることになります。主人公は、何としても失敗を避けるために、できるだけ安全策をとったメニューを作ります。しかし、宮内庁の担当者に言われます。「失敗をしないことを目指して面白みのない料理になってしまっては、それは結局失敗なのではないでしょうか」と。

主人公は、ここから力を得て、大きなチャレンジと大成功を手にしていきます。

私たちは、失敗から学ばなければなりません。しかし、失敗から学びすぎてもいけません。必要以上に失敗した人や、自分自身を責めてはいけません。

あなたの失敗は何でしょう。大いに反省すべき失敗でしょうか。責任を取って辞めるべき失敗でしょうか。

スポーツも勉強も仕事も、失敗は避けたいものです。しかし、人は失敗を怖がりすぎるとチャレンジ精神を失います(「失敗を怖がりすぎることが、すべての問題を作る」Yahoo!ニュース有料)。中には、偉そうなことを言ってチャレンジしている人を馬鹿にし、自分は安全なところにいるような人にもなってしまいます。

チャレンジし続ける人こそが、心の健康な人です。チャレンジしている人こそが、賞賛されるべき人なのです。

浅田真央選手のメッセージ:IMA「スマイル/この素晴らしき世界」:失敗はあるけれど傷ついても微笑んで

社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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