うつ病と精神鑑定と責任能力:知的障害の長女殺害、介護の母に無罪は正しいか

防犯を、被害者保護を、そして精神障害への理解を。

■知的障害の長女殺害、介護のうつ病の母に無罪

難病で知的障害のある長女(当時29歳)を殺害したとして、殺人罪に問われた母親(58)(大阪府吹田市)の裁判員裁判判決で、大阪地裁は3日、無罪(求刑・懲役4年)を言い渡した。

 田口直樹裁判長は「介護の負担から重いうつ病となり、犯行当時は心神喪失状態で刑事責任能力はなかった」と述べた。

 母親は昨年10月、自宅の浴槽に長女を沈めて殺害した後、池で入水自殺を図ったところを発見され、逮捕、起訴された。その後の精神鑑定で「うつ病で意識の範囲が狭まる状態だった可能性がある」と診断され、裁判では責任能力の有無、程度が争点となっていた。

出典:知的障害の長女殺害、介護の母に無罪…大阪地裁 読売新聞 9月3日

娘を殺害した母親が、うつ病による心身喪失状態と判断され、無罪とされました。

え!どうして無罪なの!?と思われる方も多いでしょう。

■心神喪失だと、どうして無罪?:心神喪失とは

刑法の基本として、責任のない人は罰しません。たとえば、爆弾犯人が道に爆破ボタンを仕掛けていて、何も知らない通行人がボタンを踏み、爆弾が爆発して死者が出たとします。このボタンを踏んだ人が実行犯として罰せられるかといえば、何も知らず、何の責任もないわけですから、罰せられません。

責任能力がない者として、子どもと精神障害者があげられます。赤ちゃんが、何も分からずに何かを壊しても、法的に罰せられることはありません。精神障害で何もわからない人も同様です。

善悪がわからない、わかったとしても行動を自分ではまったく抑えられないとなると、責任能力がないとされます。

ただ、子ども、精神障害と言っても、いろんな人がいます。まったく善悪がわからない人もいれば、ある程度はわかる人もいます。

まったくわからなければ無罪ですし、ある程度わかれば、刑が軽くなります。5歳が放火したのと、15歳が放火したのでは、当然扱いが違います。

精神障害によって心神喪失と認められれば、罰せられません(刑法39条)。判断力が弱っている心神耗弱(こうじゃく)状態とされれば、刑が軽くなります。

心神喪失とは、精神障害などによって自分の行為の結果について判断する能力を全く欠いている状態のことです。

■精神障害と責任能力の基準:責任能力とは

刑法における責任能力とは、事物の是非・善悪を弁別し、かつそれに従って行動する能力のことです。

重い心の病の人を罰しないのは、多くの時代、文化で見られます。「殿ご乱心」ということになれば、通常の罰は受けないわけです。ただ、どの程度の状態の人を責任能力なしとするかは、様々な基準があり、揺れています。

一番狭い基準、「野獣の基準」では、まるで野獣のように、まったくわけのわからない状態の人だけが、責任能力なしとされます。一方、広い基準で言えば、心の病によって犯罪に関する認識が欠ければ責任能力なしとされます。

いずれにせよ、ある診断名がつけば自動的に無罪というわけではありません。その辺も、時代によって揺れていますが。たとえば、統合失調症=責任能力なし、無罪ではありません。統合失調症の診断を持つ人も、いろんな人がいますし、その時々で症状が違い、状態も違うからです。

統合失調症のために心神喪失状態と判断されることにより、責任能力がないわけですから無罪になります。

■精神鑑定とは

鑑定とは、裁判官だけではわからないことを専門家が調べることです。DNA鑑定とか、筆跡鑑定、指紋鑑定などですね。そして、精神鑑定があります。精神科医や心理学者らが、面談や、脳の検査や、心理テストなどを行って、その容疑者の"犯行当時"の精神状態を鑑定します(精神鑑定とは何か)。

本当は、責任能力ありなしは、精神鑑定医ではなくて裁判官が判断するはずなのですが、実際は鑑定書に責任能力の有無の判断を書くように要請されるようです。

精神鑑定は、DNA鑑定のようにはなかなか客観的に判断できない難しさがあるでしょう(精神鑑定の問題と難しさ)。

■うつ病で無罪?

うつ病(あるいは躁うつ病)=無罪ではありません。「うつ病」も、以前よりも広く診断されるようになりましたし、うつ病の判断も揺れています。

うつ病の中でも、非常に重く、妄想的な症状まであるような状態だと、心神耗弱、心神喪失と判断されるでしょう。

うつ病のために、実際以上に悲観的、絶望的となり、追い詰めらた心で正常な判断ができなくなって、娘を殺し自分の死のうと思った、心神喪失状態と判断されたわけです。

■心の病と責任能力

今回は、被害者と加害者が親子ですが、他人が殺されたり様々な被害を受けたのに、心の病で心神喪失のため責任能力がないから無罪とされれば、納得がいかないのはわかります。

しかし、それでも、私たちの社会は、責任のない者は罰しないという文化を作り上げてきました。責任なんかなくても刑罰を与える社会が良い社会だとは思いません。

もちろん、防犯に努めること、被害者を支援することは、当然必要です。

うつ病も、自殺やら無理心中やらといったことにならないようにしなければなりません。うつの正しい治療、うつの人との正しい接し方をしていかなければなりません。

精神障害への偏見や差別の思いは、適切な治療を遅らせ、かえって悲劇を生むことになりかねません。

さて、心の病と責任能力は、なかなか微妙な問題です。今までのところ、統合失調症、あるいはうつ病などで心神喪失、心神耗弱とされれば、無罪や減刑となります。

パーソナリティ障害や、発達障害などの診断、鑑定結果では、一般的には、情状酌量はされても、心神喪失心神耗弱とはされにくいでしょう。

精神障害と責任能力の基準をどう定めていくのか。広げるの、狭めるのか、社会全体で、冷静に、じくりと考えていく必要があるでしょう。

東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。HP『こころの散歩道』。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「とくダネ!」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ビートたけしのTVタックル」「ホンマでっか!?TV」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』など。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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