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東日本大震災から3年:心のケアとレジリエンス

碓井真史社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

■東日本大震災から3年:時計は止まり、時計は進む

時間が過ぎても、それだけでは心の深い傷は回復しません。体のケガなら、何年も血が流れ続けることはありませんが、心の傷は、何年でも血が流れ続けます。今も心が痛いのは、当然です。時計が止まり、まるで昨日の出来事のように悲しくなっても当然です。

一方、仕事は始まっています。テレビをみて笑いもします。亡くした家族を忘れた日はなくても、時計は進んでいます。主観的には、あの人何も変わっていなくても、実は少しずつ癒やされていることもあります。

一方、時計の進み方で苦しみが増えることもあります。あのときは夢中だったけど、今悲しみが押し寄せる人もいます。家族を亡くして、今までがんばってきたけど、疲れ果てている人もいます。

放射線のせいで帰れない家が、どんどん朽ち果てていきます。復興は進まず、津波で流された家を建て直せない人もいます。他の幸せそうな家族を見て、心が苦しくなることもあります。時は、時薬(ときぐすり)となっていやしてくれることもありますが、時は心を切り刻むこともあります。

■大切な何かを失ったとき

大切ないのち、自分の夢、仕事、仲間、自分の人生。大災害は、全てを奪い去ります。人は、信じていた「世界」を失います。世界を失った人に、私たちは何ができるでしょうか。何もできません。何もできず、ただ話を聞き、ただ祈るだけです。

もちろん、生活に必要な支援をすることはとても大切です。災害直後の混乱する避難所に行って、「こころの悩みはありませんかぁ。カウンセリングをしますよぉ」なんて言って、誰がありがたがるでしょう。りっぱな資格も、肩書きも役にたちません。

一個のおにぎり、一枚の毛布こそが必要です。それが、どれだけ助かるでしょう。

ある災害心理学者は言っています。混乱している被災地にカウンセラーとして行くなら、白衣を脱げ、名札を外せ、いっしょに冷たいおにぎりを食べ、バケツリレーを手伝え。その中で、自分の心理学の知識と技術を使えと。

まず必要なのは、安心安全です。でも、今はもう避難所はありません。3年がたちました。ご飯もあります。でも、大切な失った物は、戻りません。もう、一個のおにぎり、一枚の毛布では、心は癒やされません。長期的支援の難しさがここにあります。

■大災害の特殊性

家財産や、家族、仕事を失うことはあります。しかし、すべてを同時に失うことは普通はありません。あるいは、我が家にその悲劇が起きても、親戚や近隣は大丈夫です。警察も消防も役場も大丈夫です。ところが、大災害はその全ての力が一度に失われます。

自分の直接の被害だけではなく、周囲の被害の大きさが、PTSDを生みやすくします。

目の前で家族を失った人もいるでしょう。手をつないでいた家族を失った人もいます。誰かを助けた人もいるでしょうが、だれも助けられなかった人もいるでしょう。とんでもない光景を見てしまった人もいるでしょう。

その一つでも大きな心の傷になるようなことが、いくつも一度に起きます。

さらに、その後が問題です。十分なケアがなされないことも多いでしょう。満足な葬儀ができないことも普通です。何日も取り残されたり、必要な物資がないこともあるでしょう。これらの苦しみは、ボディーブローのように、じわじわと心を苦しめます。

大災害時には、複数のトラウマが発生します。大災害時の心の傷は、複雑に絡みあっています。

■悲しんでいる者は幸いである

もちろん、不幸を喜んでいるわけではありません。でも、有名な言葉です。「悲しんでいる者は幸いである」。聖書の中の言葉です。心理学的に言うと、どうしようもない苦しみを乗り越えるためには、悲しむことしかありません。

後にPTSD(心的外傷後ストレス障害)が出やすいのは、大泣きしている人ではなく、泣けない人なのです。

死別のようなどうしようもない苦しみと直面したときにできることは、悲しむことです。深く長く悲しむことです。悲しみが一夜にしていやされることなどありません。

ただし、孤独に悲しんではいけません。

ある女子中学生が、めざしたいクラス像としてあげた標語です。

「だれも教室のはじっこで泣かないクラス」。

泣くことはいい。でも、涙を隠して、誰にもわかってもらえなくて、教室のはじっこでひとりぼっちで泣いている。そんなクラスは嫌だと、思ったのでしょう。

孤独の世界へ逃げ込むのは、悲しみを癒す間違った方法です。

感情を押し殺すのではなく、すべての感情を受け入れることが、癒しにつながるでしょう。

「悲しんでいる者は幸いである。その人は慰められるからである。」

ただ、千年に一度の未曾有の大災害です。原発事故もありました。どんなに被災地を見ても、震災のドキュメンタリーやドラマを見ても、本当の被害者の気持ちはなかなかわからないでしょう。同じ県内の中でさえ、わかり合えないことはあるでしょう。

それでも、少しでもわかちあうことができればと思います。

■この先へ

大切な何かを失った人は、深く悲しんだその後で、新しい生活に慣れていきます。そして、簡単に言えることではないのですが、その「喪失体験」をも、意味あるものに変えていきます。それは、その人自身にしかできません。

失ってしまった大切な何かを取り戻せればいい、あの日がなかったらいい、そう思います。でも、それは不可能です。深く悲しんだ後で、立ち直るしかありません。

その立ち直る力を、最近の心理学では、「レジリエンス」と呼んでいます。人は、どんなに苦しいことがあっても、立ち上がり、その先へ向かいます。

■レジリエンスとは

レジリエンスとは「精神的回復力」「抵抗力」「復元力」「耐久力」といった意味の言葉です。逆境、心的外傷(トラウマ)、悲劇や脅威と出会ったときに、うまく乗り越えら得る力です。どうしても変えられない環境なら、人間の方が乗り越えるしかありません。

などと言われてできるものではありませんけれども、私たちのレジリエンスを少しでも強めていきましょう。回復を妨げいるものを、取り除きましょう。

■レジリエンスを高めるもの

1、まず、愛と信頼と安心と勇気づけ。誰かがケアをしてくれて、世話をやいてくれて、愛と信頼と勇気をくれることもあるでしょう。

また逆にだれかの世話をやくことも、レジリエンスを高めます。この子がいたから生きてこられたといった言葉を良く聞きますが、自分が保護しなければならない誰かを持っていることは、その人自身のレジリエンスにつながります。自分ががんばって、誰かが喜んでくれる体験は、レジリエンスを高め、大困難を乗り越える力となるのです。

2、現実的な計画と手順

人間は心だけでは生きていません。そして仕事や街の復興、将来が見通せるような計画がレジリエンスを高めます。

3、自信と自尊心

自分にもできるという感覚です。犯罪被害者や災害被害者は、しばしば無力感に陥ります。自分が小さくなった感覚に陥ります。誰かの世話になるだけでは、自信は取り戻せません。

自分も何かの役にたっているという感覚、がんばれるという感覚です。

4、コミュニケーション

コミュニケーションは、心の交流です。わかってくれる人がいる。自分の汗と涙をわかってくれる人がいる。自分の気持ちを出すことができる。そんなコミュニケーションが、レジリエンスを高めます。

5、感情とつきあう能力

悲しみをごまかしたりしない。怒りを感じたときに殴ったりしない。ストレスがたまったときにどうすれば良いかを心得ている。それが、感情とつきあう能力です。

強くて、泣いたところなんか見たことがない人が、家族を亡くして声を上げて泣くことがあります。泣くことは良いことですが、自分でもこんな深い悲しみを体験したことがないと、どうしたら良いかわからなくなります。

怒りや後悔や自責の念や恨みや、様々な感情とのつきあい方を、人は少しずつ学んでいくのでしょう。

■レジリエンスの多面性

一人の人のレジリエンスは、一つではありません。様々な場面のレジリエンスがあります。ある人は、仕事の場面では立ち直ってりっぱな仕事をしていても、家庭ではふさぎ込んだり、ストレスを爆発させているかもしれません。

大災害は、その人を、その家族を、大きく揺さぶります。弱かった部分が壊れます。

この困難やあの危機には立ち向かえても、こちらの問題やあの課題には立ち向かうことができないこともあります。それは自然なことです。でも、ある場面でレジリエンスが発揮できているなら、きっと別の場面でも回復できるはずです。

■長期的ケアと資源の活用と心の復興

大災害が起きる。注目され、報道される。ボランティアや支援物資が集まる。時間がたつ。しだいに報道も減る。ボランティアも減る。物資も減る。世間の関心も薄くなる。

それは、大なり小なり起こることでしょう。風化させてはいけませんが、それでも人はずっと同じ気持ちではいられません。その中で、長期的なケアが求められます。

今回は、今までになく町の復興も大幅に遅れています。それに伴い、もともと時間がかかる心の復興も遅れているかもしれません。

しかし、これは実証的な研究の成果なのですが、大困難に出会った人の多くが、その後で心の成長を経験しています。大病を経験した人が、その後、前より一層よい人生を送るようなものです。PTSDではなく、PTG(外傷後成長)です。

そのためには、周囲の共感と安心安全が必要です。

お金も住宅も専門家も無限にあるわけではありません。それらの資源を必要な場所、必要な人に効果的に使う事が必要です。政治と行政のリーダシップが求められます。

心の問題で言うと、難しいのは、ケアの必要な人は自分ではわからないと言うことです。何かあったらご相談くださいといったことを言っても、自分自身で心の癒しが必要なことがわからないのです。それが、普通です。

だから、周囲の配慮が必要です。周囲の工夫が必要です。

また、個人が自分で使える「資源」も限りがあります。大困難からの回復には、我慢も努力も必要でしょう。そこに心のエネルギーを使わなければなりません。だから、限られた心のエネルギーを大切に使いましょう。

無駄なところで、心のエネルギーを使わせてはいけません。むしろ、我慢しなくても良い場面を多く作りましょう。リラックスできる場面を作りましょう。楽しい事をしましょう。楽しいことは、ただその人にサービスすることではありません。一緒に何かを作り上げることかもしれません。そして、心の資源を貯めて、ここぞというところで使うのです。

あなたの心の復興は、隣の人の心の復興につながります。小さな幸せを持つ人は、隣の人に小さな幸せを分けることができます。

3.11を通して、日本は成長した。3.11を通して私たちは希望を学んだと、きっと語りたいと、願っています。

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社会心理学者/博士(心理学)/新潟青陵大学大学院 教授/SC

1959年東京墨田区下町生まれ。幼稚園中退。日本大学大学院文学研究科博士後期課程修了。博士(心理学)。精神科救急受付等を経て、新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科教授。新潟市スクールカウンセラー。好物はもんじゃ。専門は社会心理学。テレビ出演:「視点論点」「あさイチ」「めざまし8」「サンデーモーニング」「ミヤネ屋」「NEWS ZERO」「ホンマでっか!?TV」「チコちゃんに叱られる!」など。著書:『あなたが死んだら私は悲しい:心理学者からのいのちのメッセージ』『誰でもいいから殺したかった:追い詰められた青少年の心理』『ふつうの家庭から生まれる犯罪者』等。監修:『よくわかる人間関係の心理学』等。

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