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名バイプレーヤー女優「伊藤沙莉」が魅せる3つの「み」

碓井広義メディア文化評論家
『これは経費で落ちません!』での伊藤沙莉さん

若き日の樹木希林さんを彷彿(ほうふつ)とさせる、テレビドラマの「名バイプレーヤー女優」。

前回までに挙げた、江口のりこさんや市川実日子さんに続く3人目は、少し下の世代から選んでみました。

それが、伊藤沙莉(いとう さいり)さんです。

「朝ドラ銘柄女優」の飛躍

NHKの連続テレビ小説、通称「朝ドラ」は新人女優の登竜門であると、昔からよく言われます。

確かに、新人時代に「朝ドラ」の主役に抜擢され、その後、大きく成長していった女優さんは大変な数になるでしょう。

しかし、最近の傾向として面白いのは、朝ドラの主役だけでなく、ナンバー2、ナンバー3と呼ばれていた面々が注目されること。

朝ドラで人気を集め、その後は主演女優に負けない活躍を見せるケースも多いのです。

そうした人たちを、たとえばですが、「朝ドラ銘柄女優」と呼んでみます。

「朝ドラ女優」というと、やはり朝ドラのヒロイン、主役を担った女優だけを指してしまう。

そこで、「朝ドラで印象を残した女優」という意味を込めての「朝ドラ銘柄女優」。

近年、この「朝ドラ銘柄女優」を最も多く輩出したのが、有村架純主演の『ひよっこ』(17年)でした。

ヒロイン・谷田部みね子の親友、助川時子が佐久間由衣さん。

みね子が集団就職で入社した向島電機の同期、青天目(なばため)澄子は松本穂香さん。同じく兼平豊子が藤野涼子さん。

そして、みね子の同級生・角谷三男(泉澤祐希)が就職した東京の米屋、そこの“お嬢さん” 安部さおりを演じていたのが、伊藤沙莉さんです。

群を抜く、3つの「み」の表現

さおりは三男を好きになり、積極的に迫っていきました。

しかも、なかなか自分を見てくれない三男が、時子のことを忘れられないのだと知って、“身もだえ”するんですね。

伊藤さんは、女性が抱え持つ「生々しい感情」をリアルに、しかもさらっと演じることが出来る、貴重な若手女優と言えるでしょう。

リアルに、さらっと。これが凄い。

特に、3つの「み」を表現する時、その才能がひときわ輝きます。

伊藤さんが魅せる3つの「み」とは、

妬(ねた)み。

嫉(そね)み。

僻(ひが)み。

他人の幸福や長所をうらやみ、かなわないと憎み、何事も素直に受け取れない。

そんな複雑で切ない女性の心情が演じられてこその、名バイプレーヤー女優です。

さらに伊藤さんは、それが単なる「イヤな女」ではなく、コントロール不能なほど情感豊かな「愛すべき女」なのだと、見る側に伝えてくれる。

次世代型「名バイプレーヤー女優」へ

『ひよっこ』のあとの出演作は、日曜劇場『この世界の片隅に』(TBS系、18年)でした。

「すずさん」こと北條すず(松本穂香)の嫁ぎ先の隣の娘で、幼馴染であるすずの夫・周作(松坂桃李)に憧れていた、刈谷幸子を好演します。

さらに『これは経費で落ちません!』(NHK、19年)では、経理部員の佐々木真夕になりました。

ヒロインである森若沙名子(多部未華子)の仕事を助けたり、上司の課長(吹越満)をからかったりと、自在な演技を披露しています。

そして21年は、市川さんも出ていた『大豆田とわ子と三人の元夫』(関西テレビ・フジテレビ系)。

ここでは、何ともクセになるナレーションを聞かせてくれました。

ドラマの冒頭で、「今週あった出来事」としてその回の説明をする趣向が話題となった、アレです。

最近は少なくなってしまいましたが、かつての「火曜サスペンス劇場」といった2時間ドラマなどで使われていた、「アバンタイトル」に当たる部分です。

一般的に「アバン」は、最初に見どころなどをダイジェスト的に紹介して、視聴意欲をかき立てるためのものです。

しかし、このドラマでは、それを見て展開を予想しても、いい意味で裏切られてしまう。

そんなトリッキーな仕掛けを、伊藤さんのハスキーボイスが際立たせました。

姿は見せないけれど、声と口調だけで伊藤さんと分かり、視聴者をニヤリとさせる存在感。次世代を代表する、名バイプレーヤー女優の面目躍如です。

ドラマをより面白いものに

トルストイの小説『アンナ・カレーニナ』の中に、「幸福な家庭は似ているが、不幸な家庭はそれぞれだ」という意味の一文があります。

それに倣(なら)えば、「凡庸な脇役は似ているが、優れた脇役はそれぞれに個性的だ」ということかもしれません。

江口さん、市川さん、そして伊藤さんといった個性的な「名バイプレーヤー女優」の活躍が、これからもドラマをより面白いものにしてくれるはずです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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