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映画『ドライブ・マイ・カー』 問題の「中頓別町」は「上十二滝村」に!

碓井広義メディア文化評論家
『ドライブ・マイ・カー』パンフレットより(筆者撮影)

濱口竜介監督の秀作『ドライブ・マイ・カー』が公開中です。

原作は村上春樹さんの同名小説で、第74回「カンヌ国際映画祭」脚本賞受賞作。

主人公の家福悠介(西島秀俊)は、病死した妻・音(霧島れいか)が別の男(岡田将生)たちと関係があったことを知りながら、何も言えなかった自分にこだわり続けていました。

しかし、雇った専属運転手・渡利みさき(三浦透子)と一緒に走るうち、秘めていた過去を少しずつ語り始めます。

俳優で演出家でもある家福は、チェーホフの「ワーニャ伯父さん」の舞台を作っていきます。

「ワーニャ伯父さん」は原作小説にも登場しますが、映画では大胆かつ巧妙なアレンジが為されており、家福自身の物語の進行とリンクして実にスリリングでした。

またこの芝居に参加する俳優たちのキャスティングや演技についても、濱口監督の創造力が遺憾なく発揮されています。

渡利みさきの「故郷」はどこ?

原作との関係で言えば、「ワーニャ伯父さん」以外にも、いくつかのアレンジがありました。

たとえば、物語の主な舞台が「東京」ではなく、「広島」であること。

みさきが運転する家福のクルマが「黄色のサーブ900コンパーチブル」から、「赤いサーブ900ターボのサンルーフ」に。

そして、みさきの「故郷」。

原作が『文藝春秋』2013年12月号に掲載された時、みさきが生まれ育ったのは、北海道に実在する「中頓別(なかとんべつ)町」でした。

翌年、単行本『女のいない男たち』に収録された際、「中頓別町」は、架空の「上十二滝(かみじゅうにたき)町」に変わっていました。

そして今回、映画の中では、みさきの故郷は「上十二滝村」という設定。町から村へ、あえてスケールダウンさせています。

家福はみさきと共に、この「上十二滝村」を訪れるのですが、原作にはそういうシーンはありません。

原作のみさきは、映画以上に、なかなかのヘビースモーカーです。

しかもクルマの中で煙草を吸った後、窓の外に弾いて捨てました。

それを見た家福は、「たぶん中頓別町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と思いますが、口に出してはいません。

ところが、中頓別町の町会議員が、我が町に対する「偏見と誤解が広がる」と抗議したのです。

それが新聞記事となり、ネットで広がります。

村上さんは、単行本化の際に変えることを表明し、騒動はおさまりました。

「中頓別町」→「上十二滝町」→「上十二滝村」

実際に単行本を開くと、「たぶん上十二滝町ではみんなが普通にやっていることなのだろう」と変更されています。

もともと、中頓別町は煙草のポイ捨てが多いといった誤解や偏見を生むような、物語の流れではありません。

あくまでも小説というフィクションの中でしたが、作品自体を読まずに騒いでいた人たちも多かったと思います。

結局、早々にコメントを出した、村上さんの「大人の対応」が見事でした。

映画のみさきは、クルマからのポイ捨てはしません。

雪の「上十二滝村」も、なかなか切なくて素敵で、ちょっと行ってみたくなります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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