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『天国と地獄』綾瀬はるか×高橋一生の「入れ替わり」を深掘り!

碓井広義メディア文化評論家
(提供:yotto/イメージマート)

綾瀬はるかと高橋一生が入れ替わった!

17日(日)から始まった日曜劇場『天国と地獄~サイコな2人~』(TBS)。殺人鬼の日高陽斗(高橋一生)と、彼を追う刑事である望月彩子(綾瀬はるか)の「魂」が入れ替わってしまったという物語です。

奇抜な話かもしれませんが、旬の役者がきっちり演じることで、異色のサスペンスドラマになっています。

初回の展開は皆さんもご覧になった通りだとして、ここでは、あの2人に起きた、魂の「入れ替わり」に注目したいと思います。

『天国と地獄』における「入れ替わり」のきっかけは、歩道橋の階段での転落でした。つまり「階段落ち」です。

2人がごろごろと階段を転がり落ちて、気を失う。そして意識を取り戻した時には、互いの心と体が入れ替わっていた。当人たちも、見ている私たちも「え、なぜ?」と思いますが、分らない。でも、確かに入れ替わってしまった。

「入れ替わり物語」の元祖『転校生』

過去にも、「階段落ち」で魂が入れ替わった作品がありました。よく知られるのが、大林亘彦監督の映画『転校生』(1982年)です。

舞台は大林監督のホームグラウンドである尾道。中学生の一夫(尾身としのり)は、転校生である一美(小林聡美)を見て、幼なじみだったことを思い出します。

ところが、2人は一緒に神社の石段から転げ落ち、気がつくと互いの心と体が入れ替わっていました。思春期の男の子と女の子が、異なる「性」を自分のものとして体験することで色々なことを感じ、考えていく。名作といえる1本でした。

そして、『転校生』から32年。突如として出現した「入れ替わり物語」が、NHKのドラマ10『さよなら私』(2014年)です。主演は永作博美さん、共演が石田ゆり子さんでした。

高校時代からの親友同士が41歳になり、友美(永作)は専業主婦、薫(石田)は独身の映画プロデューサーとして働いています。しかも、ふとしたことから、友美は夫の洋介(藤木直人)の浮気相手が、自分の親友である薫だと気づきました。

不倫問題をめぐって、長い石段の上で言い争う2人。もみ合ったはずみで、同時に石段から転げ落ちてしまいます。そして気がつくと、替わっていた。

すごかったのは、愛人である薫のマンションに、洋介が通ってくる場面です。いつものように、洋介は薫を抱こうとしますが、薫の心は妻の友美なのです。この奇妙な関係が生み出す背徳的エロスと怖さときたら、半端じゃありませんでした。

2人が家族や職場の人たちに気づかれないよう、不安と戸惑いの中で過ごすうち、今度は友美の体が、がんに冒されていることが判明します。両者の葛藤もピークに。

脚本は、『ちゅらさん』や『ひよっこ』の岡田惠和さん。この年代の女性たちの微妙な心理を、入れ替わりによって明かされる本音と建前も含めて、丁寧に描き出していました。

また永作さんと石田さんは、この複雑な役柄を繊細な演技で表現しており、大人が見るべき1本になっていました。

「入れ替わり」にも様々な「型」がある

実は「入れ替わり」にも様々な型があります。たとえば、テレビ朝日のドラマ『民王』(2015年)。

話は何とも破天荒で、ある日、時の総理大臣・武藤泰山(遠藤憲一)と、そのバカ息子・翔(菅田将暉)の心が、突然入れ替わってしまうのでした。

2人は周囲に悟られないよう誤魔化しながら、回復を待とうとします。しかし、泰山の姿となった翔は、秘書官が書いた答弁を棒読み。しかも、まともに漢字が読めないため、野党からも失笑を買います。

一方、見た目は翔ですが、傲岸無礼なままの泰山も、就活で訪れた会社で面接官を罵倒し、説教までしてしまう。

政治や権力をめぐるドタバタコメディでありながら、一種の風刺劇にもなっていました。遠藤さんと菅田さんのテンションも尋常ではなく、大いに笑ったドラマです。

ただし、このドラマでの入れ替わりは、例の「階段落ち」ではありません。泰山が歯の痛みに襲われ、翔の頭をフライパンが直撃した瞬間、2人の心と体が入れ替わっていた。問答無用の転換でした。

次が、大ヒットした新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』(2016年)です。

東京の高校生である瀧(たき)と、飛騨の山奥の町で暮す女子高生の三葉(みつは)。別々の場所にいる、会ったこともない2人が、突然入れ替わってしまう。

「階段落ち」も、フライパンの直撃もなく、もはや「運命」と呼ぶしかない、時空を超えた「入れ替わり」現象でした。

そして最も近い「入れ替わり」が、2020年5月に放送されたリモートドラマ『今だから、新作ドラマ作ってみました』(NHK)の中の1本、『転・コウ・生』です。

出演は柴咲コウさん、ムロツヨシさん、高橋一生さんという豪華メンバー。しかも、それぞれが「自分」を演じるというのが基本構造です。

たとえば、自分の部屋にいた柴咲さんとムロさんが入れ替わる。秀逸だったのは、高橋さんが、なんと柴咲さんの愛猫・ノエルと入れ替わってしまったこと。ネコが高橋さんとしてしゃべるわけです。

綾瀬はるかさんと入れ替わる前に、ネコと入れ替わっていた高橋さんでした。

途中からは、この「入れ替わり」の組み合わせがランダムになって大混乱。どうすれば元に戻れるのか。いつまでこれが続くのか。という展開でしたが、入れ替わりの「きっかけ」は、確か落雷による停電だったと思います。

『天国と地獄』のリスペクトとオマージュ

さて、『天国と地獄』に戻ります。入れ替わりのきっかけは、歩道橋の階段での転落でした。『転校生』や『さよなら私』と同じく、2人一緒の「階段落ち」です。

では、なぜ脚本の森下佳子さんはじめ制作陣は、決して目新しくはないこの設定を選んだのか?

答え=説明不要だから。

そう、これなら細かい説明をしなくてもいいのです。

この国のエンタメ界では、すでに約40年も前から、「階段落ち」さえあれば、人の心と体が入れ替わっても構わないことになっている(笑)。入れ替わり物語の「王道パターン」の継承と言っていい。

映画『転校生』は、山中恒さんの小説『おれがあいつであいつがおれで』を原作としていました。

小説の中の一夫と一美は、中学生ではなく小学6年生。入れ替わりも「階段落ち」ではなく、一夫が地蔵堂の縁(えん)から飛び降りるような形で、一美に体当たりしたことがきっかけでした。

「階段落ち」での入れ替わりこそ、いわば大林監督の「発明品」だったのです。

ドラマ『さよなら私』もそうでしたが、今回の『天国と地獄』もまた、「階段落ち」には大林監督へのリスペクトと、「入れ替わり物語」の元祖である『転校生』へのオマージュが込められていると言えるでしょう。

『転校生』や『さよなら私』を見たことのある皆さんは、登場人物たちが、どうやって元に戻ったのか、ご存知かもしれません。

ならば、『天国と地獄』も戻り方まで踏襲するのかどうか。

それは分りませんし、むしろ分らないままのほうがいい。しばらくは、魂が入れ替わってしまった犯人と刑事の「常ならぬ体験」を、存分に楽しみたいと思います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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