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「踏み込んだ展開」で果敢に攻める『半沢直樹』終盤戦

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

盛り上りをみせている日曜劇場『半沢直樹』(TBS系)も、残すところ、あと1回。なんだか、あっという間だったような気がします。

ここまで人気を支えてきたのは、第一に、主演の堺雅人さんを筆頭とする俳優陣の熱演でしょう。市川中車(香川照之)さんはじめ、市川猿之助さん、片岡愛之助さん、尾上松也さんなど、歌舞伎界の強力メンバーの参加も功を奏しました。

次に、「見せ場」をよく心得た丑尾健太郎さんたちの脚本と、福澤克雄ディレクターたちの緩急自在な演出があります。

そしてもう一つ、IT企業の買収を軸とした前半以上に、「帝国航空」をめぐる後半の物語が、いい意味で生ぐさい。つまり、政界という現実を取り込んでいることが、見る側を引きつけているのだと思います。いわば「踏み込んだ」展開です。

このドラマの中の帝国航空は、ナショナル・フラッグ・キャリア(一国を代表する航空会社)という設定になっています。これって、フツーに見ていれば、やはり「日本航空」を思わせる。「経営危機」、「再建案」、「債権放棄」といった言葉が飛び交うわけですから、当然かもしれません。

覚えている人も多いと思いますが、10年前、日本航空が倒産した際には、銀行など金融機関が総額5000億円以上の債権を放棄しました。これは事実。

ドラマで描かれているような国土交通省やタスクフォースの動きが実際にあったのかどうかはともかく、あの時の債権放棄が高度な「政治的案件」だったことは確かであり、見る側の興味・関心を引くには十分です。

そして、半沢の前に登場したのが、ドラマにおける政権党である「進政党」であり、その幹事長である箕部啓治(柄本明)です。

箕部は、半沢たちによる帝国航空の再建を阻止しようとするだけでなく、航空業界も金融業界も自身の支配下に置くことを企む政治家です。

ですから、国土交通省の白井亜希子大臣(江口のりこ)も、東京中央銀行の紀本平八常務(段田安則)も、箕部幹事長にとっては単なる手駒にすぎません。言いなりです。というか、政権を担う党の幹事長というもの、どんだけ権力もってんだ、って話ですよね(笑)。

今週はじめに菅義偉・内閣官房長官が自民党総裁に選ばれ、16日には第99代内閣総理大臣に就任しました。

ここまでの一連の動きの中で、あらためて浮上したのが二階俊博・自民党幹事長の存在です。何より菅首相が誕生したこと自体、私たちに、その「影響力」を想像させる形となりました。

菅首相は、ご存じのように「安倍政治」の継承者を自任しています。しかし、「隠蔽(いんぺい)ゲーム」ともいうべき出来事が安倍政権時代に多発したように、反省より先に不都合なことは隠そうとする体質を継承して欲しくはありません。

面白いのは、政権党の幹事長が、フィクションとはいえ、ラスボス(ゲームなどにおける最終的な敵)に当る存在として描かれていること。しかも半沢たちは、箕部が銀行から受けた20億円もの融資の実態を問題視している。背後には、地方空港の設置や路線開設にからむ利権が見え隠れします。

視聴者は現実の政治状況も眺めながら、ドラマの展開を楽しんでいるわけです。一度はこの箕部幹事長に頭を下げざるを得なかった半沢ですが、最終回でどう巻き返していくのか。どんな「決着」や「落とし前」をつけるのか。

あらためて言えば、「正しいことを正しいと言えること」を愚直に目指す、半沢直樹という男の姿がすがすがしい。それが国民的ドラマ『半沢直樹』最大の魅力ですが、新型コロナによる「閉そく感」が常態化している今だからこそ、半沢の倍返し、十倍返しに、一服の清涼剤以上の大きな価値があるのです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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