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『知らなくていいコト』の「イースト砲」が、テレビ局の「ヤラセ疑惑」を撃った!?

碓井広義メディア文化評論家
番組サイトより

連続ドラマも、軒並み終盤戦に突入しました。中には、「あれ、まだやってたんだ?」というものもありますが、「ええ! 次はもう最終回なのか」という作品もあるわけで・・・。

吉高由里子主演『知らなくていいコト』(日本テレビ)は、すっかり後者となり、終了したらロスを起こす人が結構いるんじゃないでしょうか。

そんな『知らなくて』ですが、4日の第9話では、なんとテレビ局の「ヤラセ疑惑」が登場しました。

これまでに、「イースト砲」は大学と文科省の贈収賄疑惑、人気プロ棋士の不倫疑惑などを狙い撃ちして、成果をあげてきました。しかし、ついにドラマにとっては、自分たちの足元であるテレビ局を標的にしたわけで、「やるなあ、脚本の大石静さん!」と思った次第です。

描かれた「ヤラセ疑惑」

ヤラセといっても、番組の種類によって、その線引きや問題のあり方は違ってきます。ニュースや報道、そしてドキュメンタリー系など、「現実」を扱う番組の場合、結果的に「事実」とは異なる情報を伝えるヤラセは、強い批判の対象となります。

今回、このドラマで描かれた舞台はバラエティで、いわゆる「大食い番組」でした。そういえば、ひと頃に比べて、大食い番組をあまり見かけませんね。

ケイト(吉高)に情報を伝えてきたのは、大食い大会の出場者で、素人チャレンジャーの女性。彼女によれば、番組の主役でもある大食い美人タレントに出される料理が、密かに細工されているというのです。

さっそくケイトたちは取材に入りますが、後輩の若手記者が頑張りました。制作現場や上司への不満を持つ、大食い番組のアシスタント・ディレクター(AD)と親密な関係を作り、ヤラセの手法などを証言させたのです。

それは、美人タレントが食べる「巨大ハンバーグ」の内側を、ごっそりと削って空洞化させ、実質の量を減らすという、まあ、なんともシンプルというか、姑息というか(笑)、ちゃちな手口でした。

黒幕は、番組の女性プロデューサー。美人タレントを優勝させることで、彼女が所属する芸能事務所の社長に恩を売り、企画中の新規番組に、その事務所の人気タレントをキャスティングするのが狙いでした。うーん、これまた小さな見返りを求めたものです。

しかも、「局P」と呼ばれる放送局のプロデューサー、つまり番組の責任者本人が、このレベルのお粗末なヤラセを、ADに指示してやらせるなんてことは、ほぼあり得ません。発覚すれば、自分も番組も吹っ飛ぶからです。

それに、現在放送されている番組のほとんどに、制作会社が入っています。バラエティ番組はもちろん、報道番組もまた然りです。

このADも局員ではないようでした。局Pが、総合演出と呼ばれる局のディレクター、制作会社プロデューサー、現場の制作会社ディレクターなどを飛び越えて、制作会社のADに直接ヤラセを強要するというのは、さすがに無理があるのです。

もちろん、フィクションであるドラマとしては、それなりに面白く見られるようになっていました。そのことは重々承知の上での「無い物ねだり」です。

というのは、前述の贈収賄問題も不倫問題も、ネタにしろ、取材過程にしろ、なかなかリアルで刺激的だったからです。それと比べると、今回の「大食い番組のヤラセ疑惑」は、ちょっと残念な内容でした。

それに、見る側も日常的に、現実の「ヤラセ疑惑」を見聞きしているんですね。それこそ日テレも例外ではありません。

リアルな「ヤラセ疑惑」

昨年7月、『世界の果てまでイッテQ!』の「ヤラセ疑惑」に関して、放送倫理・番組向上機構(BPO)の「放送倫理検証委員会」が、意見書を公表しました。

問題となったのは2017~18年に放送された、タイの「カリフラワー祭り」やラオスの「橋祭り」などです。

宮川大輔さんが、世界各地の珍しい祭りに参加する人気企画でしたが、BPOは2つの「祭り」は伝統的なものではなく、番組のために現地で用意されたものとしながら、「重いとは言えない放送倫理違反」と結論付けました。

平たく言うと、ヤラセを行ったのは現地のコーディネート会社だから、ということです。「こんな祭りがあるんですよ」という口車に乗せられた制作会社も、ましてや制作会社が撮ってきた番組を見て気づかなかった日テレも、お咎(とが)めなしというわけです。

もしも、この時、BPOがヤラセと認定していたら、日本民間放送連盟(民放連)の会長も務める、日テレの大久保好男会長は大恥をかくところでした。

BPOは、この意見書の中で、「ヤラセ」という言葉を使用していません。これに疑問を持った記者の方も少なくなかったようで、会見では「なぜヤラセなどの言葉を使わなかったのか」という質問が出ていました。

これに対して、BPOの升味佐江子委員長代理は「お約束として視聴者が納得している演出には、誰もヤラセとは言わない」と答えています。

しかし、果たして視聴者は皆、「お約束」として見ていたでしょうか。年に一度の海外の「伝統ある祭り」に、日本から宮川さんが参加して、挑戦し、頑張ったというドキュメント・バラエティを信じて見ていたわけです。

それが、伝統ある祭りでも何でもなく、番組用に設定された祭り(というか単なるイベントですね)ということになれば、普通は、演出でも誇張でもなく、でっち上げ、ヤラセといわれても仕方ありません。

かつては、ヤラセの事実があれば、たとえ制作会社の撮った番組であっても「重大な放送倫理違反があった」となったはずですが、随分、BPOも寛容になりました。のど元過ぎて、この祭り企画も復活したようですね。

練達の脚本家・大石静さんであっても、さすがに、このスケールのヤラセ疑惑を、ドラマで扱うのは難しいでしょう。ですから、かつてヤラセ疑惑が話題となったこともある「大食い番組」というジャンルを舞台に、ごくシンプルなお話にしたのだと思います。再度言いますが、あれはあれで、それなりに面白かったです。

さらばケイト! さらばイースト砲!

このドラマも、次が最終回。もうイースト砲が見られなくなるかと思うと、寂しいです。そして、ケイトの父親をめぐる問題、尾高(柄本佑)との関係など、どう決着をつけていくのか。「知らなくていいコト」とは何だったのか、大いに「知りたい!」です。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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