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脚本家・大石静が『知らなくていいコト』で示した、「不倫報道」への違和感!?

碓井広義メディア文化評論家
番組サイトより

このところ、「文春砲」ならぬ「イースト砲」が、連続で炸裂しています。

「週刊イースト」は、ドラマ『知らなくていいコト』(日本テレビ)のヒロイン、真壁ケイト(吉高由里子)が働いている雑誌ですが、結構スクープを放っているんです。

社会派ネタで、イースト砲!

先日は、「大学入試問題の漏洩」という、この季節にピッタリのネタでした。

きっかけは、ケイトがバスの車内で耳にした、女子高生たちのおしゃべりです。進学塾のカリスマ講師が担当する特別クラスの受講生は、慶英大医学部への合格率が非常に高い。彼は毎年、合否のカギとなる小論文のテーマを予想し、的中させるというのです。ケイトは即、反応します。

結局、この案件は進学塾と大学の問題にとどまらず、新キャンパス開設をめぐる文科省と大学の贈収賄事件にまで発展しました。いわゆる「社会派ネタ」だったわけですが、その取材過程こそが見せ場です。

張り込み、スマホを使っての動画撮影、当事者への直接取材などを、複数のチームが同時進行で行っていきます。現実そのままではないにしろ、「文春砲」を思わせる「イースト砲」、なかなか見事でした。

不倫ネタでも、イースト砲!

そして、今週。これまた実にタイムリーな話題が登場しました。いわゆる「不倫ネタ」です。

不倫は、人生の分かれ道。「禁断の愛」が明るみに出たとき、人はそれまで築き上げてきた立場を失ってしまうことさえあります。一般の人であれば、あくまで個人の問題ですが、有名人の不倫ともなれば、コトはそう単純に済みません。

ターゲットとなったのは、人気プロ棋士の桜庭洋介(田村健太郎)。お相手は女優の吉澤文香(佐津川愛美)。35歳と26歳のカップルです。

そして、「イーストで不倫を暴いて欲しい」と情報提供してきたのは、なんと桜庭の妻(三倉茉奈)でした。言い分としては、「悪いのは相手の女優」であり、「社会的制裁を受ければ、夫は戻ってくる」と。

面白いのは、ケイトの中に、今回の取材に対する「ためらい」のようなものがあったこと。たとえば、2人が密会しているホテルの隣の部屋で、聞き耳を立てているケイトが、同僚の男性記者に尋ねます。

「隣で愛し合ってる2人。壁に耳をくっつけてる、あたしたち。どっちがステキ?」

答えに困る彼に向って、「隣に決まってるじゃん。不倫でも、愛は愛だからね」とケイト。

この「不倫でも、愛は愛だからね」のセリフ、脚本の大石静さんが提示した、不倫に対する見解であり、スタンスであると思っていいかもしれません。

以前の恋人であるカメラマンの尾高(柄本佑)に対して、最近、かなり強い思いを持つケイトです。しかし、彼にはすでに妻子がいます。踏み込み方によっては、不倫に発展してしまう。そんな自分の状況もケイトに影響を与えています。

「桜庭洋介と吉澤文香、2人の恋を暴いて、誰が幸せになるんだろう? 奥さんだって不幸になるのに・・・」というケイトの独白は、おそらく本音でしょう。

有名人の不倫と報道

クライマックスは、高知の浜辺で密会する桜庭と文香に、ケイトたちが直撃取材する場面でした。

2人の関係を問われた桜庭は、「私たちは友人です」と答えますが、文香は「私は桜庭先生を愛しています。友達じゃないです」と衝撃発言。

「奥様には申し訳ないと思います。でも、後から出会ったっていうだけで、わたしの愛が薄汚いように言われるのは違うと思います」

それを聞いた桜庭は、「私も同じ気持ちです」と言い、離婚したいと思うと正直に答えました。

一瞬、ケイトが沈黙します。すると文香は・・

「そんな目で見ないで下さい! 私たちは犯罪者じゃありません! 奥様と先生にもいい時代があったように、これからは先生と私の時代なんです。そういう運命なんです。週刊イーストに、いいとか悪いとか言われることじゃないと思います」

これまで多くの芸能人や有名人が、不倫問題で「文春砲」などの直撃を受けてきましたが、「私たちは犯罪者じゃありません!」という言葉を聞くことは、滅多にありません。「開き直りだ」と非難され、火に油を注ぐことになるからです。

ここは、大石さんの「不倫と報道」、もしくは「不倫と世間」に対する、一種の違和感の表明と読めたりして、実に興味深いシーンでした。

ケイトも、「イーストに直撃されて、あんなふうに反論できる人、初めてよ。吉澤文香、カッコいいよ」と認めます。

いつも「後追い」のテレビ

その後、ケイトが書いた記事「禁断の愛に王手!」が載った、週刊イーストが発売されると、テレビのワイドショーが一斉に「後追い取材」を始めました。

「(吉澤文香は)もう、清純派の役は出来ませんね」

「CM打切りで違約金も」

「主婦は保守的ですから」

などと、自分たちで掴んだネタでもない、単なる「後追い」にもかかわらず、視聴者が飽きるまで、したり顔で報じていきます。テレビの不倫報道の、まんまリアルな光景を入れ込んだのは、大石さんならではの揶揄(やゆ)です。

そんな様子を見て、ケイトは上司の岩谷(佐々木蔵之介)に言います。「もし記事が出なければ、桜庭は人知れず離婚して、吉澤さんと一緒になれたかもしれませんよ」

すると、岩谷曰く「あの奥さんは離婚しないよ。それに、先のことは俺たちの知ったことじゃない」

責任者に「先のことは知ったことじゃない」とストレートに言わせたのは、取材する側、伝える側に対する、大石さん一流の批評精神でしょう。

もちろん今回は、あくまでも「単なる情事ではなく、真剣な恋である」という前提で成立している話であり、「東出昌大&唐田えりか」や「鈴木杏樹&喜多村緑郎」などのケースが、どんなものだったのかは不明です。

それに、大石さんが彼らの不倫騒動を見て、脚本を書いたわけじゃないことは、タイミング的にも明らかです。しかし時として、こんなふうにフィクションが現実を引き寄せ、物語化してしまうのもまた、力のある「オリジナル脚本」によるドラマの魅力だと思います。

今後、イースト砲が狙うのは? ケイトと尾高の関係はどうなるのか? 殺人犯として服役していた、ケイトの父親(小林薫)の謎も残しつつ、ドラマは中盤から終盤へと向います。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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