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高岡早紀が主演作『リカ』で見せる、暴走する女の「怖さ」

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

「怖いもの見たさ」という言葉があります。怖いことは知っている。怖い思いをしたいわけではない。でも、見たい。つい、見てしまう。で、やっぱり怖かった、という。

5日から始まった、新たな<オトナの土ドラ>『リカ』(東海テレビ制作、フジテレビ系)。原作である、五十嵐貴久さんの小説『リハーサル』(小説『リカ』はドラマ後半の原作)を読んでいたので、これが怖いドラマであることは分かっていました。でも、やはり怖いもの見たさで(笑)、つい見ちゃったのです。

「事件」は病院で起きていく

舞台は、私立の花山病院です。ワンマン院長の花山大次郎(西岡徳馬)は脳梗塞を起こし、病院内で療養中。花山には、甥で副院長の外科医、大矢昌史(小池徹平)がいます。とはいえ、まだまだ院長の座を渡すつもりはありません。

そんな花山病院が、看護師を募集しました。応募してきた何人かの中に、雨宮リカ(高岡早紀)がいたのです。自称28歳(履歴書にもそう書かれていました)。選考に立ち会ったのは、大矢たち医師と看護師長。

リカは看護師としての経験も豊富で、態度も落ち着いているし、医師協会前会長からの推薦状も持っているし、一応美人だし。で、試用期間を設定しての採用となるのです。

でも、すでにこの時、リカの「ただならぬ気配」に、師長だけは気づいていました。顔色の悪さ。隠してはいましたが、腕にある奇妙な痣(あざ)。彼女の周りだけ気温が低くなっているような奇妙な感じも。

それ以外にも、面接の時から、リカはちょっと変でした。「なぜ、この病院に?」と問われて、「運命なんです」と答えるんですから。それに、大矢を見るリカの目も異様でした。「わたしが愛する人、わたしを愛すべき人」――そんな勝手な思いが目の表情に出ていたのです。

実際、仕事を始めてからのリカは、大矢に対して、「自分はあなたの恋人で、やがて結婚する相手」として振る舞っていきます。これって、かなり怖いですよね。何しろ大矢には、同じ医師の真由美(山谷花純)という婚約者もいるのですから。

また、リカは病床の院長にも、積極的に取り入っていきます。大矢と結婚するには、伯父である花山の後押しが必要と見て、「将を射んとする者はまず馬を射よ」の作戦です。

そんな中、大矢が担当する患者が死亡しました。背後にリカの存在を感じた師長は、本人を問いつめます。しかし、この師長さん、この後、非常階段から転落するハメになるのです。看護師でありながら、人の命なんて、何とも思っていないリカ。うーん、怖いですよね。

高岡早紀が演じる「25年分の怖さ」

初回の冒頭は、メイクするサキ、いやリカでした。確かにキレイな女優さんですが、46歳の高岡さんが、(役の上とはいえ)採用面接で「28歳です!」と言い張るためのメイクを施していく。このシーンだけでも、十分怖い。

それに、原作には出てこない、「ハーバリウム」という小道具も怖い。私もよく知らなかったのですが、ガラス製の容器に花を入れ、オイルで漬けたものです。リカは、面接以前に、大矢が持っていた花束からこぼれ落ちた、バラの花2本を手に入れており、それをハーバリウムにして、そのうちの一個を大矢に匿名で送り付け、もう一個を自室に飾っているのです。オイル漬けのバラを眺める、リカのほほ笑みが怖い。

しかも、それだけでなく、大矢が手術で使ったゴム製の手袋を持ち帰り、バラと同じようにハーバリウムにしていきます。いやはや、気色悪いというか、怖いというか。

正直言って、このドラマ、高岡早紀という女優抜きでは成立しなかったのではないか、と思わせるほど、リカが高岡さんに憑依している感じです。

「高岡早紀作品」と聞いて、真っ先に浮かんでくるのが、映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』(深作欣二監督、1994年)というのは、私だけではないでしょう。それくらい、高岡版「お岩さん」にはインパクトがありました。佐藤浩市さん演じる「伊右衛門さま」に同情したくらいです。

高岡早紀という女優さんは、実際、自分の中に「制御不能な怨念」を隠し持っているのではないか。そんなことを思うほど、ほんと、怖かった。この年の「日本アカデミー賞」「キネマ旬報賞」などで、主演女優賞を獲得したのも納得です。

あの「お岩さん」から25年。高岡さんが、ここまで「怖さ」を表現できる作品はなかったような気がします。今回は、主役という立場で、蓄積してきた「女の情念」を、「女の怖さ」を、リカをとおして思いきり解放すればいい。だって、そういう作品なんだもん(笑)。

多分リカは、現実を生きているようでいて、まったくそうじゃない女性なんでしょうね。あくまでも「自分の中にある現実」だけが正しいと思っている。そして躊躇なく行動に移せる。だから、怖い。

大矢は、そして視聴者も、これから何度も「なぜだ!?」と叫びたくなるはずです。相手の思考回路が、皆目読めないからです。やはり、怖い女だ。

この先を見たいような、見たくないような。でも、怖いもの見たさで、見ちゃうんだろうな、きっと。一度でも見た者を逃がさないとは、本当に怖いドラマです。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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