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杏主演のドラマ『偽装不倫』は、何を楽しめばいいのか!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

ドラマを「企画する」ということ

ドラマ制作のプロセスを説明するなら、第一歩は「企画」ということになります。何を作るのか。何を見せたいのか。一般的には制作者が「企画書」を作成し、部署内でそれを通すことに尽力します。

この「企画」に関して、「なぜ今、それを作るのか、放送するのか」という理由を、徹底的に問うのがNHKです。

それはドラマでも『NHKスペシャル』でも同様で、内容的にはOKであっても、昨年でも来年でもなく、「今、これをやる」ことの意義や意味を明確に示すことができなければ、企画は通りません。

すべてが「企画」から始まるのは、民放も変わりません。ならば、読んでみたいのは、杏主演『偽装不倫』(水曜22時、日本テレビ系)の「企画書」です。

主演を杏さんにするとか、東村アキコさんの原作漫画がこれだけ売れてるとか、だから数字(視聴率)が取れるだろうとか、まあ、いろいろオイシイことが書かれていたはずです。

でも、そこには「なぜ今、それを作るのか」という説明、もしくは意思の表明はあったのか。もしも書かれていたなら、ぜひ読んでみたいし、知りたい。それくらい、「なぜ今、これをドラマ化したのか」が、よく分からないのです。 

なぜ今、偽装不倫?

このドラマは、独身なのに「人妻のフリ」をするアラサー女子の恋愛物語です。

派遣で働く濱鐘子(杏)は、契約切れをきっかけに福岡への一人旅に出ました。機内でカメラマンの伴野丈(宮沢氷魚)と出会うのですが、たまたま姉・葉子(仲間由紀恵)の結婚指輪を持っていたため、伴野には「人妻」だと勘違いされてしまいます。

相手がイケメンだったこと、それまでの婚活で成果が得られなかったこと、さらに伴野が妙に人妻に執着していることなどから、鐘子は誤解を放置してしまいます。偽装不倫の始まりでした。

そして現在も、「独身であることがバレると相手が引いてしまう」という、ヒロインが抱えた勝手な懸念が、物語を駆動させているのです。

見ている人のほとんどが、「何それ? 独身だって言えばいいだけじゃん!」と思うはずですが(笑)、言ったら偽装不倫というドラマのコンセプト自体が崩れてしまいますからね。

あり得ない設定かもしれませんが、そこはドラマと割り切って、「大人のラブコメ」として楽しめばいい、ということになります。あくまでも、「楽しめる人は・・」ですが。

杏という女優さんは、かつての『花咲舞が黙ってない』(日テレ系)や『デート~恋とはどんなものかしら~』(フジテレビ系)がそうだったように、生真面目さとちょっと抜けたところが同居したキャラクターを演じさせたら、確かに上手いです。

とはいえ、「嘘がバレないためにドタバタするヒロイン」だけでは、連ドラとして、いかにも弱い。そこで、主題の補強ポイントとして浮上するのが、姉・葉子の不倫問題です。

「偽装」より切実な「マジ不倫」

「なんちゃって不倫」の妹に比べ、葉子のほうは発覚した場合のリスクがとても大きい。それにしては結構大胆な、と言うか不用意・不注意な言動が目立つ葉子であり、見る側にも緊張感が走ります。

何しろ、ずっと「いい夫」「やさしい夫」で通してきた、葉子の夫・賢治(谷原章介)も、さすがに妻の不倫を疑っています。姉夫婦の危機は、リアル感も切実感も十分で、予断を許さないものがあるのです。

鐘子の「偽装不倫」の行方は、「結局は恋愛として成就するんだよね」と笑って見ていられるのですが、葉子の「マジ不倫」はそうもいきません。

思えば、葉子役に仲間由紀恵さんというのも心憎いじゃないですか。仲間さんの夫は俳優の田中哲司さんですが、2年前、その田中さんが不倫騒動を引き起こしました。

当時は冷静に対応していた仲間さんが、役柄とはいえ「不倫妻」になる。リアル夫への復讐にも見えたりして(笑)、いやはや、その女優根性はなかなかのものです。

それにしても、鐘子の偽装不倫の相手が、原作では「日本語のできる韓国人カメラマン」だったのに対し、ドラマでは「外国暮らしが長かった日本人カメラマン」に変更されたのはなぜでしょう。

昨今の日韓関係に配慮、いや面倒を避けようとしたのかもしれませんが、原作では物語の根幹にかかわる大事な要素だっただけに、ちょっと残念です。

この辺りについても、「企画書」には書かれていたのか、いなかったのか。やはり気になります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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