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繊細な脚色と上野樹里の好演が光る『監察医 朝顔』

碓井広義メディア文化評論家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

猛暑が続いています。そして、夏ドラマも徐々にヒートアップしてきました。今期で目立つのが、原作が漫画で女性が主人公のドラマ。つまり女優たちの「夏の陣」です。

上野樹里主演『監察医 朝顔』(フジテレビ系)も、その中の1本です。

上野さんが演じているヒロイン、万木朝顔(まき あさがお)は興雲大学の法医学者。そして、彼女の父親である万木平(まき たいら、時任三郎)は大学と同じエリアにある所轄署の刑事です。

仕事上、現場で会うこともある父と娘は、自宅で2人暮らしをしています。父は刑事として事件の真相を探り、娘は解剖医として死因を究明する。そんな基本設定は原作漫画と同じです。ただし、大事な部分で繊細な脚色をしているのが特徴だと言えるでしょう。

「教えてください、お願いします」

たとえば原作での朝顔は、解剖を始める際、遺体のかたわらに立って、「教えてください、お願いします」と声をかけます。

それがドラマでは、わざわざ遺体に近寄り、その耳元に顔を寄せ、同じ言葉をささやくように伝える。その謙虚な「振る舞い」が、彼女の人物像を象徴しているのです。

また朝顔の母親(石田ひかり)の死も、原作とは大きく異なっています。漫画では、旅行先の神戸で阪神淡路大震災に巻き込まれたことになっていました。一方ドラマでは、2011年3月11日に三陸にある実家を訪れて、東日本大震災に遭遇してしまいます。

しかも、津波に飲まれた遺体はまだ見つかっておらず、父親の平は今も三陸に通って、妻を探し続けています。父と娘、2人と「死者」との関係性という意味で、この設定変更は大きいと思います。

放送された「第3話」

京都アニメーションの痛ましい事件が起きて、その直後に放送予定だった第3話の放送が延期となりました。なぜなら、ストーリーの中とはいえ、「放火殺人事件」が描かれていたからです。

先週、その第3話が放送されました。番組の冒頭では、犠牲者のご冥福と負傷者の回復をお祈りすることが表明され、その上で「これから放送の第3話は、放火殺人事件を扱っております。表現に配慮し、編集や演出などを一部変更して放送致します」としていました。

内容としては、火事で焼けた事務所の中で4名の焼死体が見つかります。外にあった防犯カメラの映像には、事務所に入っていく5人の姿が映っていました。

生き残りの1人は何者なのかを知るために、4人の身元を明らかにする必要があり、朝顔たちによる解剖が頼りです。

もちろん、そう簡単には進みませんが、朝顔は「大丈夫。ちゃんとご遺体が教えてくれる」と、あきらめません。やがて、死者たちの「声なき声」が真実を告げることになります。

脚本は、『相棒』シリーズなどで知られる、根本ノンジさん。原作のアレンジを超え、原作をベースにした“オリジナル”とも言える脚本のおかげで、このドラマは奥行と厚みのある法医学ドラマとなっているのです。

上野樹里の好演

原作漫画の朝顔は、全体に「しっかりしたお姉さん」という風情です。ドラマの朝顔も監察医としての腕は確かですが、母の死に対する自責の念を含め、どこか精神的危うさも抱えた、より複雑なキャラクターとなっています。

たとえば、父の平と亡き母の話をするとき、相手の気持ちをはかりながら、同時にそれを相手に気づかれないようにして話している。その微妙な表情と台詞回し。上野さんは、抑制の効いた演技で、このヒロインを見事に造形しています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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