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平成最後の年の「ドラマ界」を振り返る

碓井広義メディア文化評論家
歳末の汐留、日比谷神社(筆者撮影)

何にでも「平成最後」の冠が付くのが今年の歳末風景ですが、まさに平成時代最後の年のドラマ界を振り返ってみると、各クールに注目すべきドラマが存在したことがわかります。

1月クール:「アンナチュラル」

1月クールには、広瀬すずさん主演「anone(あのね)」(日本テレビ系)がありました。脚本の坂元裕二さんが、親子や家族の本質を問いかける異色作でしたが、石原さとみさん主演「アンナチュラル」(TBS系)のインパクトに食われた感があります。こちらの脚本は「逃げ恥」などの野木亜希子さんでした。

まず、「不自然な死」というテーマと、「不自然死究明研究所(UDIラボ)」という架空の設定自体が斬新でした。沢口靖子さんの「科捜研」は警察組織の一部ですが、「UDIラボ」は民間組織。ヒロインのミコト(石原)をはじめとする法医解剖医たちには、捜査権も逮捕権もありません。検査や調査を徹底的に行い、真相に近づいていくわけです。

物語の内容には高度な医学的専門知識が織り込まれていましたが、説明不足だったり、逆に説明過多でうるさいこともありません。脚本の野木さんと演出の塚原あゆ子さんの呼吸がピタリと合い、予測のつかない新感覚サスペンスを生み出していました。

4月クール:「おっさんずラブ」

次に4月クールはもちろん、今年最大の話題作となったのが「おっさんずラブ」(テレビ朝日系)です。主人公は女性にモテない33歳の男(田中圭)。ところが55歳の上司(吉田鋼太郎)と25歳の後輩(林遣都)から、まさかの求愛。脚本は徳尾浩司さんで、同性間恋愛と男たちの“可愛げ”を正面から描いて新鮮でした。

このドラマ、深夜にわずか7話の放送ながら、SNSなどソーシャルメディアを通じて支持が広がっていきました。「リアルタイム視聴率」だけを評価する時代から、ようやく録画などの「タイムシフト視聴率」を加味する「総合視聴率」の時代へと転換が始まった今年を象徴する1本となったのです。

7月クール:「義母と娘のブルース」

7月クールでは、森下佳子さん脚本「義母と娘のブルース」(TBS系)が熱かったですね。際立っていたのがヒロイン、亜希子(綾瀬はるか)のキャラクターです。

家でも外でもビジネスウーマンの姿勢を崩さない。何事にも戦略的に取り組むバイタリティーと、他者の気持ちを思いやる優しさを併せ持つ。笑わせたり泣かせたりのストーリーを通じて、夫婦とは、親子とは何かを考えさせてくれる、出色の家族ドラマになっていました。

同時期には石原さとみさん主演「高嶺の花」(日テレ系)もありましたね。野島伸司さんの脚本ということで期待しましたが、華道家元のお嬢様(石原)と自転車店店主(峯田和伸)の格差恋愛で本当は何が描きたかったのか、やや意味不明のままでした。

10月クール:「大恋愛~僕を忘れる君と」

賑やかだったのが10月クールです。「下町ロケット」(TBS系)や「リーガルV」(テレ朝系)といった“大砲”だけでなく、多彩な作品が並んだからです。

内容が賛否両論となり、注目を集めたのが、金子ありささん脚本の「中学聖日記」(日テレ系)でした。中学校の女性教師(有村架純)と生徒(岡田健史)の恋愛。たとえタブーと呼ばれても、人の気持ちは止められません。しかし有村さんが演じるヒロインに、視聴者の共感を得るだけの覚悟が希薄で、ドラマ全体が迷走しているように見えたことが残念です。

一方、ベテランの大石静さんが脚本を書いた「大恋愛~僕を忘れる君と」(TBS系)は、単なる“重い病気モノ”を超えた秀作でした。若年アルツハイマーのヒロイン(戸田恵梨香)と、それを支える男(ムロツヨシ)の覚悟には、最後まで見届けたいと思わせる現代性と切実感があったのです。また戸田さんとムロさんの予想を超える好演も功を奏していました。

また、生き辛さを抱える人たちへの静かな応援歌だった、高橋一生さん主演「僕らは奇跡でできている」(フジテレビ系)。社会派エンタメの佳作である唐沢寿明さん主演「ハラスメントゲーム」(テレビ東京系)なども記憶に残っています。

「僕ら」の脚本は橋部敦子さん。「ハラスメント」は井上由美子さん。どちらも見事なオリジナル脚本でした。

そうそう、爆笑の”福田雄一(脚本・演出)ワールド”となっていた、賀来賢人さん主演の「今日から俺は!!」(日テレ系)も楽しませてくれましたよね。

女性脚本家の活躍と“おっさん”旋風

さらに、この10月クール。「アンナチュラル」の脚本家である野木さんは、新垣結衣さんと松田龍平さんの「獣になれない私たち」(日テレ系)と、10月の北川景子さんのNHK土曜ドラマ「フェイクニュース」前後編を手掛けていました。

前者のヒロインである深海晶(新垣)は、仕事とも恋愛とも、しっかり向き合ってたはずなのに、どこか手詰まり状態に陥って、肉体的にも精神的にも、ちょっと疲れ気味の30歳独身女性。こういうキャラクターを書かせたら、やはり野木さんはうまいです。

また「フェイクニュース」では、ネット社会における情報の作られ方、伝わり方をテーマに、私たちがすでに踏み込んでいる世界の危うさを描いて、見応えがありました。

平成最後の年のドラマ界は、女性脚本家たちの大活躍と、“おっさん”が旋風を巻き起こした1年でした。

さて、2019年は、どんなドラマが見られるのか。もうすぐ始まる、新たな1月クールを待ちましょう。

皆さんも、どうぞ良いお年を!

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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