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秋の夜長に、ふむふむと楽しめる「エンタメ本」は!?

碓井広義メディア文化評論家
(写真:アフロ)

広い意味でエンターテインメントに関連する書籍を、シンプルに「エンタメ本」と呼んでいます。最近のエンタメ本の中から、秋の夜長に、ふむふむと楽しめるものを、いくつか選んでみました。

中川右介『1968年』(朝日新書)

1968年は、世界的な「闘争の年」と呼ばれました。しかし結局、フランスの五月革命も、日本の学生運動も敗北していったのが事実です。一方、現在の状況から見て、この頃に勃興したサブカルは、「革命」として成就したのだと著者は言います。

本書では漫画を扱っていますが、「ガロ」系ではありません。演劇についても、対象となっているのは「アングラ」系ではありません。多くの人に支持され、よく知られたヒット作品が中心となっています。

それは、これまで支配的だった「68世代史観」に対する、著者一流の「反発」であり、明らかな「異議申し立て」であり、そこが本書の読みどころです。

音楽でも、ザ・タイガース『君だけに愛を』や、ザ・フォーク・クルセダーズ『帰って来たヨッパライ』が流れる世間と、佐世保闘争や成田空港反対闘争に揺れる社会を交差させていきます。

またプロ野球では、現実のペナントレースと、漫画『巨人の星』の主人公・星飛雄馬の活躍が同時進行していったことに注目。1位の巨人と2位だった阪神の死闘が、飛雄馬と花形満の「大リーグボール1号」対決と重ねられていきます。

さらに映画でスポットを当てたのが、熊井啓監督作品『黒部の太陽』です。最初の1年で733万人を動員し、配給収入は約8億円。石原裕次郎と三船敏郎は、主演俳優であり製作者でもありました。

本書を読むと、この作品の完成までの過程は、俳優や監督を縛っていた「五社協定」との戦い、旧態依然たる映画界との闘争だったことがよくわかります。

68年当時の著者は、学生運動とも前衛芸術とも無縁の8歳の少年でした。いや、だからこそ生まれた独自の評価軸が、この刺激的な一冊を支えていると言っていいでしょう。この本は、新たな切り口で「68年」を再検証する、果敢な試みです。

近藤勝重『昭和歌謡は終わらない』(幻冬舎)

歌と時代は手をつないでやってきます。特に詞(ことば)が力を持つ昭和歌謡には、人の思いが刻まれていました。元毎日新聞記者の著者が、なかにし礼『人形の家』、阿久悠『舟唄』、山口洋子『うしろ姿』といった、自身が愛する名曲の背景と味わい所を語りつくしていきます。

戸田 学『話芸の達人~西条凡児・浜村淳・上岡龍太郎』(青土社)

大阪の、いや日本の「一人芸」を代表する3人の揃い踏みです。事実、誇張、飛躍で笑いを重ねた凡児。講談の修羅場のようなテクニックを駆使する浜村。「え~」という言葉を自らに禁じていた上岡。彼らの劇場やテレビでの「語り口」が採録されていることも、追体験として、とても有難いです。

岡野 誠 『田原俊彦論』(青弓社)

今年6月、田原俊彦さんは74枚目のニューシングルをリリースしました。本書は57歳の現役アイドルの全体像に迫る、初の本格評論です。歌番組『ザ・ベストテン』との共栄。ドラマ『教師びんびん物語』の衝撃。独立と「ビッグ発言」等々。40年にわたる、熱い“芸能界戦記”です。

園 子温『獣でなぜ悪い』(文藝春秋)

『紀子の食卓』で出会った素人同然の吉高由里子。『愛のむきだし』で才能にギアが入った満島ひかり。彼女たちは園子温作品を通じて、それぞれに「自由」を手にしていきました。この本は、「違和感」を武器に、映画界のみならず社会に対しても、自由のための戦いを続ける映画監督の「自由論」です。

黒柳徹子『あの日の「徹子の部屋」』(朝日文庫)

放送開始から43年目を迎えた『徹子の部屋』(テレビ朝日系)。番組が始まった1976年から翌年にかけて登場した森繁久彌、沢村貞子、勝新太郎、遠藤周作など16人をセレクトして、一冊にまとめたものです。聞き手が著者だからこそ引き出せた肉声であり、貴重な証言集になっています。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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